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Falcom・軌跡シリーズの同人小説サイトです(;'ω')ン 主役はレンで、時期は零の軌跡後です。
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(1-4) エステルとレン

「もしもし。電話を変わったわ。レンよ。」
アイナから受話器を受け取って、レンはエステルに挨拶をした。
「あ、レン!何をしていたの?」
電話口からいつもどおりの底抜けに明るいエステルの声が聞こえた。
「何っていつもどおりよ。お茶菓子を食べて、通信端末の調整に戻ったところよ。」
ふうーん。というエステルの気のない反応。エステルから見れば、機械いじりのどこが楽しいのかを理解出来ないらしい。

「あのさあ、レン。」
「何かしら。」
「アサト諸島って行ったことある?」
いきなり本題である。エステルには交渉術はいつまでたっても身につかないわね、とレンは心の中で笑う。
「ええ。あるわよ。」
「あ、そうなの?」
意外そうなエステルの反応だった。自分が行ったことない場所に、若いレンの方が経験があるのを素直に悔しがっている。
「いいところ?」
「ええ。面白い場所よ。」

「へぇー!そうなんだ。あのね、ティータとアサト諸島に行ってこない?明日から!」
エステルは実に直接的に用件を切り出した。
「明日から?随分と急なのねえ。」
大体の状況には想像がついているレンが、エステルを焦らしていく。
「いやあ、それが事情があってさあ。」
「事情って何かしら。」

「それがさあ、アサト諸島ってところでアーティファクトが発掘されたんだって!」
「あら、そうなの。でもアーティファクトって庶民が発掘して使用してはいけないのでしょう?教会に提出するのが良いんじゃないの。」
レンは、自分の所業を棚にあげて一般論を展開する。
「そのアーティファクトがねえ、動かないんだってさー。だから、所有権は民間にあるはずだーってそのアサト諸島の博士が解析中らしいの。」
「ふむふむ。」
「だけど、一向に解析が進展しないんですって。だから、ツァイスのラッセル博士に協力してって依頼が来たみたいなのよー。」
「へぇぇ。」
「ところがね、ラッセル博士もエリカさんもダンさんも、皆エプスタインとの共同プロジェクトやら、納期の差し迫った案件やら、手が放せない状況らしいの。」
「そうなのね。」

エステルが、必死で状況を説明していく中、レンはさも興味があるように相槌を打っていた。
その水面下で考える。
(さて、どうしようかしら。久々にアサトに行くならば、欲しい部材も手に入るかもしれないわね。その辺り必要な物品が闇に流れていないか、一度事前調査しておきたいところね。)
レンはエステルには想像もつかないような事柄で悩み出す。
レンは、左手に受話器を持ちつつ、右手で小型の通信端末をいじり、闇市の情報を仕入れようと別の作業を始めた。

レンが何を企んでいるかなんて、考えも及ばないエステルは熱心に続きを話していく。
「そこで、なんと!ティータちゃんが古代遺物の解析に、アサト諸島に向かうことが決まったんですって。そもそも、依頼をしてきたサイオン博士という人には、あのラッセル博士でさえも頭が上がらない経緯があるらしくて、頼みを断れないみたいなのよ。」
「あら。」

「しかも、私には分からないんだけど、そのアーティファクトの解析っていうのが成功すると動力技術の革新が期待できるとかなんとか、とにかくラッセル博士もティータちゃんも随分と熱心なのよね。」
「まあ、古代遺物の解析でエプスタイン博士は動力技術を生み出したのだから、動力研究においても最も重要な項目よね。」
「あ、レンから見てもそうなの!?でもね、アサト諸島って、治安が悪い場所らしいのよ。それで、エリカさんが心配してギルドから護衛を出せないかって依頼が来ているの。」
「そうね。まあ治安が良いとはいえないわね。護衛が居た方が安全だとは思うわよ。」
他人事のようにレンは応じる。

「でもねえ、ちょっとリベール国内も余裕がないのよ。ちょうど帝国やクロスベルの情勢悪化を受けて、帝国貴族のバックアップを受けている地下組織がリベール国内での拠点の尻尾を出し始めたところだし。他にも、共和国からの旅行者にまぎれて、武器取引を行っている一味がリベールに来るっていう情報もあるのよ。」
エステルが、真剣に背景を説明している。
「まあ、遊撃士も大変なのね。」
レンは、マーケットの情報が手に入るまで時間を稼ぎたかった。
ここで、エステルを持ち上げる戦術を取ってみることにする。

「そうなのよねえ、私もヨシュアもなかなか暇が取れなくて、レンにはロレントで一人お留守番で悪いなあっていつも気にしてるのよ。」
エステルはなかなか嬉しい事を言ってくれる。
「あら、レンのことは気にしなくてもいいのよ。レンはレンで、それなりに楽しくは過ごしているわ。」
若干退屈ぎみではある。開発資材の不足が大きな原因である。
ロレントに来て、早一ヶ月。平穏な田舎街にはそれなりの魅力もあったが、やはり最新機器もなければ、研究環境も整っていない場所である、というのがレンにとっては大きなネックとなっていた。

「ごめんね、本当は私達がもうちょっと一緒に過ごせてあげるといいのだけど。」
「いいわよ。エステルが休暇だと、レンは魚釣りとか虫取りとか、エステルの趣味に引っ張り回されるだけだもの。」
「えー!釣りも虫取りも面白いでしょ!?やっぱり年頃の子供はこういうことを楽しまなきゃ!」
だんだん話が脱線してきた。
レンは話題の雲行きが怪しいことに気づいてきた。
(しまった。こういう話題になると、エステルがさらにうざくなるわ。)
エステルは暇さえあればレンを自分の趣味に連れ回す。その動機が好意からであるということを分かっているからレンも断りきれない。
たしかに、雄大な自然の中での遊びは、クロスベルの街中育ちの幼少期はもとより、誘拐後のロッジ内でも経験はなく、結社に入ってからは自然の中はゲリラ戦法時の隠れ蓑という役割を果たすのみで、遊ぶような場所ではなかった。
エステルなりにレンのためを考えて、普通の子供らしい遊びを教えようとしてくれている気持ちに対しては、ありがたいとは思っていた。
レンがただ虫取りにも魚釣りにも興味が持てないだけである。

レンは次第に焦りだす。
右手の端末が叩き出していく、最近の取引記録を見る目が真剣になってきた。
速読の効率を上げていかないと、片手間の会話が原因で、次の休暇がさらにハードになってしまう。

「ま、まあ、いいのよ。レンは十分やりたいことを好きにやらせてもらっているわ。パテル=マテルを格納出来る格納庫を入手するのが当面の目標かしらね。」
「あんなでっかいモノをいれるスペースなんて、庶民には無理よ。」
「あら、今に見ていなさい。きっと実現してみせるわ。」

その時、レンの右手の携帯型通信機が検索結果を弾き出した。
(あったわ!)
欲しがっていたレアリティの高い資材の情報を入手して、レンは上機嫌となる。
レンにはアサトへ行く用件が出来た。
後はせいぜい恩着せがましく出発できれば、もはや言うことは無かった。
そろそろ脱線した議題を元に戻す必要がある。

「それで、何の話題だったかしら。ティータが治安の悪いアサト諸島に行くって話だったわよね。」
「そうそう。すっかり逸れちゃった。それで、ティータ一人で行くのは心配だから、レンが一緒について行ってあげれないかしら?」
「そういう事ね。そうねえ。アサトって遠いのよねー。」
「まあ、飛行機代はギルドが持つわよ。アサト諸島って常夏の楽園って評判らしくて、楽しい場所みたいよ?二人で観光気分で遊んできたらいいじゃない。」
エステルは、レンが闇取引目的で引き受けた、とは思っていないだろう。
「観光スポットについても、ナイアルからオススメの場所を教えてもらっておいたから、帰ったら教えてあげるわね。」
「あら、いいわね。期待させてもらうわ。」

「あ、でも、レンの立場はギルドの協力員という立場で随行するんだからね。そこんとこ忘れないでいて。ちゃんとティータの安全を確保してよ。」
「ええ。それについては善処するわ。安心して頂戴。」
「あと、治安が悪いらしいから、怪しい場所にも行かないこと。」
「ええ、分かっているわ。」
”怪しい場所”が禁止されれば、古代機構の解析にも障害が出てくるが、そこはそれである。レンは無駄にエステルを刺激したりもしない。
久々に市場を物色出来るのが、ただただ楽しみであった。
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(1-5) 動かない古代遺物

そこで受話器の先から、ちょっといいかな、とヨシュアの声が聞こえた。
「もしもし、ヨシュアだけど。」
「ええ。レンよ。」
突然、電話の相手が変わってレンは焦った。
こういう企みに関してはヨシュアの勘はあなどれない。なぜなら、闇取引に関しても裏社会に関しても彼ほど精通している人物も少ないと言えるほどの立場だからである。

「言わなくても、分かっているとは思うけど、夜の街もダメだよ。それから、アマラーダの廃材所も、ブラックマーケットにも手を出さないでね。何かトラブルに巻き込まれて、下手にティータに被害が出たら、ZCFもギルドも困るんだ。」
ホラ。こういう処は相変わらず侮れない。たぶんヨシュアもエステルに隠れて、いろいろなことに手を出しているんだろう。先輩からのアドバイスは真摯に聞くに限る。
「分かってるわ。心配しないで。」
要するに、足をつけるな、トラブルを持ち越すな、という注意であると、レンは受け止めた。

そもそも、首都アマラーダの市街での闇社会の歩き方を一通りレンに教えたのは、ヨシュアとレーヴェなのだ。
歳若い外見の少女が裏課業で生きていくにあたり、最低限の知識は必要不可欠だろうと心配してのご教授であったとは、レンも認識している。レンは、ヨシュアの杞憂が現実とならないために、気をつけなければ、と思った。下手したら、ティータにまで被害が及ぶ。ティータには出来る限り裏社会と無縁で居てもらいたい。その願いはレンにもあるのだった。

最後に、レンは電話をティータに変わってもらい、古代遺物の解析用機材についてなど細かい事情を聞いておいた。
古代遺物についてはレンも興味は大いにある。
動力技術の開発を行うものであれば、誰でも関心はあるだろう。

そもそも現代の動力技術は未だに古代技術の物真似レベルに過ぎない。実験結果から普遍化可能な事象を引き出しているに過ぎず、その理論や応用については今だ発展途上な分野でもあるのだ。蛇にしてもそれは同じ。少なくともレンの理解はその程度だ。引き出せている幅が結社の方が若干先を行けている分野が多いだけである。もちろん、それだけでは説明がつかない事象もあるにはあるが。そこは考察しても解は得られない領域である。

アサト諸島で発掘されたその古代遺物は、発見者の一人でもあるサイオン博士という人物によって、「カラマ・ストーン」と名づけられたらしい。そもそも古くからその地域に伝わる伝説に、そういう名前の力を秘めた石があるのだそうな。発掘された遺物は、その伝説の描写と類似点が見られるために、石碑に記載される遺物ではないのか、と考えられているらしい。ロマンチックなお話である。

そのカラマストーンは、悪い心を封じて人々を幸せに導くことが出来る、救いの石だというのだ。そういった伝説の機能の有無を確認することも含めての今回の解析となるらしい。アサト諸島の研究所には無い機材やノウハウがZCFにはあるらしく、そういった手腕を買われての解析協力依頼となる。
ティータの役目はラッセル博士の持つ古代機構の解析手法の基本を試して、データ取りをすることになる。あまりに、データの読み取りに手間取るようであれば、レマン自治州とツァイスを行き来して忙しいラッセル博士もアサトへ足を運ぶという。その前の下準備がティータに期待されている役割らしい。

そこまでの事情を聞いて、レンは明日の集合場所を首都の国際ターミナルと決めてから、受話器を置いた。
明日までにレンとしても、下準備はしておきたい。
久々の国外である。
レンは気分が高揚していることを自覚した。

第二話 「エステルからの課題」

(2-1) 賑やかな夕食準備

夜には、エステルもヨシュアもカシウスも、ブライト家の皆がロレントに帰ってくる。三人とも外せない仕事が入り外泊になりそうな場合も、お互いに調整して、誰かがロレントには戻るようにしているようであった。そうでなければ頼まれたシェラザードが泊まりに来る。皆、レンを一人にして寂しい思いをさせまいと気を使ってくれているのだ。
レンは自分がまだ他人に甘えても良い子供なのだと、久々に自覚するようになった。

その日の晩も、いつも通りに三人とも帰宅してきた。
今晩の夕食の担当はヨシュアであり、安定して美味しいものが食べられる、アタリの日である。ご飯の担当は三人で日替わりとなっており、レンはいつも手伝いに回る。手伝わなくても、別に怒られもしない。
レンは日々気ままに過ごしていた。

いつもは、ギルド支部に居れば、早くロレントに戻った誰かが迎えに来る。そのまま一緒に夕ご飯の買い出しに街を歩く。
その日は、レンは旅支度のために早めに帰宅していた。

鞄に必要な道具をつめ、レンは自室の端末から無線を飛ばして、パテル=マテルとの通信を開いた。ロレントに来る際、パテルマテルの居場所を確保することが難しいために、泣く泣くクロスベルにパテルマテルを置いていくことにしたのだ。長期間も雨ざらしでは可哀想だと思ったのだ。だったら、おじいさんの工房の方が彼にとっても居心地が良いだろう。
レンはブライト家の屋根に急ごしらえで自作のアンテナを立てたが、不調法な暗号化も組み入れた関係もあり、電波状況は良くはない。それでも、パテルマテルと遠距離通信をすること程度の事は可能になっていた。

レンがアサト諸島へ旅行に行くことを話すと、パテルマテルもアサトまで自分で行くという。少しの期間ならば、人目のつかない郊外の林や廃墟あたりに隠れていれば大丈夫だろう。パテルマテルと実際に会えるのも久々となり、レンは旅行が楽しみでしかたない。

二人で旅行についての雑談が盛り上がる。話していると、ついつい夢中になっていて、日が暮れたことにも気付けなかった。
気が付くとエステルとヨシュアの明るい声が玄関から聞こえた。エステル達はいつでも騒々しい。
「たっだいまー、レン!」
「ただいま。」

レンはパテルマテルと別れて、玄関口まで迎えにいく。お腹が空いていたのだ。
「おかえりなさい、今日のメニューは何かしら。」
二人はいつもどおりに夕食の材料を買い込んでいた。ヨシュアが応える。
「ルーアンから海産物が手に入ったと、新鮮な白身魚を購入出来たから、『潮風のスープパスタ』にしようかな。手伝ってくれるかい?」
「ええ、いいわよ。」

レンは料理が得意ではない。でも、夕食の支度を手伝っていると皆が喜んでくれるのだ。お互いに一日に何があったかを、賑やかにおしゃべりしながらの料理はレンにとっては物珍しく新鮮で楽しい時間となっていた。一ヶ月で少しずつ手伝える内容も増えてきて、調度やりがいを感じ始めたところだ。

エステルは今日は夕食当番でないので、帰宅直後から使ったスニーカーの手入れ作業に移っている。レンにはよく分からないが、エステルにとってスニーカーとは単なる靴ではなく、ロマンの象徴らしい。一度熱く語られたが、理解できなかったので、レンからはその話題には触れないようにしていた。

レンは真剣な目つきで調味の量を調整する。その様子を、ヨシュアが後ろから見守りながら、間違っているとさりげなくフォローしてくれる。調味が終わり、ほっとしとたところにヨシュアが後ろから声を掛けてきた。
「レン、今日の昼間は急な話でごめんね。」

レンはフライパンから目を離さずに会話に応じる。強火で手早くが基本とは言っていたが、まずは中火で作業の流れに慣れることから学ぶことをヨシュアは薦めてくれた。おかげで三回目のスープパスタへの挑戦だが、レンには若干余裕が生じてきている。
「いいのよ。久しぶりの遠出がとっても楽しみなの。」

上機嫌なレンの声は、ヨシュアを逆に不安にさせてしまったようだ。
「・・・。あんまり羽目を外しすぎないでね。」
「あら、ヨシュアは心配性ね、ちゃんとレンを信じて頂戴。」
後ろからヨシュアの苦笑が聞こえてくる。

「ティータと二人でお出かけするのも始めてなんじゃない?」
「そうなの!レン、技術の話が出来る同じ年頃の友達なんて始めてで、嬉しいわ。」
料理中はそちらに神経が集中されているのか、会話の受け答えが妙に素直である。
「ティータがアサトに行くのが始めてなら、レンのお勧めのジェラード屋さんを教えてあげようと思うのよ。」
こういう話で無邪気にはしゃぐ様を見ると、レンも年頃の少女に見える。

「レンが受けてくれて助かったよ。昼間に、たまたまシェラさんとアガットさんと合流した時に、みんなスケジュールが詰まっているから、ティータの件は心配だから諦めてもらおうかって相談していたんだよ。」
「あら、そうなの。でも、ティータが折れなかったんでしょう。」
「・・・。良く分かるね。アガットさんが止めようとしたんだけど、ティータ本人が解析に行きたがっていて、ラッセル博士もエリカさんも結果の方が気になるみたいで、一人でも出かけそうな勢いだったよ。」
「ああいう研究一筋のところは、やっぱり血筋なんだね。」
ヨシュアが笑うしかないと、はにかむ。

「誰も来れないのなら、レンちゃんはどうかな、っていうのはティータからのオファーだったんだ。」
その経緯は初耳であった。
「あら、そうなの。赤毛のお兄さんあたりが心配しすぎて、誰でもいいからって勢いで声がかかったのかと思ったわ。」
「うーん、どちらかとうとアガットさんはレンに対しても心配してそうだったかな。」
「あら、どうして?」

ヨシュアの声が曇る。言葉を濁して答えを教えてくれた。
「そりゃ、まあ。・・・レンが裏社会に詳しすぎるからじゃない?」
ははあ、とレンは心得た。
「あら、レンが信用されていないのね。」

要は、レンが裏切るんじゃないか、結社に戻るんじゃないかと疑われているのだ。
確かに、レン自体はどちらでもいいんじゃないか、と思っているくらいだ。クロスベルでの事件後の流れから、なんとなくエステルについてきてしまった。レンには、きちんと表の世界で生きていく覚悟がないのだ。
痛いところをつかれている、とレンは思った。思わず溜息が出た。

「・・・。レンも、自分で決めなきゃね。」
レンが小さくつぶやいた。
「・・・。レン。」
ヨシュアにはレンが何を悩んでいるのか分かっている。でも、それはレンが自分で決断すべきことだ。他人には手伝えない。エステルの元でレンが自分の生き方を見つけられるのか、やっぱり裏社会に戻るのか。それは、レンが自分で割り切るべきことなのだ。同じ立場で長く葛藤したヨシュアには、その悩みが痛いほどに分かった。

ヨシュアは優しく口元を歪める。
「とりあえず、今回はティータと気楽に楽しんでおいでよ。」
ヨシュアに出来ることは、見守ってあげることだけだった。助けを求められたら、主観を述べることは出来る。でも、そんな簡単な問題でもないことは、当人でもあるヨシュアもよく理解していた。エステルやヨシュアが出来ることは、レンが自分の居心地のよい場所を見つけられるようにサポートすることくらいだ。最後に感じ取るのは他の誰でもない、レン自身でなければならなかった。

(2-2) アンクレットのデータ

「そういえば、アサト諸島の治安は、最近でもどんどん悪化していると聞いているから、そのあたり気をつけてね。」
「ええ。気をつけるわ。」
「レンは、最近もよくアサトに行っていたのかい?」
「そうね、レンはそこまで頻繁に行ってはいない方ね。一年ちょっと前くらいかしら、レーヴェの用事に付き合ったきりだと思うわ。」
「レーヴェと一緒に行ったんだ。」
「ええ。レンは暇を持て余したら、レーヴェの仕事について行っていたわ。レンが来ると、レーヴェもレストランや買い物に付き合ってくれるのよ。」
レンは懐かしそうに目を細める。もうレーヴェとは一緒に出かけられない。少し寂しそうな表情を見せる。その横顔をヨシュアは切なそうに眺める。
「そうか・・・。」
ヨシュアには、気ままなレンに振り回されるレーヴェの姿が、鮮明なくらいに想像出来た。

レンはおぼろげな思い出を、頭の片隅から引っ張り出していく。
「でも、最期の用事は一体何だったのかしら。まるでレーヴェは普通に観光に来たみたいにロッジのデッキで涼んで、砂浜を散歩しているだけに感じたわ。」
あの時、レンは新作のぬいぐるみの発売時期とも重なりショッピングに夢中であった。アサト諸島の仕事は、大抵は観光に来た大国の要人や、密貿易の取引にきた商人単体を狙う仕事が多かった。レーヴェの用事もそういったものだろうとレンは内容を気にもしていなかった。自分はオフの間で遊びにきて、構ってもらいたかっただけだったからだ。

「レーヴェと、また海に行きたいなあ。」
思わず、呟きが口から出てしまった。
もう、適わない望みだ。
「・・・そうだね。」
ヨシュアも別に否定はしなかった。しても仕方のないことだからだろう。

スープパスタから潮風の香りが立ち始める。
その効果もあって、ちょっと前のことなのに、やけに懐かしかった。
大きな手が優しく頭を撫でてくれる、そのくすぐったさが久しぶりに思い出されて、なんだか切なかった。

レンは、夕方から気にしていることをヨシュアに相談してみることにした。
「そういえば、レーヴェがいつも身に着けていたアンクレットがあったじゃない?」
「ああ、うん。」
「ヨシュアがお姉さんの形見だっていうハーモニカに付けて、持ち歩いているヤツ。」
「あれについて、さっきパテルマテルが気になることを言っていたわ。」

パテルマテルとは次世代型の自立思考型ロボットで、レンの長年の相棒でもある。
レンは、その最新技術の精鋭である人工知能と意思を疎通させることが出来るという、不可思議な特技を持ち合わせていた。

「気になること?」
「ええ。なんだかパテルマテルの外部記憶領域にアンクレットの画像データが埋め込まれていたみたいなのよ。」
「後からインプットされたってこと?」
「ええ。どうやら、日付を解析していくと、一年前くらいに残されているみたいなのよね。」
「へぇ。」
「まさか、博士じゃないでしょう。おじいさんも心当たりはないみたいだし。レーヴェが意図的にパテルマテルに遺したんじゃないかって、パテルマテルが言うのよ。」

「・・・。それって、そのことに今頃彼自身が気づいたっていうこと?」
「うん。そうみたいなのよねー。レンだって全てのメモリを整理しきれていなかったし、それはパテルマテル本人も同じみたいなんだけど。それでも、誰も気づかなかったってことがあるのかしらって思って。」

「・・・。パテルマテル自身も気づかないうちにデータをいじるって可能なの?」
「そうなのよねぇ。パテルマテルが言うには、入れ替えた記憶自体を自分で削除したんじゃないかって想像するのよ。」
「どういうこと?レーヴェに頼まれて、パテルマテル自身がそのデータ自体の存在を意図的に忘れたってこと?」
「そう。つまり、レーヴェの依頼理由に対して、パテルマテルは納得した、ということだわ。」

「・・・。ふうん。つまり、レンのためになるって思ったっていうことかな。」
「レンのためかは、どうか。でも、理解できる動機だったんでしょうね。」
「もしくは、なんらかの取引があったのかな。」
「うーん。」

ヨシュアも随分興味を引かれてきた。あの淡々とした性格のレーヴェが単なる悪戯目的だったとは思わない。レーヴェとパテルマテルが共謀して、何をしようとしていたのだろうか。
「そのデータって単なる画像データだけなの?」
「画像データなんだけど。レンがたまに風景とか、機材とか、クオーツとか、気が向いたものを日記のように写真に取り溜めしていたフォルダに置いてあったわ。つまり、レンがちょっと写真データを見返せば気づく程度の場所なの。二人で隠すほどの場所だとも思わないわ。」
「存在自体は隠したかったけど、近いうちにレンに気づいてもらう必要があったということかな。本当に何の変哲もない画像データなの?」
ヨシュアは首を傾げる。

「それが、ぱっと見ると普通なんだけど、認証コード部分に理解不能のデータ列が仕込まれているの。」
「データ列?」
「うん。どうやら、普通のウロボロス仕様のデータタイプではないわね。あえて言うならば、レンが昔に作った暗号化システムの認証コードに類似しているわ。」
「昔につくったもの?」

「うんー。けっこう前ね。もう五年くらい経っているかしら。レンが、博士とか蛇の連中にバレずに自分の遊び用のパーソナルデータを安全に保管するために、自分用に暗号化コードを組んで、そのシステムを他の人には内緒でパテルマテルに搭載してもらったの。だから、パテルマテルにはレンしかしらないレン専用コードがけっこう入っているんだ。」
レンがやりそうな悪戯だと、ヨシュアは思わず笑ってしまった。

「レンは趣味半分でその一部を流用して、写真データの管理とか、旅の記録とか、美味しいカフェについてとかのデータベースをまとめたりしていたの。その記録とシステムをレーヴェに見せたことがあったのよ。だから、そのデータベースにはレーヴェは自分でアクセスは出来たはず。レーヴェも一人で行った場所に、いいお店を見つけたりしたら、教えてくれたりしたのよ。」
つまり、密かに二人の情報交換ネットワークとなっていたわけだ。

「でも、アンクレットの画像はリストには出ないようになっていた。直接メモリにアクセスしないと見つからないように加工されていたわ。そして、特殊なコードが仕込まれていた。」
「その特殊なコードっていうのは、さっきレンが自分でいっていたデータベースの暗号化コードとは別物なのかい?」
「ええ。配列タイプや型は似ているけど、本質的には違うわね。同じ手法では解読出来ない。単なる画像データとしては解読できるけど、画像の切れ端のデータタイプが全然違うのよ。」
「ふうん。つまり、その端っこのデータだけはレーヴェのオリジナルだということかな。」
そこでレンは一瞬悩んだ。
「・・・。たぶん。」

「それは、後から気づいて、というなんらかのレーヴェからレンへの伝言かもしれないね。」
一体どんな伝言だろうか。まさか結社の実態に関するような伝言ではないだろう。
「うん・・・。もしくは、それを示唆するような内容かもしれないわね。データ量的には暗号化部分は微小だから精々一単語程度よ。文章を残すには足りないわ。」

それほどまでに、手をかけて、誰にも気づかれずに、レンだけに知らせたい内容があったということだ。
もしかしたら、それは、レンに対して単なる謎かけ遊び程度のものかもしれない。
でも、一年前という時期が気になった。
レーヴェはもしかしたら、死に場所を求めていたんじゃないか、とヨシュアは思う。
それなりの覚悟があってリベールに来ていたような印象を受けていた。彼が纏う雰囲気はそこだけ鬼気迫るものがあった。
だから、何か最後のお願いかそういったものじゃないか、とも想像した。
そういった個人的な依頼であれば、是非解読してあげて欲しい。

「レン、その暗号部分の解析は、けっこう手間どりそうなのかい?」
「うーん、さっきパテルマテルのデータベースを漁った時に気が付いたばかりだから、どうかしらね。」
レンも見当すらついていないようだ。

「食後にヨシュアもちょっと見てくれる?もしかしたら、ヨシュアなら読み取れる文字列なのかもしれないわよ。」
「どうだろう。あまり自信はないなあ。」
ここ五年あまりは、かなりの頻度で一緒に行動していた、というレンの方がちょっとした日常のヒントを持っているんじゃないか、とヨシュアは思う。
料理中にレンとヨシュアはそんな約束をとりつけたのだった。

(2-3) レーヴェの残した言葉

夕食の片付けを終えて、ほっと一息ついた頃、レンは自室にヨシュアを呼んで、パテルマテルとの通信を開いた。
「ごめんなさいね、もう寝ていたかしら。」
別にパテルマテルは睡眠が必要なわけではない。それでも充電のために、またはエネルギーの無駄使いを避けるために、暇を持て余すとスリープ状態に入る、というプログラムが組まれていた。

問いに対して、パテルマテルは否定の意思を伝えてきた。
「そう、起きていたのね。よかったわ。」
「さっきのレーヴェのデータをヨシュアにも見せてもらえるかしら。」

パテルマテルが送ってきたのは、アンクレットの写真と、画像データの端についている意味不明の文字列であった。
「ここの部分は普通の画像データであれば、空データとして0を並べていたり、少し特殊なサイズだったりデータ量の多い画像データだとそういった旨の情報が追加されるわ。つまり、特殊なデータだった場合のデータの読み取り方をシステムに伝えるための領域、と思ってもらって結構よ。」
レンが、データ型について簡単にヨシュアに解説をしてくれた。

ヨシュアは唸る。
「つまり、この普通の画像データではここは空データになっているはずの部分ということかな?」
レンは肯定した。
「そうよ。それなのに、こんな意味不明の数字列が書いてあるの。」
「でも、この画像データは読めているんだろう?」
「特殊データタイプの指示が読み取れなければ、とりあえずデフォルト設定で読み込むようにとシステムが設計されているのよ。」
「なるほど。」

「この文字列データに一律に数字を加算したり、乗算することは可能?」
「もちろんよ。とりあえず一般的な暗号化手法としての手法はもうパテルマテルがトライしたわ。」

ヨシュアはふっと思いついた数字を提案する。
「うーん。149817を加算してみて、そこから0017を引く。」
「え、ええ。」
その結果をレンは、じぃっと眺めてみる。
「この数字、下4桁を抜くと、レンのルールでは、7文字の言葉になるわね。」
ヨシュアがびっくりして反応する。
「どういう言葉?」

ちょっと躊躇ってから、レンはそのままの音を口にした。
「『カラマミエルチ』」
「・・・。どういう意味かな。」
「分からないわ。」
レンがお手上げと両手を宙に広げたポーズをとった。
「きっとこの言葉に意味があるんだ。」
確信したかのように、ヨシュアが言う。

「あら、ずいぶんと断言するのね。」
「・・・。さっきの数字は、僕らがほんの小さな子供だったころに、使っていた暗号なんだ。それこそ結社に入るより前にね。」
「そんな頃から数字遊びを?」
「その頃は紙にメッセージを書いたりしていたんだ。大人達に読み取られないようにって、ちょっと夜抜け出したり、子供だけの秘密の話がある時に使う合図だったんだよ。」
ヨシュアは目を細める。
「昔、この数字は僕の姉さんとレーヴェが使っていたんだ。今この数字を知っているのは、きっと僕だけだ。つまり、このデータは僕じゃないと言葉にすることが出来なかった。だけど、パテルマテルに隠されて、しかもレンが自分用に作った暗号化システムの中に隠されていた。」
レンが頷く。
「レンが隠されたデータに気づいて、ヨシュアに相談しないと、このデータは言葉に変換出来なかった、というわけよね。そこまで手間の掛けられた暗号文に意味がないはずがない、ということね。」
ヨシュアは首肯した。
「そうだ。少なくともレーヴェは、そんな凝った遊びをするタイプじゃないだろう。」

改めて、得られた文字を見返してみる。

『カラマミエルチ』

「この言葉、一つの単語じゃないわよね。もしかしたら、文章だったり助詞があるんじゃないのかしら。」
「うん。二つ以上の単語で形成されてはいそうだ。」
「そういえば、『カラマ』って単語に聞き覚えがあるわ。」
「へぇ、どういう意味?」
「意味は詳しく知らないのだけど、今日ティータから聞いた単語なの。アサト諸島で発見された古代遺物は『カラマ・ストーン』と名付けられたそうよ。」
「!」
ヨシュアの顔が驚きの表情を浮かべる。
「随分とタイムリーだね。」
「ええ、そして、この文字が隠されていたアンクレットの写真のデータは、一年前のアサト諸島の記録としてデータベースに置いてあった。今回再訪するために記録を探っていたところで、パテルマテルが気付いたデータなのよ。」
「・・・。つまり、この暗号文の『カラマ』と、アサト諸島のカラマ・ストーンは関係があるということか。」
「そうかもね。もしくは、カラマ・ストーンの語源と、関連性があるのか、かしらね。」
「例の古代遺物が『カラマ・ストーン』と名付けられた背景については、聞いているのかい?」
「少しだけ。詳しくは聞かなかったの。でも、そのあたりが何かヒントになりそうね。アサト諸島に行ったら、何かしらの答えが得られそうな気がしてきたわ。」

ヨシュアは、端末上に浮かぶアンクレットの画像を見つめる。
「カラマというのが、その古代遺物関連の単語だとして、だったら残りの『ミエルチ』という文字には別の意味があるのかな。」
「そうね、そんな気がしてきたわ。『見える』という動詞としてもとれるわね。」
「だったら、最後の『チ』は何だろう。『血』?あとは、『地』、『値』、『池』、『知』・・・・。うーん。『チ』、という一音だとけっこう色々な意味があるなあ。」

「・・・。やっぱり、冒頭の『カラマ』の意味を知るのが、近道みたいね。」
「古代遺物の名前を名付けたのは、発見者の博士なのかい?サイオン博士、とおっしゃったっけ。」
「ええ、そのサイオン博士。教会もすでに立ち会って動作有無は確認しているそうだけど、博士のネーミングと聞いたわ。」
「たしか、地域の伝承で、力のある石についての昔話があって、そこから付けたって聞いたわね。」
「・・・。レーヴェが暗号文自体をカラマ諸島で考えたのだとしたら、その昔話の石を意味しているのかな。」
「分からないわ。まさか、古代遺物が発見されることを予知していたわけじゃあないでしょうし・・・。昔話を指している可能性の方が高そうに感じるわね。」

レンとヨシュアは、顔を見合わせる。
「つまり、その昔話の『カラマ』とやらを調べれば、このメッセージの意味も分かるってことだね。」
「ええ、そうみたいね。」

レンには、アサト諸島での大きな目的が出来た。今やレアリティの高い部品の調達なんてことよりも、この隠されたメッセージの意図を知ることの方が重要であった。レーヴェは一体何をレンとヨシュアに伝えようとしたのだろうか。
「レーヴェの伝言、必ず解いてみせる。」
レンはヨシュアに向って決意する。私達に何を言いたかったのか、それを受け止めることが遺された者の勤めであるように感じたのだ。