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第二章 第三話 「南国アサト諸島」
(3-1) 旅立ちの朝
次の日の朝は、起きるのが辛かった。
目元の腫れは思ったより引いており、すぐ冷やしたことで功を奏したようだった。
真っ赤なままでは、ティータに心配されてしまう。
レンは何故かティータを妹のように思っており、姉貴分として情けないところを見せたくはなかった。
ちなみに、実はティータの方が年上なので、ティータも複雑な立場のレンを気遣っている。
翌朝はエステルが忘れ物はないか、ちゃんと定期的に連絡を入れることなどと、出発直前に当人より慌ただしく騒ぐので、レンはただ振り回されていた。
レンは大陸中を飛び回る仕事を続けていたので、今更海外に行くことで緊張はしない。
そもそも、ロレントよりも都会に行くのだ。忘れ物があっても、現地で簡単に調達出来るだろう。
必要なのは、武器と自分の体。それ以外は、手放してもどうにかなる、と考えている。
今回の旅行についても、特に何も心配していなかった。正直ロレントを離れられて、ゆっくり見つめ直せる良い機会だ、くらいにまで思っている。
けれど、エステルはレンを遠くの地に送り出すことを心配してくれていた。
自分を想ってくれる気持ちが暖かくて、レンは騒いでいるエステルをただ楽しそうに眺めていた。
ヨシュアもカシウスも、騒いでいるエステルをからかって楽しんでいた。
ティータとの集合場所である首都グランセルの国際ターミナルまで四人ともついて来る。
「ちょっと、仕事が忙しいんじゃなかったの。もう。」
レンの呆れた声に、エステルは言い返す。
「やだなあ。ただの見送りよ。今日の仕事は王都であるのよ。」
「うむ。父さんも今日は王城でやぼ用があってな。」
カシウスは、国家防衛についての陛下を入れての打ち合わせまで、ついでの様に言う。
なんだかんだで、過保護なそっくり親子である。
「もう、心配しないでも大丈夫よ。レンは、別に海外なんて行き慣れているんだし。」
「あ、そうですかー。」
ブライト家の中で、一番他国の経験が浅いのはエステルである。
不良中年は勿論、同じ歳の弟分であるヨシュアはおろか、年少のレンにまで、知識や経験で負けていて、エステルは面白くない。
エステルが休暇の度にレンを山や川に連れまわすのも、自分の得意分野で見返そうという浅はかな心情も隠れているのではあった。
ヨシュアが話を繋げる。
「でも、ティータと一緒は初めてだろう?きっと、今までより楽しいと思うな。」
「そうね。昨日、雑誌とデータベースでチェックしたお店を全部回りきれるかしら。」
カシウスが噴出す。
「いやあ、いいなあ。南の島!青い海!しかも、ティータちゃんと一緒なんて!」
最後の一言は余計であったらしい。エステルが非難する。
「ちょっと父さん、なんか怪しい響きを感じるわよ。」
「え、なんか、最近、父に冷たくないですか、エステルさん。」
親子漫才を聞きながら、レンは楽しくなってきた。
「うふふ。いいでしょう?こんな若くて可愛い二人組ですものね。怪しいおじさんにはいつも以上に注意しないとイケナイわね。」
こんなに賑やかな飛行場は、久しぶりだ。見送りという行為が、嬉しいものであるとレンは学んだのだった。
「レンちゃん、お土産よろしくね。オジサマは、南の島で熟成されたアサト酒がいいなぁ。」
カシウスは頭の中まで、すっかり南国のようであった。
「瓶なんて重いもの、重量に余裕があったら、考慮するわ。」
ヨシュアがちゃっかりリクエストに紛れ込む。
「僕は、チョコレートかな。ナッツが、独特の香ばしさで、美味しいんだよね。」
さすがは、ブライト家一番の美食家である。
「それも、溶けなければ・・・かしら。帰りの便に余裕があれば、飛行場で購入を検討するわ。」
出発前にお土産リストが決定されてしまいそうだった。
「エステルは、何がいいのかしらね。スニーカーも虫も、レンはあまり目端が利かないわ。」
「あ、あたしはねえ、こう、南の潮風が香るグッズがいいわね。こう、いかにも外国って感じの品がいいわ!」
エステルは意外とミーハーである。内心レンが観光地に行けることが羨ましくて仕方ないようだ。
「くすくす。了解したわ。レンのセンスが問われる宿題ね。楽しみにしておいて。」
国際ターミナル待合室には、すでにティータの姿が見えた。
「あ、レンちゃん!」
金色の髪の毛と、蒼い瞳の美少女が、ロレント一行に向けて大きく手を振っている。
ティータの周囲には、祖父であるラッセル博士と、両親であるエリカ・ダン夫妻が揃っている。
昨日はツァイスに宿泊していたとみられるアガットとシェラザードまで、くっついていた。
「てぃーたーーーー!!」
レンを押しのけて、元気にエステルが走り出す。
そのままエステルは、ティータを抱きかかえて、頬ずりを始める。
「ああ、今日も可愛いわ。やっぱりプチプリティは正義ねっ!!」
「え、エステルおねえちゃん、くすぐったいよぉ。」
ティータとエステルの再開シーンでは毎度おなじみの光景であった。
「ああ、もう可愛い。今から持って帰りたいくらいだわ。」
ティータが若干迷惑そうであっても、エステルは気にせずティータの身体を離さない。
「あら、連れて帰られては、困るわ。今回、ティータをお持ち帰りするのはレンなのよ。」
レンは相変わらずませた口調で、きわどい事を口走っている。
「レンちゃんっ!」
近づいてきたレンの姿を確認して、ティータの笑顔がさらに弾ける。
エステルが放してくれた隙をついて、今度はティータがレンに抱きついた。
「きゃ、ちょ、ちょっとティータ!」
驚いたレンが悲鳴を上げる。
ティータの予想外の攻撃で、慌てふためいたレンはそのまま後ろに倒れこんだ。
「あんっ!」
「おぉーー!」
眺めていたカシウスが口笛を吹いた。
横で聞こえてしまったヨシュアが呟く。
「父さん・・・。」
倒れこんだまま、ティータはしっかりとレンに抱きついている。押し倒されたままレンは暫く呆然としてしまっていた。
「もうっ、ティータったら・・・。」
なんとか身体を起こしたものの、慣れない熱い抱擁にレンは明らかに戸惑っていた。
顔を上げたティータは飛びっきりの笑顔を見せた。
「私もう昨日は嬉しくって。レンちゃんと二人でお出かけなんて初めてだよね!」
「え、ええ、そうね。」
珍しくレンは、相手の気迫に負けていた。
「嬉しいなあ。」
ようやく身体を起こしたティータは、倒れこんでいるレンの手を取り、引っ張り上げる。
「そうね。」
レンは、押されっ放しであった。
レンもティータとの遠出を楽しみにしていたのだが、ティータの喜びの表現はレンの想像を超えていた。
「おいおい二人とも、遊びで行くんじゃないんだぞ、分かってんのか!」
心配したアガットが渇を入れる。
「アガットさん・・・。そうですね、つい嬉しくてはしゃいでしまいました。」
素直にティータがしょげる。
シェラザードが朗らかに声を掛けた。
「そうね、ティータちゃんも、レンちゃんも、若い二人で心配だけど、技術力に対しては文句はない逸材だわ。お仕事頑張ってね。」
ティータが真面目な声で応じる。
「はいっ!おじいちゃんの代わりで外国まで行くなんて緊張するけど、精一杯頑張ってきます!」
なんとも健気な心意気であった。
「レンちゃんも、突然のお願いでごめんなさいね。」
シェラザードはレンにもフォローを入れた。
「ええ。レンも久々の遠出で、ティータと同じくらい楽しみなのよ。」
レンも笑顔で返した。
そこに、アガットが反応する。
「んまあ、ちょいっと治安が悪くなってるみたいだから、無理はすんな。じーさんの知り合いの博士がいるっていう研究所の建物内で大人しくしていろよ。」
何気にアガットは心配性だ。
「そうね。」
レンはあまり大人しくしているつもりは無かったが、そんなことまで宣伝しない。きちんと頷いておいた。
カシウスもフォローを入れてくれた。
「まあ、レンも経験のある土地みたいだし、そこまで心配はしなくてもいいだろう。」
レンも心配はあまりしていない。涼しげに返事をする。
「ご期待に沿えるように手はつくすわ。」
エステルが口を挟む。
「レン、あんまり無茶はしないでよ。ちゃんと自分も大事にするのよ。」
エステルはさすがに『母親』役と言うだけある。
レンの解け掛けた、カチューシャのリボンをきちんと結びなおしながら、レンに再度の注意を入れる。
「ええ。ありがとう、エステル。心配しないで。」
レンも最後はきちんと返事をした。
一方、ラッセル家といえば、エリカ女史が大騒ぎをしていた。
「ああ、可愛いティータを外国にやることになるなんて。可愛い子には旅をさせろ、というけれども、さすがに今回は心配だわ。やっぱり私の仕事を放り投げてでも、同行すべきかしらね。」
ダンさんが妻を宥める。
「エリカさん、ちょっとそれは先方にも迷惑がかかるから・・・。」
相変わらずのご両親である。
ラッセル博士もさすがに心配そうであった。
「ティータ、忘れ物はないか?困った事があれば、なんでもサイオン博士に相談するんじゃぞ。」
「はい、おじいちゃん。忘れ物はなさそうです。もう10回も確認しましたから。」
ティータの受け答えは相変わらず素直で実に可愛らしい。
そこに、飛行艇の搭乗のアナウンスが流れる。
『エレポニア発、リベール経由のアマラーダ行きの便でご出発のお客様にご案内致します。
A784便をご利用のお客様は、ただ今1番ゲートよりご搭乗を開始致します。』
「時間ね。そろそろ行きましょう、ティータ。」
レンがティータに声をかける。
「う、うん!」
ティータも気合ばっちりな表情である。
搭乗口へ向かおうとするレンにヨシュアが声を掛ける。
「レン。ちょっと待って。」
二人並んで歩きだそうとするレンとティータが振り替える。
ヨシュアはレンに一枚の小さな書状を手渡した。
「これを渡しておくよ。『遊撃士協会の協力員証』だよ。アサト諸島はあまりギルドが盛んな場所ではないけれど、持っていると役に立つこともあるだろうと、アイナさんが手配してくれたんだ。」
レンは白い書状を受け取った。
「ありがとう。こんなものを準備してくれていたのね。何かあった時に当てにさせてもらうわ。」
ヨシュアは小さく頷いた。
「うん。二人とも十分知ってはいると思うけど、アーティファクト関係は何が起こるか分からない。気をつけてね。」
カシウスも話を繋げる。
「そうだな。何か困ったら自分達だけで解決しようとせずに、現地の人に助けてもらう事も大事だぞ。」
エステルがレンとティータを再度抱き寄せた。
「とにかく二人とも、ちゃんと無事で帰ってくること!怪我もしないでね。」
ティータは勿論、レンもエステルに向かって満面の笑みを見せる。
「はいっ。」
「ええ。」
二人は手を繋いで、搭乗口まで歩いていく。
その様子を心配そうに大人たちは見送るのだった。
搭乗口の前で二人が振り返る。
大きく手を振っていた。
「「いってきまーす!」」
レンとティータの明るい声が響く。
そのままずっと、見送りの面々は飛行艇が飛び立つまで手を振っていた。
ZCF製の機体は、大きな音を立てて新型エンジンを加速させていく。
大きな機体が、ふっと重力に逆らって、浮き上がっていった。
窓辺に見える、幼い二人の姿が次第に遠く、小さくなっていく。
エステルは、腕がしびれるまで、手を振り続けていた。
走り出した飛行艇を、必死で追いかける。
二人を乗せた乗り物は、次第に空へと吸い込まれ、雲の向こう側へと飛んで行った。
小さな手を掴んで、一ヶ月程。
ずっと見守っていた姿を、エステルは初めて手放した。
また解析が終われば、一週間ほどで二人は帰ってくるだろう。
何事もなく、無事な姿が見られることを、青空に願った。
(3-1) 旅立ちの朝
次の日の朝は、起きるのが辛かった。
目元の腫れは思ったより引いており、すぐ冷やしたことで功を奏したようだった。
真っ赤なままでは、ティータに心配されてしまう。
レンは何故かティータを妹のように思っており、姉貴分として情けないところを見せたくはなかった。
ちなみに、実はティータの方が年上なので、ティータも複雑な立場のレンを気遣っている。
翌朝はエステルが忘れ物はないか、ちゃんと定期的に連絡を入れることなどと、出発直前に当人より慌ただしく騒ぐので、レンはただ振り回されていた。
レンは大陸中を飛び回る仕事を続けていたので、今更海外に行くことで緊張はしない。
そもそも、ロレントよりも都会に行くのだ。忘れ物があっても、現地で簡単に調達出来るだろう。
必要なのは、武器と自分の体。それ以外は、手放してもどうにかなる、と考えている。
今回の旅行についても、特に何も心配していなかった。正直ロレントを離れられて、ゆっくり見つめ直せる良い機会だ、くらいにまで思っている。
けれど、エステルはレンを遠くの地に送り出すことを心配してくれていた。
自分を想ってくれる気持ちが暖かくて、レンは騒いでいるエステルをただ楽しそうに眺めていた。
ヨシュアもカシウスも、騒いでいるエステルをからかって楽しんでいた。
ティータとの集合場所である首都グランセルの国際ターミナルまで四人ともついて来る。
「ちょっと、仕事が忙しいんじゃなかったの。もう。」
レンの呆れた声に、エステルは言い返す。
「やだなあ。ただの見送りよ。今日の仕事は王都であるのよ。」
「うむ。父さんも今日は王城でやぼ用があってな。」
カシウスは、国家防衛についての陛下を入れての打ち合わせまで、ついでの様に言う。
なんだかんだで、過保護なそっくり親子である。
「もう、心配しないでも大丈夫よ。レンは、別に海外なんて行き慣れているんだし。」
「あ、そうですかー。」
ブライト家の中で、一番他国の経験が浅いのはエステルである。
不良中年は勿論、同じ歳の弟分であるヨシュアはおろか、年少のレンにまで、知識や経験で負けていて、エステルは面白くない。
エステルが休暇の度にレンを山や川に連れまわすのも、自分の得意分野で見返そうという浅はかな心情も隠れているのではあった。
ヨシュアが話を繋げる。
「でも、ティータと一緒は初めてだろう?きっと、今までより楽しいと思うな。」
「そうね。昨日、雑誌とデータベースでチェックしたお店を全部回りきれるかしら。」
カシウスが噴出す。
「いやあ、いいなあ。南の島!青い海!しかも、ティータちゃんと一緒なんて!」
最後の一言は余計であったらしい。エステルが非難する。
「ちょっと父さん、なんか怪しい響きを感じるわよ。」
「え、なんか、最近、父に冷たくないですか、エステルさん。」
親子漫才を聞きながら、レンは楽しくなってきた。
「うふふ。いいでしょう?こんな若くて可愛い二人組ですものね。怪しいおじさんにはいつも以上に注意しないとイケナイわね。」
こんなに賑やかな飛行場は、久しぶりだ。見送りという行為が、嬉しいものであるとレンは学んだのだった。
「レンちゃん、お土産よろしくね。オジサマは、南の島で熟成されたアサト酒がいいなぁ。」
カシウスは頭の中まで、すっかり南国のようであった。
「瓶なんて重いもの、重量に余裕があったら、考慮するわ。」
ヨシュアがちゃっかりリクエストに紛れ込む。
「僕は、チョコレートかな。ナッツが、独特の香ばしさで、美味しいんだよね。」
さすがは、ブライト家一番の美食家である。
「それも、溶けなければ・・・かしら。帰りの便に余裕があれば、飛行場で購入を検討するわ。」
出発前にお土産リストが決定されてしまいそうだった。
「エステルは、何がいいのかしらね。スニーカーも虫も、レンはあまり目端が利かないわ。」
「あ、あたしはねえ、こう、南の潮風が香るグッズがいいわね。こう、いかにも外国って感じの品がいいわ!」
エステルは意外とミーハーである。内心レンが観光地に行けることが羨ましくて仕方ないようだ。
「くすくす。了解したわ。レンのセンスが問われる宿題ね。楽しみにしておいて。」
国際ターミナル待合室には、すでにティータの姿が見えた。
「あ、レンちゃん!」
金色の髪の毛と、蒼い瞳の美少女が、ロレント一行に向けて大きく手を振っている。
ティータの周囲には、祖父であるラッセル博士と、両親であるエリカ・ダン夫妻が揃っている。
昨日はツァイスに宿泊していたとみられるアガットとシェラザードまで、くっついていた。
「てぃーたーーーー!!」
レンを押しのけて、元気にエステルが走り出す。
そのままエステルは、ティータを抱きかかえて、頬ずりを始める。
「ああ、今日も可愛いわ。やっぱりプチプリティは正義ねっ!!」
「え、エステルおねえちゃん、くすぐったいよぉ。」
ティータとエステルの再開シーンでは毎度おなじみの光景であった。
「ああ、もう可愛い。今から持って帰りたいくらいだわ。」
ティータが若干迷惑そうであっても、エステルは気にせずティータの身体を離さない。
「あら、連れて帰られては、困るわ。今回、ティータをお持ち帰りするのはレンなのよ。」
レンは相変わらずませた口調で、きわどい事を口走っている。
「レンちゃんっ!」
近づいてきたレンの姿を確認して、ティータの笑顔がさらに弾ける。
エステルが放してくれた隙をついて、今度はティータがレンに抱きついた。
「きゃ、ちょ、ちょっとティータ!」
驚いたレンが悲鳴を上げる。
ティータの予想外の攻撃で、慌てふためいたレンはそのまま後ろに倒れこんだ。
「あんっ!」
「おぉーー!」
眺めていたカシウスが口笛を吹いた。
横で聞こえてしまったヨシュアが呟く。
「父さん・・・。」
倒れこんだまま、ティータはしっかりとレンに抱きついている。押し倒されたままレンは暫く呆然としてしまっていた。
「もうっ、ティータったら・・・。」
なんとか身体を起こしたものの、慣れない熱い抱擁にレンは明らかに戸惑っていた。
顔を上げたティータは飛びっきりの笑顔を見せた。
「私もう昨日は嬉しくって。レンちゃんと二人でお出かけなんて初めてだよね!」
「え、ええ、そうね。」
珍しくレンは、相手の気迫に負けていた。
「嬉しいなあ。」
ようやく身体を起こしたティータは、倒れこんでいるレンの手を取り、引っ張り上げる。
「そうね。」
レンは、押されっ放しであった。
レンもティータとの遠出を楽しみにしていたのだが、ティータの喜びの表現はレンの想像を超えていた。
「おいおい二人とも、遊びで行くんじゃないんだぞ、分かってんのか!」
心配したアガットが渇を入れる。
「アガットさん・・・。そうですね、つい嬉しくてはしゃいでしまいました。」
素直にティータがしょげる。
シェラザードが朗らかに声を掛けた。
「そうね、ティータちゃんも、レンちゃんも、若い二人で心配だけど、技術力に対しては文句はない逸材だわ。お仕事頑張ってね。」
ティータが真面目な声で応じる。
「はいっ!おじいちゃんの代わりで外国まで行くなんて緊張するけど、精一杯頑張ってきます!」
なんとも健気な心意気であった。
「レンちゃんも、突然のお願いでごめんなさいね。」
シェラザードはレンにもフォローを入れた。
「ええ。レンも久々の遠出で、ティータと同じくらい楽しみなのよ。」
レンも笑顔で返した。
そこに、アガットが反応する。
「んまあ、ちょいっと治安が悪くなってるみたいだから、無理はすんな。じーさんの知り合いの博士がいるっていう研究所の建物内で大人しくしていろよ。」
何気にアガットは心配性だ。
「そうね。」
レンはあまり大人しくしているつもりは無かったが、そんなことまで宣伝しない。きちんと頷いておいた。
カシウスもフォローを入れてくれた。
「まあ、レンも経験のある土地みたいだし、そこまで心配はしなくてもいいだろう。」
レンも心配はあまりしていない。涼しげに返事をする。
「ご期待に沿えるように手はつくすわ。」
エステルが口を挟む。
「レン、あんまり無茶はしないでよ。ちゃんと自分も大事にするのよ。」
エステルはさすがに『母親』役と言うだけある。
レンの解け掛けた、カチューシャのリボンをきちんと結びなおしながら、レンに再度の注意を入れる。
「ええ。ありがとう、エステル。心配しないで。」
レンも最後はきちんと返事をした。
一方、ラッセル家といえば、エリカ女史が大騒ぎをしていた。
「ああ、可愛いティータを外国にやることになるなんて。可愛い子には旅をさせろ、というけれども、さすがに今回は心配だわ。やっぱり私の仕事を放り投げてでも、同行すべきかしらね。」
ダンさんが妻を宥める。
「エリカさん、ちょっとそれは先方にも迷惑がかかるから・・・。」
相変わらずのご両親である。
ラッセル博士もさすがに心配そうであった。
「ティータ、忘れ物はないか?困った事があれば、なんでもサイオン博士に相談するんじゃぞ。」
「はい、おじいちゃん。忘れ物はなさそうです。もう10回も確認しましたから。」
ティータの受け答えは相変わらず素直で実に可愛らしい。
そこに、飛行艇の搭乗のアナウンスが流れる。
『エレポニア発、リベール経由のアマラーダ行きの便でご出発のお客様にご案内致します。
A784便をご利用のお客様は、ただ今1番ゲートよりご搭乗を開始致します。』
「時間ね。そろそろ行きましょう、ティータ。」
レンがティータに声をかける。
「う、うん!」
ティータも気合ばっちりな表情である。
搭乗口へ向かおうとするレンにヨシュアが声を掛ける。
「レン。ちょっと待って。」
二人並んで歩きだそうとするレンとティータが振り替える。
ヨシュアはレンに一枚の小さな書状を手渡した。
「これを渡しておくよ。『遊撃士協会の協力員証』だよ。アサト諸島はあまりギルドが盛んな場所ではないけれど、持っていると役に立つこともあるだろうと、アイナさんが手配してくれたんだ。」
レンは白い書状を受け取った。
「ありがとう。こんなものを準備してくれていたのね。何かあった時に当てにさせてもらうわ。」
ヨシュアは小さく頷いた。
「うん。二人とも十分知ってはいると思うけど、アーティファクト関係は何が起こるか分からない。気をつけてね。」
カシウスも話を繋げる。
「そうだな。何か困ったら自分達だけで解決しようとせずに、現地の人に助けてもらう事も大事だぞ。」
エステルがレンとティータを再度抱き寄せた。
「とにかく二人とも、ちゃんと無事で帰ってくること!怪我もしないでね。」
ティータは勿論、レンもエステルに向かって満面の笑みを見せる。
「はいっ。」
「ええ。」
二人は手を繋いで、搭乗口まで歩いていく。
その様子を心配そうに大人たちは見送るのだった。
搭乗口の前で二人が振り返る。
大きく手を振っていた。
「「いってきまーす!」」
レンとティータの明るい声が響く。
そのままずっと、見送りの面々は飛行艇が飛び立つまで手を振っていた。
ZCF製の機体は、大きな音を立てて新型エンジンを加速させていく。
大きな機体が、ふっと重力に逆らって、浮き上がっていった。
窓辺に見える、幼い二人の姿が次第に遠く、小さくなっていく。
エステルは、腕がしびれるまで、手を振り続けていた。
走り出した飛行艇を、必死で追いかける。
二人を乗せた乗り物は、次第に空へと吸い込まれ、雲の向こう側へと飛んで行った。
小さな手を掴んで、一ヶ月程。
ずっと見守っていた姿を、エステルは初めて手放した。
また解析が終われば、一週間ほどで二人は帰ってくるだろう。
何事もなく、無事な姿が見られることを、青空に願った。
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