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Falcom・軌跡シリーズの同人小説サイトです(;'ω')ン 主役はレンで、時期は零の軌跡後です。
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『漣の軌跡』


れん【漣】
 [音]レン [訓]さざなみ 
 1 さざなみ。
 2 涙が連なって流れるさま。



第一章  第一話 「レン・ブライトの午後」

 (1-1) 田舎街ロレント

その日の午後も、レン・ブライトは、ロレントの遊撃士教会支部の休憩室に居た。
何しろロレントでまともに動力ネットの端末が使える場所はここだけなのだ。
<<リベールの異変>>を教訓に、王国軍とギルトは協力して通信網の強化に取り組んだ。
その甲斐あって、田舎街ロレントでも、ギルト支部だけはZCF開発による最新無線通信端末が設置されている。

ギルトの端末はもちろん、レンはティータから回してもらったZCFの部品や、ヨルグ老人から貰った蛇製の機材、はたまたクロスベルの闇市から仕入れてきたエプスタイン最新アルゴリズムなどを合わせて、独自の端末を製作していた。
蛇の最新技術まで入っているので、ロレントの古びた支部内がある意味リベール国内で最も通信が発達している場所とも言えるのであった。

レンという小さな少女が、正遊撃士であるエステルとヨシュアと共にロレントに来て、約一ヶ月が経過した。
田舎街に突然やってきた、都会風に垢の抜けきった可憐な美少女。
洋服は贅沢に布を使ったお洒落な白いフリルのドレス。
ましてや、街の英雄カシウスとそのお転婆娘エステルが連れてきた少女である。
あっという間にレンはロレントの有名人になった。

レンも変に世慣れているものだから、ついつい愛想よくしてしまう。
街をあるけば、無邪気でおせっかいな住民にあれやこれやと話しかけられ、世話をやかれるのだった。

持ち前の感受性で、表面的な愛想だけはふるまえるものの、レンは正直とまどっていた。
人間の集団というものは苦手だったし、他人というものはレンにとって自分を傷つけるか、自分が傷つけるかその二種類の人間しか居なかったからだ。

何か違和感が拭えず、レンには優しいロレントの街はなんだかむず痒いものだった。
居た堪れずに、レンはついつい室内に閉じこもりがちとなってしまっていた。

エステルとヨシュアはロレントに帰ってきてからも、クロスベルに居た時以上に仕事に追われている。
ロレント自体はどちらかというと平和な地域だが、もはや二人は若くして期待される正遊撃士である。

リベールの国中どころか周辺諸国からも大きな依頼を受けることが多くなっていた。
カシウスも軍の建て直しや組織づくりに手がいっぱいで、ギルトに回せる仕事は容赦なくギルドへ回してくる。
はたまた、女王陛下や皇太女の信頼も厚く、その期待もあってギルドの仕事は膨れ上がっていた。

ただでさえ、クロスベル・エレポニア・カルバード方面共に情勢が深刻化している。
それに加えて、リベール国内もまだ一昨年の動力停止事件のトラブルから抜け出せていない部分もあり、どこにいっても人手の不足は深刻であった。

そういう事情もあり、シェラザードをはじめ、エステルやヨシュアも、リベール国内国外を飛び回っており、日中にロレントの支部内に滞在していることはほとんど無かった。
レンは、ティータと動力通信で打ち合わせをしながら、自分の開発環境を立ち上げていくことぐらいしかやることがないのだ。

もちろん、遊撃士の仕事についていくこともある。
だけど、レンは一般人から見ると子供である。
危険な場所に子供を連れて行くことを依頼人から咎められれば、エステルもヨシュアも困ってしまうことが多かった。
レンだって、別に遊撃士の仕事に大して興味はない。
あんなオツカイや雑用ばっかりの作業を楽しそうにしているエステルの方がどうかしている、と思っていた。

ロレント支部には、大抵の場合は受付を担当するくえないお姉さん・アイナが残っている。
受付の仕事も、何も依頼人が来た場合の対応だけが業務ではない。
各担当者から連絡を受けて、必要であれば増援指示や、優先順位の変更を決断する。
その他、お金のやり取り、仕入れた情報の整理、他支部との情報交換、本部の見解の確認、軍や政府の部署との調整などなど、戦闘以外の事務仕事はいくらでもあった。

人手が足りずに、緊急に対処しなければならない事態などが起これば、気が向いたらレンが手伝ってあげることもあったが、それはそれ。
レンも暇つぶしになるのであれば、些細な手伝いであっても嫌いではない。
たまには、身体を動かしていなければ、腕がなまってしまうというものだ。
運動がてら、という理由で緊急案件を片付けることも、それなりにはあった。

だが、緊急事態でもないと、子供のレンはむしろお邪魔虫になってしまうのだった。
レンは大人しく、『ロレント近代化プロジェクト』という個人的な目標を達成すべく、日々研究環境構築に勤しむのであった。
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(1-2) 優雅なティータイム

「レンちゃん、3時になったから、お茶にしましょうか。」
一階の受付で仕事に追われていたアイナが声をかけてくる。

「あら、もう3時だったのね、作業に夢中で気が付かなかったわ。」
レンとアイナは上手くやっている。
アイナもシェラザードにレンの背景などは聞いているのか、レンに向かっては何も聞いてきたりしなかった。
エステルとヨシュアが連れてきた孤児、という認識のようだ。
もちろん結社の執行者であったことは知っているのだろう。

「今日は、ローズのお茶の葉を姫様からレンちゃんに、と送っていただいた分が届いていたのよ。
ローズティーにしましょう。」
クローゼもレンを気遣って、頻繁に紅茶の葉や、お茶菓子などを送ってくれる。

ロレントなんて田舎で、お洒落なお茶用品を仕入れるのは一苦労ありそうだと懸念していたのだが
思わぬ便利な流通ルートが開拓されて、その点に関してはレンには不満はなかった。

皇太女であるクローゼのセンスは文句なく、その時流行っていて、また旬で一番美味しいものを、必要な時期に手配してくれる。
エステルは税金の無駄使いなのでは、と最初渋っていたが、王城での迎賓用の備品の余りをクローゼのポケットマネーで買い取って回してくれている、という事情もあり、断ることも出来なかったようだ。

最初に贈り物の包みをあけて、その贅沢な中身に驚いたエステルがクローゼに抗議の連絡を入れているのをレンは横目で見ていた。
「わたくし、まるで妹が出来たようでとっても嬉しいんです。レンちゃんに喜んでもらえると、政治の駆け引きで疲れた心も癒されます。リベールの平和のためにもっと精進せねばって元気が貰えますわ。」

さすがはお姫様である。エステルなんて一般市民レベルは、簡単に黙らせることが出来る。
この芸当だけは、レンも真似することは出来ないな、と思った。
国際的バランス感覚に長ける女王陛下と、その優秀な跡継ぎが居れば、今後のリベールの平和も約束されたようなものであろう。

いきさつはどうあれ、そういう事情でグランセルの王城からロレントのギルト支部には週一で荷物が配達されるのだった。
届け物を受け取ったアイナが、午後にはレンに声をかけてくれる。
アイナもレンのお茶好きについてはシェラザードやエステルからよく聞いているのだろう。
一人残されたレンが寂しくないように、と頻繁に声をかけてくれている。
クローゼがお茶菓子を送ってくれるのも、そういった心配もあるのだろう。

レンは、周囲の大人達に早くロレントに馴染んでもらいたいと気をつかってもらっていることを感じ取っていた。

「素敵ね。ローズのお茶はレンの大好物なの。お姫様のくれた茶葉はルシタリカ産の旬の逸品よ。アイナお姉さんもきっと気に入るわ。」
レンもついつい愛想よく茶器へと向かう。
お湯を沸かして、ティーポットの中でお茶の葉を蒸らしていく。
次第にギルト支部内全体にローズティーの香りがいきわたってゆく。
この瞬間がレンが日々の習慣の中で何よりも好きな時間であった。

レンがお茶好きになったのはいつの頃だっただろうか。
遠い記憶の中で、お母様がいつも美味しそうに飲んでいたからだろうか。

レンが自分のお茶好きを認識したのは、それからずいぶんと経ってからだった。
結社に来たころに、レンが紅茶を好むことを知ったレーヴェがこっそりお茶器を揃えてくれた時からだろう。
レンはレーヴェの部屋にヨシュアを呼んで三人でお茶を飲むことを喜んだ。
素直に喜ぶレンを可愛がって、二人は仕事の合間にお茶用品を買い足してくれるようになったのだ。
世の中に疲れ果てたレンにとって、唯一とも言える憩いの時間を与えてくれたのだった。

「ああ、いい香りね。」
アイナも弾んだ声を上げて、事務作業の手を止めた。
「はい。お茶が入ったわ、アイナお姉さん。今日のお菓子はお姫様自作のシュガークッキーよ。可愛いハート型なの。食べるのが勿体無いくらいだわ。」

レンが休憩室のテーブルをあっという間に上品な茶室へと変化させている。
どこで手に入れたのか、薔薇の花まで花瓶に生けて、優雅な空間を作り上げていた。
その子供離れしたセンスに、アイナは舌を巻く。
「あら、綺麗なお花ね。」
「ええ、いいでしょう。今朝、エリッサさんにもらったの。ティオさんの農園で咲いているんですって。」

エステルの友人であるエリッサやティオも一人で過ごしがちなレンの事を気にかけてくれていた。
レンがお花好きと知ってからは、度々手塩にかけて育てたお花を分けてくれている。
二人ともレンを下手に子ども扱いもしない。
ロレントに着たばかりの頃のヨシュアの雰囲気に似ているとも言っていた。
詳しい事情は聞いていないものの、何か察することがあるのだろう。
程よい距離を保ちながら、ロレントに馴染むようにと気をつかってくれていた。
その賢い気遣いにレンは甘えることにしている。
騒々しいエステルの幼馴染にしては二人はセンスもよく、気も利く相手でレンとしてはそれだけで十分であった。

「ああ、やっぱりクローゼのお菓子の腕は一級品ね。酸味のあるローズティーに、甘みが程良く抑えられたクッキーが良く合うわ。」
「ええ、さすがは姫様。本当に女性らしい。」
レンの賛辞に対して、アイナも素直に同意した。

「それに対して、エステルときたら、いまだに女性らしさが見えないわねえ。」
「そうねえ。」
「ねえ、ヨシュアとエステルの仲って、一緒に外国で暮らして少しは発展しているのかしら。」
アイナは、すっかりリラックスして、まるで酒場での下世話な世間話モードと化している。
「さああ。ヨシュアは手を出す気はないんじゃないのかしら。」
「え、なんで?エステルに女っ気が足りないのかしら。」
「まあ、エステルに女性らしさがないことはレンも同意するけれど、ヨシュアは気にはしていないと思うわよ。」
「えーでも、ホラ二人とも思春期まっさかりなのよ。一つ屋根の下にいれば、こう盛り上がってむらむらーっと来ることくらいあるでしょうに。」
「やっぱりエステルにはそういった色気が足りないんじゃない?」
当人達からすれば余計なお世話であるネタで二人は盛り上がっていく。

アイナの家族や愛情に対する斜に構えた見方はどちらかというとレンと似通っていた。
アイナの過去は聞いてはいないが、一癖も二癖もある人格から何かしらの事情はあるのだろうと、想像はつく。
とにかく、おせっかいで絵に描いた幸せそのものなロレント住人と違い、
ついつい斜めから捉えがちなアイナの距離のとり方は、平穏そのものの空気に馴染みきれないレンにはむしろ心地よいものであった。

二人はそのまま、シェラザードとオリビエの関係についても勝手な憶測を上げては、無責任に面白がっていく。
「もしもよ、あの二人がくっつけるとしたら、どっちの国に住むのかしらね。シェラに上流階級なんて絶対ムリよ。」
「確かに、銀閃のお姉さんが大人しく落ち着けるタマには見えないわね。
だったら、あの変態のお兄さんがこっちに来るしかないんじゃない?」
エレボニアの情勢も日々悪化していると情報が流れて来ている。オリビエにはそんな先まで責任を持つ余裕は今はないだろう。
だが、そんなことは世間話には関係が無いのだ。二人は、勝手な想像を更に膨らませていくのだった。

(1-3) ツァイスからの相談

そんな折である。ギルドの電話が突然に鳴り響いた。
ジリリリリリ!ジリリリリリ!

昔ながらの金属音を軋ませて、電話の鐘が建物中に鳴り響く。
アイナは慌てて、階下へと降りて受話器を持ち上げた。

「もしもし、こちら遊撃士協会・ロレント支部でございます。」
アイナの声も仕事モードへと一転する。
レンは午後のちょっとしたおしゃべりタイムが去ったことを理解した。

そのまま電話口の声に耳を傾けながら、レンは食器を洗い始める。
大事なお茶器セットは丁寧に洗っていかないと、汚れが付着してしまう。
昔からヨシュアがその辺りに凝る性格であったため、レンも食器の手入れには自然と気を配るようになっていた。

「あら、シェラザード、何かトラブルかしら。」
「まあ、アガットも一緒なのね。」
お茶セットを片付けながら、階下から電話での会話が所々聞こえてくる。
アイナの落ち着いた声音から予想すると、どうやら緊急事態というわけではなさそうだ。
レンはいい運動が出来るかもしれないと、少し期待したことを後悔した。

「なあに、エステルとヨシュアも揃っているの。何事?」
「ああ、その件、たしかに中央工房から依頼があったことは私も聞いているわ。」
どうやら、リベール支部の若手総出で何やら悩み事らしい。
「担当者はまだ目処がついていないのよね、ちょっと工房の方でも実際の担当については決まりきってはいないようであったし、
地域についても、そうね、随分と遠いものね。主力を割くには厳しい状況と言わざるを得ないわ。」

お菓子を片付けて、レンは再び通信機器立ち上げの作業に戻る。
ツァイスからの連絡ならば、用事が済んだ後にティータから部材を受け取ってもらおうかしら、とレンは思い付いた。
そういった都合もあって、レンは更に会話へと耳を傾けていった。

「まあ、そうなの。正式にティータちゃんが担当することになったの。ええ、エリカ博士もラッセル博士もしっかり同意しているのであれば、ギルドからは特に言うことではないわ。良い経験になるでしょう。」
どうやら、話題はティータに関することのようだ。
レンは会話の内容そのものに興味が湧いてきた。
ZCF、つまりツァイス中央工房、の開発プロジェクトに関してギルドで協力している案件があるのだろうか。

「え、あ、ああ、そうね。確かに。そういう手も打てるわね。うーん。でも、能力はともかく、表向きにあちらを納得出来るかしら。サイオン博士は、ラッセル博士の古い馴染みで、ツァイスとしても付き合いの長い重要人物だと、聞いているわよ。」
アイナの声が渋ってきた。
なにやら、困り事のようではある。
「そうなのよねえ、ギルドも人手不足、中央工房も人手不足となれば、背に腹は変えられないかしらねえ。リベールもまだ、一昨年の混乱から立ち直りきってはいないんだわ。そんな状況で隣国の情勢不安を重なれば、人材を割く余裕はとてもないわ。」
「でも、どうかしら。アサト諸島ってけっこう遠いのでしょう?そんな場所にあんな若い子が大丈夫かしらねえ。」

ところどころ聞こえてくる会話をレンは脳内でまとめていく。
どうやら、ティータがZCFの案件で、アサト諸島に行く、という事が議題になっているようである。
アサト諸島といえば、南国のリゾートで有名な観光地である。
ゼムリア大陸の南の外れにある『常夏の楽園』である。

常夏の楽園、というと響きは良いが、カルバート共和国とエレボニア帝国間の貿易船での中継地点ということもあり、昔から両国間での領土争いが激しい地域であり、独立した今となっても情勢は安定はしていない。
有名な緩衝地帯でもあることから、近年特に治安は悪化してきていた。

観光産業とともに、貿易の中継から産み出される莫大な資金と、大国の緩衝状況を背景に、大小さまざまな犯罪組織が蔓延っている。
レンも去年レーヴェと一緒に仕事の関係で訪れたものだ。
闇市などもクロスベル並みに発展しており、戦闘用物資の補給に関しても文句のない土地柄であった。

そんな場所に世間慣れもしていない、幼く可愛らしいティータを仕事で行かせることに対しての心配が話題であるらしい。
そこまで考えて、レンは思い至る。
ギルド内で通信機器まで使用して、この忙しい時期に主力部隊が集まってまで議論しているのは、ただ心配、という内容なだけではないだろう、と。
要するに、先ほどから電話で揉めている件は、ティータを一人で治安の悪い海外へ行かせるのが心配だが、護衛で一人出せる程にギルドの仕事に調整がつくかどうか、について相談しているのだろう。

「ちょっと今すぐは難しいわねえ。その件、サイオン博士からこちらに運んできて戴くというのは厳しいのかしら。」
アイナとしては、いきなりでは無理だ、という判断のようである。
電話口の向こうでは、その結論に対してアガットが噛み付いているのが聞こえてきた。
アガットからしてみれば、ティータを一人で海外へ行かせるなんて、とんでもない話なんだろう。

「ああ、そうなの。確かにね。発見された現地での解析がいいのでしょう。そこは素人が口を出せるような内容じゃないわね。」
アイナとしても、安易に譲れる状況ではないらしく、ツァイス側に譲歩を迫っている。

「ええ、レンちゃん。支部内に居るわよ。相変わらず機械いじりをしているわ。そうなのよね、状況を考えると能力的には申し分のない人材だとは思うわ。あとは本人達と先方が納得するかどうか、かしら。」
レンは突然自分の名前を呼ばれたことでアイナの方へと振り向いた。
一階方向へと階段を覗きこむと、階下でアイナが手招きしている。
「レンちゃん、ちょっとごめんなさいね。エステルから電話が入っているのだけど、出れるかしら。」

その一言でレンは電話の用件を理解した。
(なるほど、そういうことか。)
「ええ、出れるわ。」
レンは返事をして、電話のある一階へと降りていくことにした。

(1-4) エステルとレン

「もしもし。電話を変わったわ。レンよ。」
アイナから受話器を受け取って、レンはエステルに挨拶をした。
「あ、レン!何をしていたの?」
電話口からいつもどおりの底抜けに明るいエステルの声が聞こえた。
「何っていつもどおりよ。お茶菓子を食べて、通信端末の調整に戻ったところよ。」
ふうーん。というエステルの気のない反応。エステルから見れば、機械いじりのどこが楽しいのかを理解出来ないらしい。

「あのさあ、レン。」
「何かしら。」
「アサト諸島って行ったことある?」
いきなり本題である。エステルには交渉術はいつまでたっても身につかないわね、とレンは心の中で笑う。
「ええ。あるわよ。」
「あ、そうなの?」
意外そうなエステルの反応だった。自分が行ったことない場所に、若いレンの方が経験があるのを素直に悔しがっている。
「いいところ?」
「ええ。面白い場所よ。」

「へぇー!そうなんだ。あのね、ティータとアサト諸島に行ってこない?明日から!」
エステルは実に直接的に用件を切り出した。
「明日から?随分と急なのねえ。」
大体の状況には想像がついているレンが、エステルを焦らしていく。
「いやあ、それが事情があってさあ。」
「事情って何かしら。」

「それがさあ、アサト諸島ってところでアーティファクトが発掘されたんだって!」
「あら、そうなの。でもアーティファクトって庶民が発掘して使用してはいけないのでしょう?教会に提出するのが良いんじゃないの。」
レンは、自分の所業を棚にあげて一般論を展開する。
「そのアーティファクトがねえ、動かないんだってさー。だから、所有権は民間にあるはずだーってそのアサト諸島の博士が解析中らしいの。」
「ふむふむ。」
「だけど、一向に解析が進展しないんですって。だから、ツァイスのラッセル博士に協力してって依頼が来たみたいなのよー。」
「へぇぇ。」
「ところがね、ラッセル博士もエリカさんもダンさんも、皆エプスタインとの共同プロジェクトやら、納期の差し迫った案件やら、手が放せない状況らしいの。」
「そうなのね。」

エステルが、必死で状況を説明していく中、レンはさも興味があるように相槌を打っていた。
その水面下で考える。
(さて、どうしようかしら。久々にアサトに行くならば、欲しい部材も手に入るかもしれないわね。その辺り必要な物品が闇に流れていないか、一度事前調査しておきたいところね。)
レンはエステルには想像もつかないような事柄で悩み出す。
レンは、左手に受話器を持ちつつ、右手で小型の通信端末をいじり、闇市の情報を仕入れようと別の作業を始めた。

レンが何を企んでいるかなんて、考えも及ばないエステルは熱心に続きを話していく。
「そこで、なんと!ティータちゃんが古代遺物の解析に、アサト諸島に向かうことが決まったんですって。そもそも、依頼をしてきたサイオン博士という人には、あのラッセル博士でさえも頭が上がらない経緯があるらしくて、頼みを断れないみたいなのよ。」
「あら。」

「しかも、私には分からないんだけど、そのアーティファクトの解析っていうのが成功すると動力技術の革新が期待できるとかなんとか、とにかくラッセル博士もティータちゃんも随分と熱心なのよね。」
「まあ、古代遺物の解析でエプスタイン博士は動力技術を生み出したのだから、動力研究においても最も重要な項目よね。」
「あ、レンから見てもそうなの!?でもね、アサト諸島って、治安が悪い場所らしいのよ。それで、エリカさんが心配してギルドから護衛を出せないかって依頼が来ているの。」
「そうね。まあ治安が良いとはいえないわね。護衛が居た方が安全だとは思うわよ。」
他人事のようにレンは応じる。

「でもねえ、ちょっとリベール国内も余裕がないのよ。ちょうど帝国やクロスベルの情勢悪化を受けて、帝国貴族のバックアップを受けている地下組織がリベール国内での拠点の尻尾を出し始めたところだし。他にも、共和国からの旅行者にまぎれて、武器取引を行っている一味がリベールに来るっていう情報もあるのよ。」
エステルが、真剣に背景を説明している。
「まあ、遊撃士も大変なのね。」
レンは、マーケットの情報が手に入るまで時間を稼ぎたかった。
ここで、エステルを持ち上げる戦術を取ってみることにする。

「そうなのよねえ、私もヨシュアもなかなか暇が取れなくて、レンにはロレントで一人お留守番で悪いなあっていつも気にしてるのよ。」
エステルはなかなか嬉しい事を言ってくれる。
「あら、レンのことは気にしなくてもいいのよ。レンはレンで、それなりに楽しくは過ごしているわ。」
若干退屈ぎみではある。開発資材の不足が大きな原因である。
ロレントに来て、早一ヶ月。平穏な田舎街にはそれなりの魅力もあったが、やはり最新機器もなければ、研究環境も整っていない場所である、というのがレンにとっては大きなネックとなっていた。

「ごめんね、本当は私達がもうちょっと一緒に過ごせてあげるといいのだけど。」
「いいわよ。エステルが休暇だと、レンは魚釣りとか虫取りとか、エステルの趣味に引っ張り回されるだけだもの。」
「えー!釣りも虫取りも面白いでしょ!?やっぱり年頃の子供はこういうことを楽しまなきゃ!」
だんだん話が脱線してきた。
レンは話題の雲行きが怪しいことに気づいてきた。
(しまった。こういう話題になると、エステルがさらにうざくなるわ。)
エステルは暇さえあればレンを自分の趣味に連れ回す。その動機が好意からであるということを分かっているからレンも断りきれない。
たしかに、雄大な自然の中での遊びは、クロスベルの街中育ちの幼少期はもとより、誘拐後のロッジ内でも経験はなく、結社に入ってからは自然の中はゲリラ戦法時の隠れ蓑という役割を果たすのみで、遊ぶような場所ではなかった。
エステルなりにレンのためを考えて、普通の子供らしい遊びを教えようとしてくれている気持ちに対しては、ありがたいとは思っていた。
レンがただ虫取りにも魚釣りにも興味が持てないだけである。

レンは次第に焦りだす。
右手の端末が叩き出していく、最近の取引記録を見る目が真剣になってきた。
速読の効率を上げていかないと、片手間の会話が原因で、次の休暇がさらにハードになってしまう。

「ま、まあ、いいのよ。レンは十分やりたいことを好きにやらせてもらっているわ。パテル=マテルを格納出来る格納庫を入手するのが当面の目標かしらね。」
「あんなでっかいモノをいれるスペースなんて、庶民には無理よ。」
「あら、今に見ていなさい。きっと実現してみせるわ。」

その時、レンの右手の携帯型通信機が検索結果を弾き出した。
(あったわ!)
欲しがっていたレアリティの高い資材の情報を入手して、レンは上機嫌となる。
レンにはアサトへ行く用件が出来た。
後はせいぜい恩着せがましく出発できれば、もはや言うことは無かった。
そろそろ脱線した議題を元に戻す必要がある。

「それで、何の話題だったかしら。ティータが治安の悪いアサト諸島に行くって話だったわよね。」
「そうそう。すっかり逸れちゃった。それで、ティータ一人で行くのは心配だから、レンが一緒について行ってあげれないかしら?」
「そういう事ね。そうねえ。アサトって遠いのよねー。」
「まあ、飛行機代はギルドが持つわよ。アサト諸島って常夏の楽園って評判らしくて、楽しい場所みたいよ?二人で観光気分で遊んできたらいいじゃない。」
エステルは、レンが闇取引目的で引き受けた、とは思っていないだろう。
「観光スポットについても、ナイアルからオススメの場所を教えてもらっておいたから、帰ったら教えてあげるわね。」
「あら、いいわね。期待させてもらうわ。」

「あ、でも、レンの立場はギルドの協力員という立場で随行するんだからね。そこんとこ忘れないでいて。ちゃんとティータの安全を確保してよ。」
「ええ。それについては善処するわ。安心して頂戴。」
「あと、治安が悪いらしいから、怪しい場所にも行かないこと。」
「ええ、分かっているわ。」
”怪しい場所”が禁止されれば、古代機構の解析にも障害が出てくるが、そこはそれである。レンは無駄にエステルを刺激したりもしない。
久々に市場を物色出来るのが、ただただ楽しみであった。

(1-5) 動かない古代遺物

そこで受話器の先から、ちょっといいかな、とヨシュアの声が聞こえた。
「もしもし、ヨシュアだけど。」
「ええ。レンよ。」
突然、電話の相手が変わってレンは焦った。
こういう企みに関してはヨシュアの勘はあなどれない。なぜなら、闇取引に関しても裏社会に関しても彼ほど精通している人物も少ないと言えるほどの立場だからである。

「言わなくても、分かっているとは思うけど、夜の街もダメだよ。それから、アマラーダの廃材所も、ブラックマーケットにも手を出さないでね。何かトラブルに巻き込まれて、下手にティータに被害が出たら、ZCFもギルドも困るんだ。」
ホラ。こういう処は相変わらず侮れない。たぶんヨシュアもエステルに隠れて、いろいろなことに手を出しているんだろう。先輩からのアドバイスは真摯に聞くに限る。
「分かってるわ。心配しないで。」
要するに、足をつけるな、トラブルを持ち越すな、という注意であると、レンは受け止めた。

そもそも、首都アマラーダの市街での闇社会の歩き方を一通りレンに教えたのは、ヨシュアとレーヴェなのだ。
歳若い外見の少女が裏課業で生きていくにあたり、最低限の知識は必要不可欠だろうと心配してのご教授であったとは、レンも認識している。レンは、ヨシュアの杞憂が現実とならないために、気をつけなければ、と思った。下手したら、ティータにまで被害が及ぶ。ティータには出来る限り裏社会と無縁で居てもらいたい。その願いはレンにもあるのだった。

最後に、レンは電話をティータに変わってもらい、古代遺物の解析用機材についてなど細かい事情を聞いておいた。
古代遺物についてはレンも興味は大いにある。
動力技術の開発を行うものであれば、誰でも関心はあるだろう。

そもそも現代の動力技術は未だに古代技術の物真似レベルに過ぎない。実験結果から普遍化可能な事象を引き出しているに過ぎず、その理論や応用については今だ発展途上な分野でもあるのだ。蛇にしてもそれは同じ。少なくともレンの理解はその程度だ。引き出せている幅が結社の方が若干先を行けている分野が多いだけである。もちろん、それだけでは説明がつかない事象もあるにはあるが。そこは考察しても解は得られない領域である。

アサト諸島で発掘されたその古代遺物は、発見者の一人でもあるサイオン博士という人物によって、「カラマ・ストーン」と名づけられたらしい。そもそも古くからその地域に伝わる伝説に、そういう名前の力を秘めた石があるのだそうな。発掘された遺物は、その伝説の描写と類似点が見られるために、石碑に記載される遺物ではないのか、と考えられているらしい。ロマンチックなお話である。

そのカラマストーンは、悪い心を封じて人々を幸せに導くことが出来る、救いの石だというのだ。そういった伝説の機能の有無を確認することも含めての今回の解析となるらしい。アサト諸島の研究所には無い機材やノウハウがZCFにはあるらしく、そういった手腕を買われての解析協力依頼となる。
ティータの役目はラッセル博士の持つ古代機構の解析手法の基本を試して、データ取りをすることになる。あまりに、データの読み取りに手間取るようであれば、レマン自治州とツァイスを行き来して忙しいラッセル博士もアサトへ足を運ぶという。その前の下準備がティータに期待されている役割らしい。

そこまでの事情を聞いて、レンは明日の集合場所を首都の国際ターミナルと決めてから、受話器を置いた。
明日までにレンとしても、下準備はしておきたい。
久々の国外である。
レンは気分が高揚していることを自覚した。