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(1-4) エステルとレン
「もしもし。電話を変わったわ。レンよ。」
アイナから受話器を受け取って、レンはエステルに挨拶をした。
「あ、レン!何をしていたの?」
電話口からいつもどおりの底抜けに明るいエステルの声が聞こえた。
「何っていつもどおりよ。お茶菓子を食べて、通信端末の調整に戻ったところよ。」
ふうーん。というエステルの気のない反応。エステルから見れば、機械いじりのどこが楽しいのかを理解出来ないらしい。
「あのさあ、レン。」
「何かしら。」
「アサト諸島って行ったことある?」
いきなり本題である。エステルには交渉術はいつまでたっても身につかないわね、とレンは心の中で笑う。
「ええ。あるわよ。」
「あ、そうなの?」
意外そうなエステルの反応だった。自分が行ったことない場所に、若いレンの方が経験があるのを素直に悔しがっている。
「いいところ?」
「ええ。面白い場所よ。」
「へぇー!そうなんだ。あのね、ティータとアサト諸島に行ってこない?明日から!」
エステルは実に直接的に用件を切り出した。
「明日から?随分と急なのねえ。」
大体の状況には想像がついているレンが、エステルを焦らしていく。
「いやあ、それが事情があってさあ。」
「事情って何かしら。」
「それがさあ、アサト諸島ってところでアーティファクトが発掘されたんだって!」
「あら、そうなの。でもアーティファクトって庶民が発掘して使用してはいけないのでしょう?教会に提出するのが良いんじゃないの。」
レンは、自分の所業を棚にあげて一般論を展開する。
「そのアーティファクトがねえ、動かないんだってさー。だから、所有権は民間にあるはずだーってそのアサト諸島の博士が解析中らしいの。」
「ふむふむ。」
「だけど、一向に解析が進展しないんですって。だから、ツァイスのラッセル博士に協力してって依頼が来たみたいなのよー。」
「へぇぇ。」
「ところがね、ラッセル博士もエリカさんもダンさんも、皆エプスタインとの共同プロジェクトやら、納期の差し迫った案件やら、手が放せない状況らしいの。」
「そうなのね。」
エステルが、必死で状況を説明していく中、レンはさも興味があるように相槌を打っていた。
その水面下で考える。
(さて、どうしようかしら。久々にアサトに行くならば、欲しい部材も手に入るかもしれないわね。その辺り必要な物品が闇に流れていないか、一度事前調査しておきたいところね。)
レンはエステルには想像もつかないような事柄で悩み出す。
レンは、左手に受話器を持ちつつ、右手で小型の通信端末をいじり、闇市の情報を仕入れようと別の作業を始めた。
レンが何を企んでいるかなんて、考えも及ばないエステルは熱心に続きを話していく。
「そこで、なんと!ティータちゃんが古代遺物の解析に、アサト諸島に向かうことが決まったんですって。そもそも、依頼をしてきたサイオン博士という人には、あのラッセル博士でさえも頭が上がらない経緯があるらしくて、頼みを断れないみたいなのよ。」
「あら。」
「しかも、私には分からないんだけど、そのアーティファクトの解析っていうのが成功すると動力技術の革新が期待できるとかなんとか、とにかくラッセル博士もティータちゃんも随分と熱心なのよね。」
「まあ、古代遺物の解析でエプスタイン博士は動力技術を生み出したのだから、動力研究においても最も重要な項目よね。」
「あ、レンから見てもそうなの!?でもね、アサト諸島って、治安が悪い場所らしいのよ。それで、エリカさんが心配してギルドから護衛を出せないかって依頼が来ているの。」
「そうね。まあ治安が良いとはいえないわね。護衛が居た方が安全だとは思うわよ。」
他人事のようにレンは応じる。
「でもねえ、ちょっとリベール国内も余裕がないのよ。ちょうど帝国やクロスベルの情勢悪化を受けて、帝国貴族のバックアップを受けている地下組織がリベール国内での拠点の尻尾を出し始めたところだし。他にも、共和国からの旅行者にまぎれて、武器取引を行っている一味がリベールに来るっていう情報もあるのよ。」
エステルが、真剣に背景を説明している。
「まあ、遊撃士も大変なのね。」
レンは、マーケットの情報が手に入るまで時間を稼ぎたかった。
ここで、エステルを持ち上げる戦術を取ってみることにする。
「そうなのよねえ、私もヨシュアもなかなか暇が取れなくて、レンにはロレントで一人お留守番で悪いなあっていつも気にしてるのよ。」
エステルはなかなか嬉しい事を言ってくれる。
「あら、レンのことは気にしなくてもいいのよ。レンはレンで、それなりに楽しくは過ごしているわ。」
若干退屈ぎみではある。開発資材の不足が大きな原因である。
ロレントに来て、早一ヶ月。平穏な田舎街にはそれなりの魅力もあったが、やはり最新機器もなければ、研究環境も整っていない場所である、というのがレンにとっては大きなネックとなっていた。
「ごめんね、本当は私達がもうちょっと一緒に過ごせてあげるといいのだけど。」
「いいわよ。エステルが休暇だと、レンは魚釣りとか虫取りとか、エステルの趣味に引っ張り回されるだけだもの。」
「えー!釣りも虫取りも面白いでしょ!?やっぱり年頃の子供はこういうことを楽しまなきゃ!」
だんだん話が脱線してきた。
レンは話題の雲行きが怪しいことに気づいてきた。
(しまった。こういう話題になると、エステルがさらにうざくなるわ。)
エステルは暇さえあればレンを自分の趣味に連れ回す。その動機が好意からであるということを分かっているからレンも断りきれない。
たしかに、雄大な自然の中での遊びは、クロスベルの街中育ちの幼少期はもとより、誘拐後のロッジ内でも経験はなく、結社に入ってからは自然の中はゲリラ戦法時の隠れ蓑という役割を果たすのみで、遊ぶような場所ではなかった。
エステルなりにレンのためを考えて、普通の子供らしい遊びを教えようとしてくれている気持ちに対しては、ありがたいとは思っていた。
レンがただ虫取りにも魚釣りにも興味が持てないだけである。
レンは次第に焦りだす。
右手の端末が叩き出していく、最近の取引記録を見る目が真剣になってきた。
速読の効率を上げていかないと、片手間の会話が原因で、次の休暇がさらにハードになってしまう。
「ま、まあ、いいのよ。レンは十分やりたいことを好きにやらせてもらっているわ。パテル=マテルを格納出来る格納庫を入手するのが当面の目標かしらね。」
「あんなでっかいモノをいれるスペースなんて、庶民には無理よ。」
「あら、今に見ていなさい。きっと実現してみせるわ。」
その時、レンの右手の携帯型通信機が検索結果を弾き出した。
(あったわ!)
欲しがっていたレアリティの高い資材の情報を入手して、レンは上機嫌となる。
レンにはアサトへ行く用件が出来た。
後はせいぜい恩着せがましく出発できれば、もはや言うことは無かった。
そろそろ脱線した議題を元に戻す必要がある。
「それで、何の話題だったかしら。ティータが治安の悪いアサト諸島に行くって話だったわよね。」
「そうそう。すっかり逸れちゃった。それで、ティータ一人で行くのは心配だから、レンが一緒について行ってあげれないかしら?」
「そういう事ね。そうねえ。アサトって遠いのよねー。」
「まあ、飛行機代はギルドが持つわよ。アサト諸島って常夏の楽園って評判らしくて、楽しい場所みたいよ?二人で観光気分で遊んできたらいいじゃない。」
エステルは、レンが闇取引目的で引き受けた、とは思っていないだろう。
「観光スポットについても、ナイアルからオススメの場所を教えてもらっておいたから、帰ったら教えてあげるわね。」
「あら、いいわね。期待させてもらうわ。」
「あ、でも、レンの立場はギルドの協力員という立場で随行するんだからね。そこんとこ忘れないでいて。ちゃんとティータの安全を確保してよ。」
「ええ。それについては善処するわ。安心して頂戴。」
「あと、治安が悪いらしいから、怪しい場所にも行かないこと。」
「ええ、分かっているわ。」
”怪しい場所”が禁止されれば、古代機構の解析にも障害が出てくるが、そこはそれである。レンは無駄にエステルを刺激したりもしない。
久々に市場を物色出来るのが、ただただ楽しみであった。
「もしもし。電話を変わったわ。レンよ。」
アイナから受話器を受け取って、レンはエステルに挨拶をした。
「あ、レン!何をしていたの?」
電話口からいつもどおりの底抜けに明るいエステルの声が聞こえた。
「何っていつもどおりよ。お茶菓子を食べて、通信端末の調整に戻ったところよ。」
ふうーん。というエステルの気のない反応。エステルから見れば、機械いじりのどこが楽しいのかを理解出来ないらしい。
「あのさあ、レン。」
「何かしら。」
「アサト諸島って行ったことある?」
いきなり本題である。エステルには交渉術はいつまでたっても身につかないわね、とレンは心の中で笑う。
「ええ。あるわよ。」
「あ、そうなの?」
意外そうなエステルの反応だった。自分が行ったことない場所に、若いレンの方が経験があるのを素直に悔しがっている。
「いいところ?」
「ええ。面白い場所よ。」
「へぇー!そうなんだ。あのね、ティータとアサト諸島に行ってこない?明日から!」
エステルは実に直接的に用件を切り出した。
「明日から?随分と急なのねえ。」
大体の状況には想像がついているレンが、エステルを焦らしていく。
「いやあ、それが事情があってさあ。」
「事情って何かしら。」
「それがさあ、アサト諸島ってところでアーティファクトが発掘されたんだって!」
「あら、そうなの。でもアーティファクトって庶民が発掘して使用してはいけないのでしょう?教会に提出するのが良いんじゃないの。」
レンは、自分の所業を棚にあげて一般論を展開する。
「そのアーティファクトがねえ、動かないんだってさー。だから、所有権は民間にあるはずだーってそのアサト諸島の博士が解析中らしいの。」
「ふむふむ。」
「だけど、一向に解析が進展しないんですって。だから、ツァイスのラッセル博士に協力してって依頼が来たみたいなのよー。」
「へぇぇ。」
「ところがね、ラッセル博士もエリカさんもダンさんも、皆エプスタインとの共同プロジェクトやら、納期の差し迫った案件やら、手が放せない状況らしいの。」
「そうなのね。」
エステルが、必死で状況を説明していく中、レンはさも興味があるように相槌を打っていた。
その水面下で考える。
(さて、どうしようかしら。久々にアサトに行くならば、欲しい部材も手に入るかもしれないわね。その辺り必要な物品が闇に流れていないか、一度事前調査しておきたいところね。)
レンはエステルには想像もつかないような事柄で悩み出す。
レンは、左手に受話器を持ちつつ、右手で小型の通信端末をいじり、闇市の情報を仕入れようと別の作業を始めた。
レンが何を企んでいるかなんて、考えも及ばないエステルは熱心に続きを話していく。
「そこで、なんと!ティータちゃんが古代遺物の解析に、アサト諸島に向かうことが決まったんですって。そもそも、依頼をしてきたサイオン博士という人には、あのラッセル博士でさえも頭が上がらない経緯があるらしくて、頼みを断れないみたいなのよ。」
「あら。」
「しかも、私には分からないんだけど、そのアーティファクトの解析っていうのが成功すると動力技術の革新が期待できるとかなんとか、とにかくラッセル博士もティータちゃんも随分と熱心なのよね。」
「まあ、古代遺物の解析でエプスタイン博士は動力技術を生み出したのだから、動力研究においても最も重要な項目よね。」
「あ、レンから見てもそうなの!?でもね、アサト諸島って、治安が悪い場所らしいのよ。それで、エリカさんが心配してギルドから護衛を出せないかって依頼が来ているの。」
「そうね。まあ治安が良いとはいえないわね。護衛が居た方が安全だとは思うわよ。」
他人事のようにレンは応じる。
「でもねえ、ちょっとリベール国内も余裕がないのよ。ちょうど帝国やクロスベルの情勢悪化を受けて、帝国貴族のバックアップを受けている地下組織がリベール国内での拠点の尻尾を出し始めたところだし。他にも、共和国からの旅行者にまぎれて、武器取引を行っている一味がリベールに来るっていう情報もあるのよ。」
エステルが、真剣に背景を説明している。
「まあ、遊撃士も大変なのね。」
レンは、マーケットの情報が手に入るまで時間を稼ぎたかった。
ここで、エステルを持ち上げる戦術を取ってみることにする。
「そうなのよねえ、私もヨシュアもなかなか暇が取れなくて、レンにはロレントで一人お留守番で悪いなあっていつも気にしてるのよ。」
エステルはなかなか嬉しい事を言ってくれる。
「あら、レンのことは気にしなくてもいいのよ。レンはレンで、それなりに楽しくは過ごしているわ。」
若干退屈ぎみではある。開発資材の不足が大きな原因である。
ロレントに来て、早一ヶ月。平穏な田舎街にはそれなりの魅力もあったが、やはり最新機器もなければ、研究環境も整っていない場所である、というのがレンにとっては大きなネックとなっていた。
「ごめんね、本当は私達がもうちょっと一緒に過ごせてあげるといいのだけど。」
「いいわよ。エステルが休暇だと、レンは魚釣りとか虫取りとか、エステルの趣味に引っ張り回されるだけだもの。」
「えー!釣りも虫取りも面白いでしょ!?やっぱり年頃の子供はこういうことを楽しまなきゃ!」
だんだん話が脱線してきた。
レンは話題の雲行きが怪しいことに気づいてきた。
(しまった。こういう話題になると、エステルがさらにうざくなるわ。)
エステルは暇さえあればレンを自分の趣味に連れ回す。その動機が好意からであるということを分かっているからレンも断りきれない。
たしかに、雄大な自然の中での遊びは、クロスベルの街中育ちの幼少期はもとより、誘拐後のロッジ内でも経験はなく、結社に入ってからは自然の中はゲリラ戦法時の隠れ蓑という役割を果たすのみで、遊ぶような場所ではなかった。
エステルなりにレンのためを考えて、普通の子供らしい遊びを教えようとしてくれている気持ちに対しては、ありがたいとは思っていた。
レンがただ虫取りにも魚釣りにも興味が持てないだけである。
レンは次第に焦りだす。
右手の端末が叩き出していく、最近の取引記録を見る目が真剣になってきた。
速読の効率を上げていかないと、片手間の会話が原因で、次の休暇がさらにハードになってしまう。
「ま、まあ、いいのよ。レンは十分やりたいことを好きにやらせてもらっているわ。パテル=マテルを格納出来る格納庫を入手するのが当面の目標かしらね。」
「あんなでっかいモノをいれるスペースなんて、庶民には無理よ。」
「あら、今に見ていなさい。きっと実現してみせるわ。」
その時、レンの右手の携帯型通信機が検索結果を弾き出した。
(あったわ!)
欲しがっていたレアリティの高い資材の情報を入手して、レンは上機嫌となる。
レンにはアサトへ行く用件が出来た。
後はせいぜい恩着せがましく出発できれば、もはや言うことは無かった。
そろそろ脱線した議題を元に戻す必要がある。
「それで、何の話題だったかしら。ティータが治安の悪いアサト諸島に行くって話だったわよね。」
「そうそう。すっかり逸れちゃった。それで、ティータ一人で行くのは心配だから、レンが一緒について行ってあげれないかしら?」
「そういう事ね。そうねえ。アサトって遠いのよねー。」
「まあ、飛行機代はギルドが持つわよ。アサト諸島って常夏の楽園って評判らしくて、楽しい場所みたいよ?二人で観光気分で遊んできたらいいじゃない。」
エステルは、レンが闇取引目的で引き受けた、とは思っていないだろう。
「観光スポットについても、ナイアルからオススメの場所を教えてもらっておいたから、帰ったら教えてあげるわね。」
「あら、いいわね。期待させてもらうわ。」
「あ、でも、レンの立場はギルドの協力員という立場で随行するんだからね。そこんとこ忘れないでいて。ちゃんとティータの安全を確保してよ。」
「ええ。それについては善処するわ。安心して頂戴。」
「あと、治安が悪いらしいから、怪しい場所にも行かないこと。」
「ええ、分かっているわ。」
”怪しい場所”が禁止されれば、古代機構の解析にも障害が出てくるが、そこはそれである。レンは無駄にエステルを刺激したりもしない。
久々に市場を物色出来るのが、ただただ楽しみであった。
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