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(2-5) 家族としての役割
レンが大人しく首肯していると、カシウスが思わぬ切り口を見せてきた。
「それはそうと、レンは結局ギルドの協力員として活動していくのかな?」
レンは質問に対して素直に思っていることを述べた。
「そうねえ、レンは特にこれからどうしよう、とか考えていないのよね。」
ヨシュアが口を挟む。
「レンは頭がいいんだし、専門知識も豊富なんだから、ティータと一緒に研究者になるって道もあるんじゃないかな。」
「ああ、そうねえ、そういうのも悪くはないけれど。」
ヨシュアの提案にもレンは素直に返した。研究者という方向にはエステルも同意する。
「だって、アンタ、時間あれば機械いじりしているじゃない。そんなに好きならそういう道が向いているんじゃない?」
「うーん、もうこういうのは習慣みたいなものというか、別に義務感でやっているようなものでもないしねえ。」
レンには、工学を仕事にする、というのが感覚的にピンとこない。
暗殺稼業や破壊工作は、自分が生きていくために必要な技術として学んできた。
だけど、科学への興味はレンにとっては、仕事という感覚ではなかったのである。
「とはいっても、遊撃士というのもなんとなくピンと来ないのよね。」
「え、そうなの?レンなら遊撃士でも十分活躍出来ると思うけど。もうちょっと大きくなって資格をとれば一緒に動けるし、いいじゃない!」
「確かにエステル達と一緒に過ごしやすくなるというのは、レンにとっても悪い気はしないわ。」
珍しくレンが言葉で説明も出来ずに、戸惑っているところにヨシュアが助け舟を出す。
「自分が遊撃士側に立つことが、しっくりこないという感じかな。」
「そうなのかもね。」
レンは多分世の中での自分の立ち居地をどこに持っていくべきか、を決められていない。民間人の安全を優先する正義の味方、というのは自分でも何か違うな、と思ってしまうのだ。内面の葛藤はどうあれ、表面的にはしれっと業務をこなしているヨシュアはやっぱりさすがと思わざる得ない。レンはそこまで、その時その時で、自分の考えを割り切れる程には大人ではないのだ。
『社会貢献』や『自己確立』という概念がレンには無かった。レンの知っている狭い世界では、社会は個人を守らないし、個人は個人の為だけに生きることが摂理であった。
レンは、守られるべき国家に守られずに育った。レンが誘拐されても誰もレンを救い出してはくれなかった。レンを長い悲劇から救ったのは、犯罪組織として活動する結社だったのである。
レンにはどうしても、エステルやカシウスのように、遊撃士や軍人として市民の安全を守っていくという仕事の意義が体感出来ない。理屈では分かっているのだ。それでも心のどこかで、ギルドや国家が何の役に立つのだろう、と捉えてしまうところがあるのだった。
「まあ、どんな仕事をしていくかなんて、そうそう簡単に出せる答えでもないだろう。」
カシウスも笑った。深く考えても答えが出ない時は出ない。カシウスだって自分の歩いた道全てが正しかったと、自信があるような人間でもない。カシウスの考え方は、人生は後悔の連続だと知っている大人だからこそ、の柔軟さが感じられる。
「でも、そういう事は若いうちには特に考えていた方がいいな。まだ、レンはそういう風に悩みながら動くことが許される年頃なんだから。」
カシウスの結論にヨシュアも同意する。
「そうだね、でも、他国の大きな大学に行きたければ、それなりのバックアップは出来るよ。レンは多才で、何を選んでもきっと道を拓いていける能力があるんだから、やりたい事が出来たら、ちゃんと相談してね。」
ヨシュアもカシウスも言葉が暖かい。
レンがロレントのブライト家で過ごす事になって、まだたかだか一ヶ月が経過したばかりである。けれど、レンは自分が大切にされていることをよく分かっていた。多分、同じ年頃の子供が生まれつき当たり前のように受け続けて、自立するまでは気づけないような事である。一人で仕事をして、一人で生きてきたレンだからこそ、そのありがたみは切々と理解できていた。
「・・・。ありがとう。でも、お金に関しては、必要になれば、奨学金なり何なりで自分でも工面はするつもりよ。レンにだって個人資産はあるし、迷惑はかけないわ。まあ、そういう事を考え始めたら、だけどね。心配しないで、あまり甘えるつもりはないわ。」
妙に冷めているレンを、エステルが叱る。
「あ、レン。そういうところは、きちんと甘えるべきよ!私達は、ちゃんとレンの才能を認めているし、期待しているんだから。まあ、老後になったら、きちんと世話してもらうつもりだから、若いうちはしっかり甘えておきなさい。」
「そうだね、学校って子供のうちじゃないと通えないんだから。興味があるなら、とりあえず行ってみるのも手ではあるんだよ。」
ヨシュアも言葉を重ねる。この二人はこういう話題だとタッグを組んで、レンを崩しにかかってくる。こうも連携を取られたら、レンが対抗する手段も少なくなってしまう。
「・・・。ええ。そうね。」
レンは目を伏せる。自分に同じ年頃の友達がティータしか居ないというのは、レンにとっても気にはしている点ではあるのだ。
「でも、レンはそもそも博士号を3つも持っているのよ、大学に今更行ってまで、やりたい事があるかしら。」
レンの疑問にエステルは若干極端な持論を展開した。
「あら、学校ってそもそも、友達をつくって遊ぶ場所よ。勉強なんて二の次よ。恋に部活に、青春を楽しまなきゃ!行ってみてからやりたい事を見つけるって手段もあるんだし。」
研究の道を選ぶならば、今更学び屋に入って横並びで基礎をやり直すよりも、現場に入っていくという選択肢もレンにはあった。
でも、ヨシュアもエステルもなぜか学校を推す。レンに子供らしい時間を与えたい、というのが動機のようだった。同じ年頃の友達を作れ、というのである。でも、それはレンにとって、なんだか科学の方程式の理論を解明するよりも、難しい問題であるように感じられた。
レンが考え込んでしまったのを見て、エステルも引くことにする。それでも、言いたいことはきちんと言っておくのが、エステル流だ。
「まあ、ゆっくりでいいわよ。でも、大事なことなんだから、ちゃんと考えておいてね。レンが将来、何をして生きていきたいかってことを。」
エステルは、レンにとって一番痛い箇所を突いてくる。でも、それはエステルの思いやりなのだ。レンが表社会で生きていくには、どうやってまともな生計を立てていくかについて、きちんと計画を立てていく事が望ましかった。生きるか死ぬかの狭間で、その日その日を生き延びることだけを目指すのではなく、もっと長く、それこそ老いるまでに何をしていくか、という長期間のプランを描ける方が良い。
エステルもヨシュアも遊撃士という道を自分で選んだ。レンも、自分をどうしたいかを、自分で決めなくてはいけなかった。
それは、レンがこの先、陽の当たる場所で暮らしていく為にも必要なことであった。
「・・・ええ。そうね。考えておくわ。」
レンは、エステルに向き直る。ゆっくり考えて良いモラトリアム期間を与える事が保護者の役割ならば、その時間に対しての答えを掴む事が被保護者の義務であり、権利であった。
その後は四人で観光雑誌を読みながら、他愛ない雑談を楽しんだ。
そして、翌朝から久々の外出であることを考えて、レンは早めにベッドに入った。
ロレントの家の夜は、優しい自然に包まれている。小川を流れる水のせせらぎや、森に住む鳥や動物たちの鳴き声を子守唄として、レンは眠りに落ちていった。
夜の帳は、全ての者に平等に訪れる。
だけど、レンにはその夜が怖かった。
悪夢がレンを覆いつくして、放さない。
レンが大人しく首肯していると、カシウスが思わぬ切り口を見せてきた。
「それはそうと、レンは結局ギルドの協力員として活動していくのかな?」
レンは質問に対して素直に思っていることを述べた。
「そうねえ、レンは特にこれからどうしよう、とか考えていないのよね。」
ヨシュアが口を挟む。
「レンは頭がいいんだし、専門知識も豊富なんだから、ティータと一緒に研究者になるって道もあるんじゃないかな。」
「ああ、そうねえ、そういうのも悪くはないけれど。」
ヨシュアの提案にもレンは素直に返した。研究者という方向にはエステルも同意する。
「だって、アンタ、時間あれば機械いじりしているじゃない。そんなに好きならそういう道が向いているんじゃない?」
「うーん、もうこういうのは習慣みたいなものというか、別に義務感でやっているようなものでもないしねえ。」
レンには、工学を仕事にする、というのが感覚的にピンとこない。
暗殺稼業や破壊工作は、自分が生きていくために必要な技術として学んできた。
だけど、科学への興味はレンにとっては、仕事という感覚ではなかったのである。
「とはいっても、遊撃士というのもなんとなくピンと来ないのよね。」
「え、そうなの?レンなら遊撃士でも十分活躍出来ると思うけど。もうちょっと大きくなって資格をとれば一緒に動けるし、いいじゃない!」
「確かにエステル達と一緒に過ごしやすくなるというのは、レンにとっても悪い気はしないわ。」
珍しくレンが言葉で説明も出来ずに、戸惑っているところにヨシュアが助け舟を出す。
「自分が遊撃士側に立つことが、しっくりこないという感じかな。」
「そうなのかもね。」
レンは多分世の中での自分の立ち居地をどこに持っていくべきか、を決められていない。民間人の安全を優先する正義の味方、というのは自分でも何か違うな、と思ってしまうのだ。内面の葛藤はどうあれ、表面的にはしれっと業務をこなしているヨシュアはやっぱりさすがと思わざる得ない。レンはそこまで、その時その時で、自分の考えを割り切れる程には大人ではないのだ。
『社会貢献』や『自己確立』という概念がレンには無かった。レンの知っている狭い世界では、社会は個人を守らないし、個人は個人の為だけに生きることが摂理であった。
レンは、守られるべき国家に守られずに育った。レンが誘拐されても誰もレンを救い出してはくれなかった。レンを長い悲劇から救ったのは、犯罪組織として活動する結社だったのである。
レンにはどうしても、エステルやカシウスのように、遊撃士や軍人として市民の安全を守っていくという仕事の意義が体感出来ない。理屈では分かっているのだ。それでも心のどこかで、ギルドや国家が何の役に立つのだろう、と捉えてしまうところがあるのだった。
「まあ、どんな仕事をしていくかなんて、そうそう簡単に出せる答えでもないだろう。」
カシウスも笑った。深く考えても答えが出ない時は出ない。カシウスだって自分の歩いた道全てが正しかったと、自信があるような人間でもない。カシウスの考え方は、人生は後悔の連続だと知っている大人だからこそ、の柔軟さが感じられる。
「でも、そういう事は若いうちには特に考えていた方がいいな。まだ、レンはそういう風に悩みながら動くことが許される年頃なんだから。」
カシウスの結論にヨシュアも同意する。
「そうだね、でも、他国の大きな大学に行きたければ、それなりのバックアップは出来るよ。レンは多才で、何を選んでもきっと道を拓いていける能力があるんだから、やりたい事が出来たら、ちゃんと相談してね。」
ヨシュアもカシウスも言葉が暖かい。
レンがロレントのブライト家で過ごす事になって、まだたかだか一ヶ月が経過したばかりである。けれど、レンは自分が大切にされていることをよく分かっていた。多分、同じ年頃の子供が生まれつき当たり前のように受け続けて、自立するまでは気づけないような事である。一人で仕事をして、一人で生きてきたレンだからこそ、そのありがたみは切々と理解できていた。
「・・・。ありがとう。でも、お金に関しては、必要になれば、奨学金なり何なりで自分でも工面はするつもりよ。レンにだって個人資産はあるし、迷惑はかけないわ。まあ、そういう事を考え始めたら、だけどね。心配しないで、あまり甘えるつもりはないわ。」
妙に冷めているレンを、エステルが叱る。
「あ、レン。そういうところは、きちんと甘えるべきよ!私達は、ちゃんとレンの才能を認めているし、期待しているんだから。まあ、老後になったら、きちんと世話してもらうつもりだから、若いうちはしっかり甘えておきなさい。」
「そうだね、学校って子供のうちじゃないと通えないんだから。興味があるなら、とりあえず行ってみるのも手ではあるんだよ。」
ヨシュアも言葉を重ねる。この二人はこういう話題だとタッグを組んで、レンを崩しにかかってくる。こうも連携を取られたら、レンが対抗する手段も少なくなってしまう。
「・・・。ええ。そうね。」
レンは目を伏せる。自分に同じ年頃の友達がティータしか居ないというのは、レンにとっても気にはしている点ではあるのだ。
「でも、レンはそもそも博士号を3つも持っているのよ、大学に今更行ってまで、やりたい事があるかしら。」
レンの疑問にエステルは若干極端な持論を展開した。
「あら、学校ってそもそも、友達をつくって遊ぶ場所よ。勉強なんて二の次よ。恋に部活に、青春を楽しまなきゃ!行ってみてからやりたい事を見つけるって手段もあるんだし。」
研究の道を選ぶならば、今更学び屋に入って横並びで基礎をやり直すよりも、現場に入っていくという選択肢もレンにはあった。
でも、ヨシュアもエステルもなぜか学校を推す。レンに子供らしい時間を与えたい、というのが動機のようだった。同じ年頃の友達を作れ、というのである。でも、それはレンにとって、なんだか科学の方程式の理論を解明するよりも、難しい問題であるように感じられた。
レンが考え込んでしまったのを見て、エステルも引くことにする。それでも、言いたいことはきちんと言っておくのが、エステル流だ。
「まあ、ゆっくりでいいわよ。でも、大事なことなんだから、ちゃんと考えておいてね。レンが将来、何をして生きていきたいかってことを。」
エステルは、レンにとって一番痛い箇所を突いてくる。でも、それはエステルの思いやりなのだ。レンが表社会で生きていくには、どうやってまともな生計を立てていくかについて、きちんと計画を立てていく事が望ましかった。生きるか死ぬかの狭間で、その日その日を生き延びることだけを目指すのではなく、もっと長く、それこそ老いるまでに何をしていくか、という長期間のプランを描ける方が良い。
エステルもヨシュアも遊撃士という道を自分で選んだ。レンも、自分をどうしたいかを、自分で決めなくてはいけなかった。
それは、レンがこの先、陽の当たる場所で暮らしていく為にも必要なことであった。
「・・・ええ。そうね。考えておくわ。」
レンは、エステルに向き直る。ゆっくり考えて良いモラトリアム期間を与える事が保護者の役割ならば、その時間に対しての答えを掴む事が被保護者の義務であり、権利であった。
その後は四人で観光雑誌を読みながら、他愛ない雑談を楽しんだ。
そして、翌朝から久々の外出であることを考えて、レンは早めにベッドに入った。
ロレントの家の夜は、優しい自然に包まれている。小川を流れる水のせせらぎや、森に住む鳥や動物たちの鳴き声を子守唄として、レンは眠りに落ちていった。
夜の帳は、全ての者に平等に訪れる。
だけど、レンにはその夜が怖かった。
悪夢がレンを覆いつくして、放さない。
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