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(3-3) 南の島の歓迎
リベール出発から5時間。長い空の旅を終えて、レンとティータは、アマラーダの発着場に降り立った。
さすがは、大陸有数の観光地であり、貿易拠点である。
飛行場は、乗り降りをする人々でごった返していた。
むっと蒸し暑い風を感じて、二人は遠い異国に来たことを実感する。
「わあ、さすが暑いわね。えっと、ラッセル博士の知り合いの方が向かえに来るのよね?」
「うんー。でも、これだけ人が居たら、なかなか分からなさそうだね。ちゃんと会えるかなあ。」
「どういう方がいらっしゃるの?」
「うーん、おじいちゃんの昔からの友人なんだよ。ちょっと前は中央工房で働いてくれていた時期もあって。いかにも南国って感じの明るい方だよ。こうお髭が特徴的に分厚く生えてて、それでえっと髪の毛が・・・、なくて。」
「なるほど、つまりハゲで、髭が濃いのね。」
レンは歯に衣を着せない表現で、説明の解釈を示した。
「え、あ、そんな意味じゃなくて!」
人が良いティータが慌てた先で、先を歩くレンがいきなり立ち止まった。
「あら。」
「え?」
「あの方かしら?ハゲてもないし、お髭も薄いけど。」
「あれえ。」
待合所の前でプラカードを持っている中年の男性が居た。
中肉中背、生真面目そうな神経質な顔色、薄い茶色がかった黒髪で、浅い肌色をしていた。東方系民族であろう。
いかにも南国、というよりは、移住してきた共和国人という風情である。
飛行場を行きかう全ての人に目を走らせて、目的の人物を必死で探し出そうとしている。
手に持ったプラカードには、現地のアサト語で大きく『歓迎!ツァイス中央工房様』と書いてある。
すぐ下には、エレボニアとカルバード標準語でも同様の内容が書いてあった。
「おおー。そんな感じだね。」
疑いもせずにティータは、プラカードを持つ男性の方へとことこ歩き出していく。
慌てて、護衛のレンも後を追った。
「あのう。えっと、ティータ・ラッセルですけど、サイオン研究所の方でしょうか?」
「ああ、ええ、はい!ラッセル博士ご一行様ですか。・・・、ええっと失礼ながら、博士はどちらに?」
二人の歳若い少女達を見て、その中年男性は戸惑っていた。
これは、連絡がきちんといっていないようだった。
「あの、その、私が、今回アルバート・ラッセルの名代で来ました、ティータ・ラッセルです。博士はすみません、都合がつかないため、すぐに来ることが出来なくて、私が代理で解析をするというお話になっているかと、思います。」
「は、はぁ。貴方が・・・。」
相手の男性は、じろじろとティータを眺めていた。
まあ、どう見ても、高名な博士の代理を務め上げるほどの技術者には見えまい。
あまりに呆けて、困り果てる様子が哀れな程であった。
レンは、ついでに質問をすることにした。おどおどした雰囲気が、あのラッセル博士の古い友人にはあまり見えなかったからである。
「あなたが、サイオン博士でしょうか?」
相手の男性は、自失から我に返り、返事をしてくれた。
「いえ、わたくしは、サイオン博士の助手をやっております、テイウと申します。」
暑いのか、必死で額から流れ落ちる汗を手ぬぐいで拭いている。
ティータは、真面目に一度聞いた名前を覚えようと繰り返す。
「テイウさん・・・。」
「ええ、ともかく貴方方がZCFからいらっしゃるという技術者の方ですね。よろしくお願いします。こちらに、車を用意してありますので。ささ、お暑いでしょう。どうぞ、こちらに。」
レンは、そのアサト人らしからぬ生真面目さを見て、助手というより、お手伝いなのでは、と意地悪く考えた。
飛行艇ターミナルの建物を出ると、そこは車天国だった。
飛行場の手前の広場には、観光客を乗せる各ホテルの送迎車が溢れている。
「わあ、こんなにたくさん動力車が集まっているなんて!圧巻されますー。」
リベールは起伏の激しい山国でもあり、動力車はあまりメジャーではない。
感嘆するティータに、テイウ助手は補足をした。
「この動力車広場はまだ落ち着いている方です。ターミナル北出口の波止場には、動力船がこの倍がありますよ。アサトは船の国ですからね。」
「へぇぇぇ!そうなんですね!!」
その辺り諸外国をよく知るレンも説明する。
「アサト諸島は船移動がメジャーだけど、リベールのように小型飛行艇も多いわよ。諸島間の移動も、島の中の移動も、両方がし易いからね。ただ首都アマラーダは高層ビルもあるし、その他軍事的な問題もあって、街中での私艇の運転は禁止されているわ。飛行機の操縦を間違えて、街中を飛んだら、問答無用で打ち落とされることもあるから、気をつけてね。」
「あわわわ・・・。」
ティータの反応があまりに素直なので、レンはついつい大げさに脅してしまった。
テイウ助手は、感心したようにレンを見る。
「お若いのに、お詳しいですね、お嬢さん。アサト諸島には以前にも来た事がおありで?」
「ええ。少しね。自己紹介していなかったわね。レン・ブライトよ。彼女の護衛として同行しているの。よろしく、テイウさん。」
レンは優雅に一礼した。
テイウは目をぱちくりさせる。
「これは、可愛い護衛さんだ。」
反応の軽さから、レンの自己紹介文はユーモアだと受け取られたらしい。レンは別に構わなかった。
「あら、ありがとう。」
テイウ助手が、一台の車へと近づいていった。
そのタイミングで、助手席のドアが開いた。頭の毛のない、茶色い肌で、長い髭をはやした老人が出てくる。
南国植物の柄が描かれた、実に派手なシャツを着込んでいた。
「おお!ティータちゃんか!!おうおう、大きくなった。」
そのまま、ティータに近づいて、ティータを抱きすくめる。
「サイオンさん!お久しぶりですぅ。」
「こんな遠いところまで、よく来てくれた!まさに愛のなせる業だな。」
これが、サイオン博士か。とレンは相手の老人を見上げた。
確かに、ラッセル博士と同年輩らしく目尻や首元には皺が見られた。
しかし、肌色はまだつややかで、筋肉が引き締まっている。
日によく焼かれた小麦色の顔色から、碧色の曇りない瞳が精悍さをうかがわせた。
ご老人は、ティータを抱きすくめたまま、動かない。
「ああ、いい匂いがする。女子の良い匂いだなあ。」
「さ、サイオンさん。」
エステルと同様の抱きすくめ方をしているが、性別が違うと犯罪に近い。
年齢的には孫を可愛がる祖父という絵でギリギリ許されそうな気もする。
しかし、発言の方は次第に過激になってきた。
「しっかし、やっぱり若い子の肌はトゥルントゥルンで、ぴっちぴちじゃ。さわり心地が最高じゃなあ。」
「あわわ・・・。」
「おや、ティータちゃん、ちゃんと、ご飯たべているかね。」
「あ、はい。」
「それにしては、育つところがまあだ、あまり育っておらんのう。」
「え、えっ。」
「まあ、これはこれで。そういう需要もあるからのう。あまり悲観するものではない。」
護衛役のレンは、保護対象であるティータを強引に引き剥がす。
そのままティータの前に入り込む。
「ちょっと、おじいさん、おイタが過ぎるんじゃなくて?」
間に割り込んできたレンを見て、驚くサイオン老人。
「ほう。お嬢さん、話にあった、ティータちゃんの同行者かな。」
「ええ。」
「なっかなか、お洒落なセンスをしておるのう。スミレ色の髪がまた白い肌をしっとりと引き立てておる。」
レンは少し背筋がぞくっとした。
「それは、どうも。」
「しかも、ロリータドレス少女ときたか!」
喜び勇んだ声をあげて、サイオン老人がレンに向かってダイブをしてきた。ティータと同じ様に抱きかかえられると相手は思っているだろう。
レンは身体を軽くひねって、その勢いを利用して、小脇に抱えていた旅行鞄をそのまま老人方面へと移動させる。
バッコン!
上質ななめし革が鈍く響く良い音を立てて、鞄は顔面へとクリーンヒットした。
「お生憎様。レンは初対面のお方に、抱かれるような安い女じゃないわ。出直してきなさい。」
顔面を打たれて、涙目になりながら、なおもサイオン老人は戦意を失わない様だった。
上目遣いではあれど、挑戦的な目線でレンを見返す。
「うーん。毒舌少女と純情少女か。なかなか美味しい組み合わせだな。」
「・・・。お灸が足りなかったかしらね。もう一回、打たれた方が良いの?」
レンの冷えた声に、ティータも慌てる。
「れ、れんちゃ・・・。」
小麦色の明るいご老人は明るく笑う。
「はっはっはっ。嫌がるご婦人に無理は言わぬよ。失礼した。」
下がって、距離をとって、丁寧にお辞儀をした。
「・・・・。ふん。」
レンは少し警戒が過ぎたかな、と構えを解く。
「おや、怒らせてしまったな。失敗したようだ。」
サイオン博士は、情けない顔をしてみせた。
「申し訳ない。とにかく遠路はるばる、よくアサトまで若者二人で来てくれた。歓迎するよ。」
ひやひやと経過を見守っていたテイウ助手が、車の後部座席の扉を開ける。
汗をぬぐったハンカチはもはや水気で湿りきっている。
「まずは、アサト首相の私廷まで案内致します。車で十分ほどですので、こちらにお乗りください。」
丁寧に案内されて、ティータとレンは車に乗り込む。
動力車は、ヴェルヌ社製であった。ティータが目を輝かせて、細部まで観察している。
「ヴェルヌのクラシック・カーですね!今でこそ旧型として嗜好車扱いになったものの、過去10年と長くレースの主役に輝いた名車・リオパド、初めてみました。」
技術史に名だたる逸品に乗れて、ティータの言葉が熱を帯びる。
「ふふふ。ヴェルヌの車は装甲が厚く、丈夫なことが魅力じゃ。知っているかもしれんが、アサトはちいっとやっかいな土地柄でのう。」
要は治安対策のために丈夫な車が良いということらしい。
運転席にはテイウ助手が、助手席にはサイオン博士が乗り込んで、動力車はエンジンを噴かせた。
エンジン音を聞いて、レンもティータも更に驚く。
「あら、この音。」
「うわあ、こないだの国際動力技術展で紹介された四輪駆動用の特殊エンジンの音ですね!」
二人の反応を興味深げにサイオン博士は観察する。
「ふむ。二人とも流石は天下のZCFがアーティファクトの解析にと、送り込んでくる人材じゃな。」
どうやら、博士の一次審査は一応パスとなったらしい。
くえない爺さんだと、レンは心の中で毒づいた。
運転をしながら、テイウ助手が解説してくれた。
「この車は、アサト諸国の首相の私用車なんです。我々はいつもは小型機で移動をしているのですが、夜には少しアーティファクト発掘の背景について、ZCFの方にご説明しようとアマラーダ市街の首相私廷にお招きを受けております。」
思わぬ規模の話にティータは驚く。
「わわ、いまから首相さんのお家に行くのですね。緊張してきました。」
「いえ、まずは市街を抜けた外れの『サイオン研究所』へご案内します。その後に首相廷で、お夕食をご用意しております。」
けっこうな歓迎ぶりである。まるで国のVIP扱いではないか。レンは逆に警戒感を強めた。
サイオン博士が、話を続ける。
「アルバート博士に連絡を入れたので、聞いているだろうが、我々が発見した古代遺物は現在は動作をしていない。だが、これからも動作しないという保障はないと、教会からは目を付けられていてな。特に、この度、石を確保したのが政府機関だったということもあり、古代遺物を軍用に使うのではないか、と随分マークされておる。」
なかなか複雑な事情がありそうである。レンもティータも顔を見合わせた。
これは思ってたより大変そうね、と楽観視していた事をレンはすこし反省した。
博士の話は更に進む。
「そういった事情もあり、何か予想外の事故があってはならないと、この車を解析担当者の送迎に、と首相が申し出てくれたのだ。元々は古くからの首相の愛車だが、長い年月かけて我々がチューニングを入れさせて頂いていてな、装甲は丈夫な純度の高いメタル加工でもあり、さらにはクオーツと動力を組み合わせて、動力魔法を駆使してシールドを張ることも可能となっておる。その上、この度は新型の高駆動エンジンを搭載させてもらっていたところだ。解析サポートを頂く件ではラッセル博士からも万が一の事がないようにとと強く念を押されておる。防犯面では万全な体制を揃えさせてもらった。」
アサト諸島の治安は、想像以上に危険そうである。ティータは次第に不安になってきた。
「そ、そんなにも、セキュリティの重要度が高い土地なんですね。」
レンも嘆息した。
「ご配慮、痛み入るわ。そこまで手間をかけて我々を呼んだこと、問題はなかなか入り組んでいそうね。」
その辺りの背景は聞いておかねばならないだろう。少し情報を整理しておきたい、とレンは思った。事態が動いた場合に頼れるのは確かな情報である。
「もちろん、その辺り解析に必要なデータは何でもご提供する準備がある。不足な物資があれば、テイウに言っていただければ、スタッフ総出で揃えさせよう。」
気前良くサイオン博士は答えた。バックミラーに老獪な紳士の笑顔が映る。
車は市街地の高層ビルを抜けて、視界が開けてくる。低層の建物が並ぶ商店街が近くに見え、その先には工場街が見える。
やがてガラス張りの近代的な建物群が確認出来た。目的地の『サイオン研究所』であろう。次第に車は減速していく。特殊装甲車の緩やかなGを身体で感じつつ、レンはどういった話に巻き込まれていくのか、と想像を膨らませていた。しばらくぶりに一定の緊張感を全身に感じ、レンはその独特の空気を楽しんでいた。
リベール出発から5時間。長い空の旅を終えて、レンとティータは、アマラーダの発着場に降り立った。
さすがは、大陸有数の観光地であり、貿易拠点である。
飛行場は、乗り降りをする人々でごった返していた。
むっと蒸し暑い風を感じて、二人は遠い異国に来たことを実感する。
「わあ、さすが暑いわね。えっと、ラッセル博士の知り合いの方が向かえに来るのよね?」
「うんー。でも、これだけ人が居たら、なかなか分からなさそうだね。ちゃんと会えるかなあ。」
「どういう方がいらっしゃるの?」
「うーん、おじいちゃんの昔からの友人なんだよ。ちょっと前は中央工房で働いてくれていた時期もあって。いかにも南国って感じの明るい方だよ。こうお髭が特徴的に分厚く生えてて、それでえっと髪の毛が・・・、なくて。」
「なるほど、つまりハゲで、髭が濃いのね。」
レンは歯に衣を着せない表現で、説明の解釈を示した。
「え、あ、そんな意味じゃなくて!」
人が良いティータが慌てた先で、先を歩くレンがいきなり立ち止まった。
「あら。」
「え?」
「あの方かしら?ハゲてもないし、お髭も薄いけど。」
「あれえ。」
待合所の前でプラカードを持っている中年の男性が居た。
中肉中背、生真面目そうな神経質な顔色、薄い茶色がかった黒髪で、浅い肌色をしていた。東方系民族であろう。
いかにも南国、というよりは、移住してきた共和国人という風情である。
飛行場を行きかう全ての人に目を走らせて、目的の人物を必死で探し出そうとしている。
手に持ったプラカードには、現地のアサト語で大きく『歓迎!ツァイス中央工房様』と書いてある。
すぐ下には、エレボニアとカルバード標準語でも同様の内容が書いてあった。
「おおー。そんな感じだね。」
疑いもせずにティータは、プラカードを持つ男性の方へとことこ歩き出していく。
慌てて、護衛のレンも後を追った。
「あのう。えっと、ティータ・ラッセルですけど、サイオン研究所の方でしょうか?」
「ああ、ええ、はい!ラッセル博士ご一行様ですか。・・・、ええっと失礼ながら、博士はどちらに?」
二人の歳若い少女達を見て、その中年男性は戸惑っていた。
これは、連絡がきちんといっていないようだった。
「あの、その、私が、今回アルバート・ラッセルの名代で来ました、ティータ・ラッセルです。博士はすみません、都合がつかないため、すぐに来ることが出来なくて、私が代理で解析をするというお話になっているかと、思います。」
「は、はぁ。貴方が・・・。」
相手の男性は、じろじろとティータを眺めていた。
まあ、どう見ても、高名な博士の代理を務め上げるほどの技術者には見えまい。
あまりに呆けて、困り果てる様子が哀れな程であった。
レンは、ついでに質問をすることにした。おどおどした雰囲気が、あのラッセル博士の古い友人にはあまり見えなかったからである。
「あなたが、サイオン博士でしょうか?」
相手の男性は、自失から我に返り、返事をしてくれた。
「いえ、わたくしは、サイオン博士の助手をやっております、テイウと申します。」
暑いのか、必死で額から流れ落ちる汗を手ぬぐいで拭いている。
ティータは、真面目に一度聞いた名前を覚えようと繰り返す。
「テイウさん・・・。」
「ええ、ともかく貴方方がZCFからいらっしゃるという技術者の方ですね。よろしくお願いします。こちらに、車を用意してありますので。ささ、お暑いでしょう。どうぞ、こちらに。」
レンは、そのアサト人らしからぬ生真面目さを見て、助手というより、お手伝いなのでは、と意地悪く考えた。
飛行艇ターミナルの建物を出ると、そこは車天国だった。
飛行場の手前の広場には、観光客を乗せる各ホテルの送迎車が溢れている。
「わあ、こんなにたくさん動力車が集まっているなんて!圧巻されますー。」
リベールは起伏の激しい山国でもあり、動力車はあまりメジャーではない。
感嘆するティータに、テイウ助手は補足をした。
「この動力車広場はまだ落ち着いている方です。ターミナル北出口の波止場には、動力船がこの倍がありますよ。アサトは船の国ですからね。」
「へぇぇぇ!そうなんですね!!」
その辺り諸外国をよく知るレンも説明する。
「アサト諸島は船移動がメジャーだけど、リベールのように小型飛行艇も多いわよ。諸島間の移動も、島の中の移動も、両方がし易いからね。ただ首都アマラーダは高層ビルもあるし、その他軍事的な問題もあって、街中での私艇の運転は禁止されているわ。飛行機の操縦を間違えて、街中を飛んだら、問答無用で打ち落とされることもあるから、気をつけてね。」
「あわわわ・・・。」
ティータの反応があまりに素直なので、レンはついつい大げさに脅してしまった。
テイウ助手は、感心したようにレンを見る。
「お若いのに、お詳しいですね、お嬢さん。アサト諸島には以前にも来た事がおありで?」
「ええ。少しね。自己紹介していなかったわね。レン・ブライトよ。彼女の護衛として同行しているの。よろしく、テイウさん。」
レンは優雅に一礼した。
テイウは目をぱちくりさせる。
「これは、可愛い護衛さんだ。」
反応の軽さから、レンの自己紹介文はユーモアだと受け取られたらしい。レンは別に構わなかった。
「あら、ありがとう。」
テイウ助手が、一台の車へと近づいていった。
そのタイミングで、助手席のドアが開いた。頭の毛のない、茶色い肌で、長い髭をはやした老人が出てくる。
南国植物の柄が描かれた、実に派手なシャツを着込んでいた。
「おお!ティータちゃんか!!おうおう、大きくなった。」
そのまま、ティータに近づいて、ティータを抱きすくめる。
「サイオンさん!お久しぶりですぅ。」
「こんな遠いところまで、よく来てくれた!まさに愛のなせる業だな。」
これが、サイオン博士か。とレンは相手の老人を見上げた。
確かに、ラッセル博士と同年輩らしく目尻や首元には皺が見られた。
しかし、肌色はまだつややかで、筋肉が引き締まっている。
日によく焼かれた小麦色の顔色から、碧色の曇りない瞳が精悍さをうかがわせた。
ご老人は、ティータを抱きすくめたまま、動かない。
「ああ、いい匂いがする。女子の良い匂いだなあ。」
「さ、サイオンさん。」
エステルと同様の抱きすくめ方をしているが、性別が違うと犯罪に近い。
年齢的には孫を可愛がる祖父という絵でギリギリ許されそうな気もする。
しかし、発言の方は次第に過激になってきた。
「しっかし、やっぱり若い子の肌はトゥルントゥルンで、ぴっちぴちじゃ。さわり心地が最高じゃなあ。」
「あわわ・・・。」
「おや、ティータちゃん、ちゃんと、ご飯たべているかね。」
「あ、はい。」
「それにしては、育つところがまあだ、あまり育っておらんのう。」
「え、えっ。」
「まあ、これはこれで。そういう需要もあるからのう。あまり悲観するものではない。」
護衛役のレンは、保護対象であるティータを強引に引き剥がす。
そのままティータの前に入り込む。
「ちょっと、おじいさん、おイタが過ぎるんじゃなくて?」
間に割り込んできたレンを見て、驚くサイオン老人。
「ほう。お嬢さん、話にあった、ティータちゃんの同行者かな。」
「ええ。」
「なっかなか、お洒落なセンスをしておるのう。スミレ色の髪がまた白い肌をしっとりと引き立てておる。」
レンは少し背筋がぞくっとした。
「それは、どうも。」
「しかも、ロリータドレス少女ときたか!」
喜び勇んだ声をあげて、サイオン老人がレンに向かってダイブをしてきた。ティータと同じ様に抱きかかえられると相手は思っているだろう。
レンは身体を軽くひねって、その勢いを利用して、小脇に抱えていた旅行鞄をそのまま老人方面へと移動させる。
バッコン!
上質ななめし革が鈍く響く良い音を立てて、鞄は顔面へとクリーンヒットした。
「お生憎様。レンは初対面のお方に、抱かれるような安い女じゃないわ。出直してきなさい。」
顔面を打たれて、涙目になりながら、なおもサイオン老人は戦意を失わない様だった。
上目遣いではあれど、挑戦的な目線でレンを見返す。
「うーん。毒舌少女と純情少女か。なかなか美味しい組み合わせだな。」
「・・・。お灸が足りなかったかしらね。もう一回、打たれた方が良いの?」
レンの冷えた声に、ティータも慌てる。
「れ、れんちゃ・・・。」
小麦色の明るいご老人は明るく笑う。
「はっはっはっ。嫌がるご婦人に無理は言わぬよ。失礼した。」
下がって、距離をとって、丁寧にお辞儀をした。
「・・・・。ふん。」
レンは少し警戒が過ぎたかな、と構えを解く。
「おや、怒らせてしまったな。失敗したようだ。」
サイオン博士は、情けない顔をしてみせた。
「申し訳ない。とにかく遠路はるばる、よくアサトまで若者二人で来てくれた。歓迎するよ。」
ひやひやと経過を見守っていたテイウ助手が、車の後部座席の扉を開ける。
汗をぬぐったハンカチはもはや水気で湿りきっている。
「まずは、アサト首相の私廷まで案内致します。車で十分ほどですので、こちらにお乗りください。」
丁寧に案内されて、ティータとレンは車に乗り込む。
動力車は、ヴェルヌ社製であった。ティータが目を輝かせて、細部まで観察している。
「ヴェルヌのクラシック・カーですね!今でこそ旧型として嗜好車扱いになったものの、過去10年と長くレースの主役に輝いた名車・リオパド、初めてみました。」
技術史に名だたる逸品に乗れて、ティータの言葉が熱を帯びる。
「ふふふ。ヴェルヌの車は装甲が厚く、丈夫なことが魅力じゃ。知っているかもしれんが、アサトはちいっとやっかいな土地柄でのう。」
要は治安対策のために丈夫な車が良いということらしい。
運転席にはテイウ助手が、助手席にはサイオン博士が乗り込んで、動力車はエンジンを噴かせた。
エンジン音を聞いて、レンもティータも更に驚く。
「あら、この音。」
「うわあ、こないだの国際動力技術展で紹介された四輪駆動用の特殊エンジンの音ですね!」
二人の反応を興味深げにサイオン博士は観察する。
「ふむ。二人とも流石は天下のZCFがアーティファクトの解析にと、送り込んでくる人材じゃな。」
どうやら、博士の一次審査は一応パスとなったらしい。
くえない爺さんだと、レンは心の中で毒づいた。
運転をしながら、テイウ助手が解説してくれた。
「この車は、アサト諸国の首相の私用車なんです。我々はいつもは小型機で移動をしているのですが、夜には少しアーティファクト発掘の背景について、ZCFの方にご説明しようとアマラーダ市街の首相私廷にお招きを受けております。」
思わぬ規模の話にティータは驚く。
「わわ、いまから首相さんのお家に行くのですね。緊張してきました。」
「いえ、まずは市街を抜けた外れの『サイオン研究所』へご案内します。その後に首相廷で、お夕食をご用意しております。」
けっこうな歓迎ぶりである。まるで国のVIP扱いではないか。レンは逆に警戒感を強めた。
サイオン博士が、話を続ける。
「アルバート博士に連絡を入れたので、聞いているだろうが、我々が発見した古代遺物は現在は動作をしていない。だが、これからも動作しないという保障はないと、教会からは目を付けられていてな。特に、この度、石を確保したのが政府機関だったということもあり、古代遺物を軍用に使うのではないか、と随分マークされておる。」
なかなか複雑な事情がありそうである。レンもティータも顔を見合わせた。
これは思ってたより大変そうね、と楽観視していた事をレンはすこし反省した。
博士の話は更に進む。
「そういった事情もあり、何か予想外の事故があってはならないと、この車を解析担当者の送迎に、と首相が申し出てくれたのだ。元々は古くからの首相の愛車だが、長い年月かけて我々がチューニングを入れさせて頂いていてな、装甲は丈夫な純度の高いメタル加工でもあり、さらにはクオーツと動力を組み合わせて、動力魔法を駆使してシールドを張ることも可能となっておる。その上、この度は新型の高駆動エンジンを搭載させてもらっていたところだ。解析サポートを頂く件ではラッセル博士からも万が一の事がないようにとと強く念を押されておる。防犯面では万全な体制を揃えさせてもらった。」
アサト諸島の治安は、想像以上に危険そうである。ティータは次第に不安になってきた。
「そ、そんなにも、セキュリティの重要度が高い土地なんですね。」
レンも嘆息した。
「ご配慮、痛み入るわ。そこまで手間をかけて我々を呼んだこと、問題はなかなか入り組んでいそうね。」
その辺りの背景は聞いておかねばならないだろう。少し情報を整理しておきたい、とレンは思った。事態が動いた場合に頼れるのは確かな情報である。
「もちろん、その辺り解析に必要なデータは何でもご提供する準備がある。不足な物資があれば、テイウに言っていただければ、スタッフ総出で揃えさせよう。」
気前良くサイオン博士は答えた。バックミラーに老獪な紳士の笑顔が映る。
車は市街地の高層ビルを抜けて、視界が開けてくる。低層の建物が並ぶ商店街が近くに見え、その先には工場街が見える。
やがてガラス張りの近代的な建物群が確認出来た。目的地の『サイオン研究所』であろう。次第に車は減速していく。特殊装甲車の緩やかなGを身体で感じつつ、レンはどういった話に巻き込まれていくのか、と想像を膨らませていた。しばらくぶりに一定の緊張感を全身に感じ、レンはその独特の空気を楽しんでいた。
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