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Falcom・軌跡シリーズの同人小説サイトです(;'ω')ン 主役はレンで、時期は零の軌跡後です。
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(2-4) ブライト一家の団欒

レンとヨシュアは、パテルマテルに別れを告げて、食堂に戻った。
二人揃って階下に降りてきたところに、エステルが声をかける。
「あれ、二人で何してたの?」
「ああ、うん。ちょっと機械の調整を手伝ってもらっていたのよ。」
「ふうーん。」
エステルは機械に興味を示さない。

自分の入れない話題だと即座に判断を下し、愛読していた釣り雑誌へと再度目を戻そうとして、別の雑誌に目が移った。
「あ、レン。ナイアルから貰ってきたアサト諸島の観光雑誌よ。」
エステルがレンに一冊の本を差し出した。

レンは受け取って、ページを捲る。
「やっぱりプロが取る写真は綺麗ね。」
「なんか、飛行機の路線トラブルの関係でドロシーと寄ってきたんだって。ただでこけてたまるかーって足止めくらっている間に撮影してきたらしいわよ。」

さすがは腐っても名カメラマンである。南の島独特のセルリアンブルーの澄んだ海の色が、紙面いっぱいに広がっている。真っ白な砂浜に伸びる、南国の植物の色鮮やかな緑色が目に眩しい。
レンは素直に賛辞を述べる。
「綺麗ね。海がとても澄んだ色をしているわ。」
「そうね、ドロシーの写真効果でリベール国内はおろか、エレポニアやクロスベルでもその雑誌の売れ行きは好調なんですって。」
「あの、カメラマンのお姉さんね。そこまでの特技をお持ちとは知らなかったわ。」

エステルも紙面を覗き込む。
「きれいねぇ。空の青色もリベールよりも濃く感じるわ。私も行ってみたかったなあ。」
「だったら、お土産を楽しみにしていて頂戴。」

テーブルの上でブランデーを飲んで寛いでいたカシウスが声をかける。
「ん。なんだ。レンはどこかに出かけるのか?」
「あら、おじさまには言っていなかったかしらね。アサト諸島までティータと行くのよ。」
「おお!アサトは良いところだよなあ。俺も行きたいなあ。」
「いいでしょ。今度おじさまが休暇をとれる時期に、皆で観光に行くのも良いわね。」
綺麗な風景の写真を眺めて、それが明日には生で見れるのかと思うと、テンションが上がってくる。

レンはカシウスの事を、『おじさま』と呼ぶことにしていた。エステルに言わせればエステルが『母親』役らしいので、カシウスは『祖父』役になってしまう。流石に、おじいさんという歳でも無いだろうと言われて遠慮したのだ。本人から『おじさま』については反対意見が出てこないので当面レンはそう呼ぶことにしていた。エステルとヨシュアについては今まで通り名前で呼んでいた。ややこしいのでエステルは『姉』役でも良かったんじゃないか、とエステル以外の3人は思っている。

カシウスから、レンのアサト諸島行きについて質問が飛ぶ。
「ティータちゃんと二人で行くって、何かあったのか?」
カシウスの疑問に、エステルが答える。
「アーティファクトが発見されたんですって。動かないからって現地の研究者が教会からキープしちゃって、ラッセル博士に相談が来たそうよ。」
エステルの説明を、ヨシュアが補足する。
「だけど、ラッセル博士もツァイスの研究者の皆さんもなかなか都合がつかなくて。それでティータが一人で行くことになったんだ。」
カシウスが興味深げな反応を見せる。
「ほう!あの地もなかなか不思議な遺跡が多いからな。だが、なかなか情勢が安定しない難しい地域だぞ。」
レンが頷く。
「それで、ギルドの面々も予定が立て込んでいるらしくて、結局レンに依頼が回って来たというわけ。」

「はっはあ。それで、レンはギルド協力員として、護衛の仕事をするんだな!」
カシウスが一人心得たように首肯して、顎を撫でている。
じろじろと見つめられたレンは、びびってしまう。
「そうよ。ティータと一緒に南の島をエンジョイしてくるわ。」

なおカシウスは品定めするような目線をしている。
「たかが護衛と、思っているかもしれないが、守るのは守るで、意外と苦労があるんだぞ。いきなりで大丈夫かあ?」
自分の実力を疑われて、レンは少し拗ねてみせた。
「あら、ティータだってもうそれなりの戦闘経験者だし、別にこちらも進んで火の中に飛び込むわけじゃないわ。はぐれ狼程度ならささっと追い払えるわよ。」
そのセリフを聞いて、カシウスは鼻を鳴らす。
「チンピラ程度ならな。だけど、何があるのか分からないのがアーティファクトだ。油断は禁物だぞ。そして、守るという戦い方は、攻める戦い方とは違う難しさがある。なあ、ヨシュア?」

いきなり自分に話が振られて、ヨシュアは慌てた。
「ああ、うん。そうだね。けっこう勝手が違うものかな。」
ヨシュアは、準遊撃士成り立ての頃を思い出す。
「その辺、なかなか実戦で感覚を掴むのに手間どるかもしれないよ。自分まわりの布陣だけじゃなくて、周囲全体の動きを見ていなきゃいけない。特に味方がどう動くのかは制御出来ない部分もあるしね。」
暗殺業から一転してエステルと行動を共にするようになり、思わぬ事態に振り回され続けた青年は自嘲気味に笑う。その言葉に説得力を感じてレンが感嘆した。
「そりゃあ、ヨシュアと一緒にいるのがエステルだから、っていうのはあるんじゃない?」

「いや、まぁ。」
ちょっと旗色が悪くなりそうで、ヨシュアは焦った。そこに、話を聞き拾ったエステルが、雑誌から顔を上げる。
「なんか黙って聞いてたら、どうも、好き勝手言われていない?」
「別にレンは思ったとおりを言ってあげただけよ。自覚がない方がどうかと思うけど。」
レンも頑固にすましたままで言い返す。そこは近々自覚の出てきた部分だけにエステルはむっとした顔つきをしたもの、言い返す言葉が弱くなる。
「うっ。エステルさんだって成長してるのよ。いつまでもヨシュアにでかい顔はさせないわ。今に見てらっしゃい。」
「いや、別に、何も争っていないし。それに、遊撃士の仕事は戦闘だけじゃないしね。依頼人とスムーズに交流をする空気を作れるところや、動転している人を落ち着かせるスキルは僕にはまだまだだよ。」
ヨシュアは必死に火消しに走る。ヨシュアの謙虚な態度が功を奏して、エステルの機嫌はすぐに向上していくのだった。

レンは、さすが、としか言い様のないマインドコントロール技術に密かに関心した。
ヨシュアはレンにも優しく声を掛ける。
「きっと護衛というのも、レンには新しい経験になると思うよ。一人で動く仕事とは、動き方を根本的に見直さなきゃいけない。」
レンは次第にカシウスとヨシュアが何をアドバイスしてくれているのか、という意図を理解してくる。
「そうね。確かに、その点深く考えていなかったわ。」

レンは今まで自分だけを守ってくれば良かった。幼い頃から過酷な環境で生き抜かねばならなかった少女には、自分を守るだけで精一杯だったのだ。誰かと共同に仕事をする場合も、大抵はレーヴェや他の執行者であり、レンが守ってあげるような必要はなかった。自分のことは自分でやり、他者には頼らない、という世界で生きてきたのある。その中でもレンはパテルマテルに守護され、場合によってはレーヴェが手を焼いてくれた。むしろ戦闘という面においては、恵まれた立場で育ったと言えるだろう。
「しかも、機能していないとはいえ、アーティファクトですものね。想定外の事態は警戒しておくことにするわ。」

カシウスも茶目っけのある笑みを見せる。
「そうそう。なっかなか思ったように上手くいかないんだな、こういうものは。まあ、何事も経験だ。いやあ、若人っていいなあ。」
からかわれているようで、少し腹立たしいが、これはこれでアドバイスとして受け取っておくべきだろう。
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(2-5) 家族としての役割

レンが大人しく首肯していると、カシウスが思わぬ切り口を見せてきた。
「それはそうと、レンは結局ギルドの協力員として活動していくのかな?」

レンは質問に対して素直に思っていることを述べた。
「そうねえ、レンは特にこれからどうしよう、とか考えていないのよね。」
ヨシュアが口を挟む。
「レンは頭がいいんだし、専門知識も豊富なんだから、ティータと一緒に研究者になるって道もあるんじゃないかな。」
「ああ、そうねえ、そういうのも悪くはないけれど。」
ヨシュアの提案にもレンは素直に返した。研究者という方向にはエステルも同意する。
「だって、アンタ、時間あれば機械いじりしているじゃない。そんなに好きならそういう道が向いているんじゃない?」

「うーん、もうこういうのは習慣みたいなものというか、別に義務感でやっているようなものでもないしねえ。」
レンには、工学を仕事にする、というのが感覚的にピンとこない。
暗殺稼業や破壊工作は、自分が生きていくために必要な技術として学んできた。
だけど、科学への興味はレンにとっては、仕事という感覚ではなかったのである。

「とはいっても、遊撃士というのもなんとなくピンと来ないのよね。」
「え、そうなの?レンなら遊撃士でも十分活躍出来ると思うけど。もうちょっと大きくなって資格をとれば一緒に動けるし、いいじゃない!」
「確かにエステル達と一緒に過ごしやすくなるというのは、レンにとっても悪い気はしないわ。」

珍しくレンが言葉で説明も出来ずに、戸惑っているところにヨシュアが助け舟を出す。
「自分が遊撃士側に立つことが、しっくりこないという感じかな。」
「そうなのかもね。」
レンは多分世の中での自分の立ち居地をどこに持っていくべきか、を決められていない。民間人の安全を優先する正義の味方、というのは自分でも何か違うな、と思ってしまうのだ。内面の葛藤はどうあれ、表面的にはしれっと業務をこなしているヨシュアはやっぱりさすがと思わざる得ない。レンはそこまで、その時その時で、自分の考えを割り切れる程には大人ではないのだ。

『社会貢献』や『自己確立』という概念がレンには無かった。レンの知っている狭い世界では、社会は個人を守らないし、個人は個人の為だけに生きることが摂理であった。
レンは、守られるべき国家に守られずに育った。レンが誘拐されても誰もレンを救い出してはくれなかった。レンを長い悲劇から救ったのは、犯罪組織として活動する結社だったのである。
レンにはどうしても、エステルやカシウスのように、遊撃士や軍人として市民の安全を守っていくという仕事の意義が体感出来ない。理屈では分かっているのだ。それでも心のどこかで、ギルドや国家が何の役に立つのだろう、と捉えてしまうところがあるのだった。

「まあ、どんな仕事をしていくかなんて、そうそう簡単に出せる答えでもないだろう。」
カシウスも笑った。深く考えても答えが出ない時は出ない。カシウスだって自分の歩いた道全てが正しかったと、自信があるような人間でもない。カシウスの考え方は、人生は後悔の連続だと知っている大人だからこそ、の柔軟さが感じられる。
「でも、そういう事は若いうちには特に考えていた方がいいな。まだ、レンはそういう風に悩みながら動くことが許される年頃なんだから。」

カシウスの結論にヨシュアも同意する。
「そうだね、でも、他国の大きな大学に行きたければ、それなりのバックアップは出来るよ。レンは多才で、何を選んでもきっと道を拓いていける能力があるんだから、やりたい事が出来たら、ちゃんと相談してね。」
ヨシュアもカシウスも言葉が暖かい。

レンがロレントのブライト家で過ごす事になって、まだたかだか一ヶ月が経過したばかりである。けれど、レンは自分が大切にされていることをよく分かっていた。多分、同じ年頃の子供が生まれつき当たり前のように受け続けて、自立するまでは気づけないような事である。一人で仕事をして、一人で生きてきたレンだからこそ、そのありがたみは切々と理解できていた。

「・・・。ありがとう。でも、お金に関しては、必要になれば、奨学金なり何なりで自分でも工面はするつもりよ。レンにだって個人資産はあるし、迷惑はかけないわ。まあ、そういう事を考え始めたら、だけどね。心配しないで、あまり甘えるつもりはないわ。」
妙に冷めているレンを、エステルが叱る。
「あ、レン。そういうところは、きちんと甘えるべきよ!私達は、ちゃんとレンの才能を認めているし、期待しているんだから。まあ、老後になったら、きちんと世話してもらうつもりだから、若いうちはしっかり甘えておきなさい。」

「そうだね、学校って子供のうちじゃないと通えないんだから。興味があるなら、とりあえず行ってみるのも手ではあるんだよ。」
ヨシュアも言葉を重ねる。この二人はこういう話題だとタッグを組んで、レンを崩しにかかってくる。こうも連携を取られたら、レンが対抗する手段も少なくなってしまう。

「・・・。ええ。そうね。」
レンは目を伏せる。自分に同じ年頃の友達がティータしか居ないというのは、レンにとっても気にはしている点ではあるのだ。
「でも、レンはそもそも博士号を3つも持っているのよ、大学に今更行ってまで、やりたい事があるかしら。」
レンの疑問にエステルは若干極端な持論を展開した。
「あら、学校ってそもそも、友達をつくって遊ぶ場所よ。勉強なんて二の次よ。恋に部活に、青春を楽しまなきゃ!行ってみてからやりたい事を見つけるって手段もあるんだし。」
研究の道を選ぶならば、今更学び屋に入って横並びで基礎をやり直すよりも、現場に入っていくという選択肢もレンにはあった。
でも、ヨシュアもエステルもなぜか学校を推す。レンに子供らしい時間を与えたい、というのが動機のようだった。同じ年頃の友達を作れ、というのである。でも、それはレンにとって、なんだか科学の方程式の理論を解明するよりも、難しい問題であるように感じられた。

レンが考え込んでしまったのを見て、エステルも引くことにする。それでも、言いたいことはきちんと言っておくのが、エステル流だ。
「まあ、ゆっくりでいいわよ。でも、大事なことなんだから、ちゃんと考えておいてね。レンが将来、何をして生きていきたいかってことを。」
エステルは、レンにとって一番痛い箇所を突いてくる。でも、それはエステルの思いやりなのだ。レンが表社会で生きていくには、どうやってまともな生計を立てていくかについて、きちんと計画を立てていく事が望ましかった。生きるか死ぬかの狭間で、その日その日を生き延びることだけを目指すのではなく、もっと長く、それこそ老いるまでに何をしていくか、という長期間のプランを描ける方が良い。
エステルもヨシュアも遊撃士という道を自分で選んだ。レンも、自分をどうしたいかを、自分で決めなくてはいけなかった。
それは、レンがこの先、陽の当たる場所で暮らしていく為にも必要なことであった。
「・・・ええ。そうね。考えておくわ。」
レンは、エステルに向き直る。ゆっくり考えて良いモラトリアム期間を与える事が保護者の役割ならば、その時間に対しての答えを掴む事が被保護者の義務であり、権利であった。

その後は四人で観光雑誌を読みながら、他愛ない雑談を楽しんだ。
そして、翌朝から久々の外出であることを考えて、レンは早めにベッドに入った。
ロレントの家の夜は、優しい自然に包まれている。小川を流れる水のせせらぎや、森に住む鳥や動物たちの鳴き声を子守唄として、レンは眠りに落ちていった。

夜の帳は、全ての者に平等に訪れる。
だけど、レンにはその夜が怖かった。
悪夢がレンを覆いつくして、放さない。

(2-6) 楽園の少女


善も悪も、生も死も超えたところを
淡々と歩いてきた。

幸も不幸も無い。喜びも悲しみも無い。

白と黒が私を切り裂いて、天と地が私を嬲って、
私は淫らになってしまった。

どこから始まって、どこで終わるのか。

私はどこにも属さない。
私は歩んではいないのだ。

ただ、世界が回っていた。



1.楽園

そこは<<楽園>>と呼ばれていた。

館の名前もあったのだろうが、
私たちには知らされていなかった。

もちろん楽園がどこにあるのか、
私たちは何をしているのか。

そして何故ここにいるのか、も。



クロスという少年は、いつものように
忙しく仕事にでかけて行った。

私の知らないところで、彼の凄惨な仕事は
毎日繰り返されているようだった。

いや、他の子供たちもみんな。

私の知らないところで、
子供たちは仕事をしていた。

何故か私には仕事が来なかった。
そう、一度たりとも私は仕事をしなかった。

他の子供たちが衰弱し、痩せ衰えていく中、
私だけはおいしいものを食べ
お人形で遊んでいればよかった。

私だけは、特別なのだ。

・・・・・・クロスは、私を”お姫様”と呼んだ。



その元気な子はエッタといった。

いつもにこにこ、好奇心旺盛で部屋中の
あちこちを突いてはクロスに怒られていた。

エッタは少しませている。
くだらない冗談を飛ばしては
クスクス笑うのが癖だった。



アジェは可憐で大人びた女の子。
だからオジさんたちの指名が多かった。

でもアジェは一切嫌そうな顔をしない。
そして手際よく仕事を済ませてしまう。



カトル、いつも殴られてばかりいる男の子。
体が小さいせいか、いつだって
お人形さんみたいに遊ばれていた。

カトルはいつも見えないところで
血を流していた。

それは多分、おまじないのひとつだった。
きれいな人は、きっときれいな血を流すのだ。



そしてクロス。
彼が私たちのリーダーだった。

クロス、エッタ、アジェ、カトル、
そして私・・・・・・。

いつも同じ部屋で過ごしている
かけがえのない仲間たち・・・・・・

他にも子供たちはいたみたいだけど
どうでもよかった。

私たちは五人で楽園に住んでいた。



2.お姫様

後で気付いたけれど、他のみんなを
隠していたのはクロスだった。

私に気を遣わせないためか、あるいは
直視できるような状況ではなかったのか。

クロスはいつも私の目を塞いで、
何も見えないように注意していた。



3.遊戯

クロスは目隠しがとても上手だったけれど、
 
私にも少しずつ見えてきたことがあった。

クロスは、疲れている。
これも”他のみんな”が居なくなった所為なのか。

全ての指名をクロス一人が受けていた。
そしてクロスもまた、消え始めていた。



4.レン

そして、”初めての仕事”が来た。

もう、誰も居なかったのだ。
私の代わりに出ていってくれる子供が。

だから私は仕事をせざるを得なかった。
 ・・・・・・私は初めて、外へ出た。

誰かが何か言っている。わたしはいつものように耳を塞ぐ。
誰かが何かをしている。わたしはいつものように目を瞑る。
わたしはいつものように。

わたしはいつものように。
わたしはいつものように。

わたしはいつものように、遊びに出た。


おはよう、レン。今日も良いお天気ね。でも風通しが悪いわ。窓を開けましょ!ねえ、レン。一緒に遊びましょ?わたしもお人形さんごっこ、したいな~。今はお休み。だってクロスが出ているんだもの。クス、あの子最近指名が増えたわよね。社会的ニーズってやつかしら。レン、いいこと教えてあげる。『はい、よろこんで』って言うのよ。するととってもよろこんでくれるの。『はい、よろこんで』『はい、よろこんで』。これでみんな喜んでくれるわ。くす、おかしいでしょう?喜んでいるのはお客様なのにね。私たちが守ってあげる。だから何も見なくて良いんだよ。『レン』


大丈夫。レンは気にしなくていい。それにいろいろとコツがあるの。上手にやれば意外と簡単なのよ。レンが心配することじゃない。レンは、いつも幸せだから。それでいいの。レンが幸せなら、私も幸せだもの。私も一つだけ教えてあげる。とっておきの方法。あのね、相手の気持ちを想像するの。きっと気持ち良いんだろうな、とかいま感じているんだろうな、とか。痛いのだけは我慢できないけれど、嫌なことは気にならなくなるの。無理矢理は駄目。どうしたら相手が喜んでくれるか、きちんと考えるのよ。私たちが守ってあげる。だから何も見なくて良いんだよ。『レン』


う、うん・・・・・・よく分かんない・・・・・・あたらしい遊びなんだって。よく分かんないや・・・・・・あ、だいじょうぶだよレン。ぼくはへいき。ぜんぜんへいきさ。いつものことだよ。もうイタくないよ。レンがいてくれればぜんぜんへいき。じゃあ、ぼ、ぼくも・・・・・・あのね、ぜったいに『ごめんなさい』って泣いちゃだめなんだよ。ますますぶたれちゃうからね。イタくてもかなしくても泣いちゃだめ。『ごめんなさい』って言ってもゆるしてもらえないもん。私たちが守ってあげる。だから何も見なくて良いんだよ。『レン』


レン、何をしているの?罪の色か。ステキだね。あはは、そうだね。きっとお腹は真っ白だね。・・・・・・レン。ここには初めから僕たちだけ。僕たちだけしか居ないんだよ。そうだよ。初めから、僕たちだけの世界さ。僕たち二人だけ。さあ、お絵かきしよう。・・・・・・・・・・・・・・・・っ。何でもないって、言ってるだろ!・・・・・・・・・・・・・・・・君が悪いんだよ。君が悪いんだよ。何もかも、君が悪いんだ。他のみんなは、すぐに殺しちゃったくせに。どうして僕だけ生かしておくんだ。君が悪いんだよ。僕を殺さなかったから。君が悪いんだよ。僕を殺さなかったから。君が悪いんだよ。僕を殺さなかったから。君が悪いんだよ。僕を殺さなかったから。君が悪いんだよ。僕を殺さなかったから。僕はもう、とっくに死んでいるのに。『レン』



5.夢の続き

そうだった、のか。

レンは そうだった のだ。
初めから。
レンは 生まれき て は い け な か っ た。

相変わらず、世界が回っていた。
私の知らないところで、世界だけが・・・・・・

(2-7) 星の行方

レンは、昔の夢を見た。
夜中に一人、目を覚ました。

昔の夢を見るのは、いつもの事である。その日が特別という訳では無かった。
でも、ロレントに来て、未だに夢を見続けるということが、レンを悩ませていくのだった。
ロレントは平和な街だった。絵に描いたような穏やかな日々。
それは、レンの知るレンの日常と余りに異なる世界だった。

知らない、こんな世界。
知らなくてよかった。

安穏と暮らして疑う事もない人々が、レンを苦しめていく。
町の人が笑顔で話しかけてくれるだけで、レンは辛くなる。

どうして、あの人達は約束された幸せを享受出来たんだろう。
どうして、私はそうではなかったんだろう。

悔しくて、羨ましくて、憎い。
何より、妬んでいる自分が醜く、情けなかった。

罪の色なんて、知りたくない。
レンだって正しい子供で居たかった。
健やかに育って、立派な人間になっていきたかった。
どこで間違ったのだろうか。
レンはどこで悪い子になってしまったのだろう。

「ああああ・・・・。」

気が付けば、頬から涙の雫がこぼれ落ちていた。

考えたくない。何も考えたくなんかない。

知らなくていい。何も知らなくたっていいのだ。

見なくていい。何も見なかったことにしてしまおう。

忘れていい。何も覚えている必要なんてないんだ。

居た堪れなくなって、レンは自室を飛び出した。
普段はこんなに悩まない。
寝る前の会話が何か情緒不安定な引き金となっているのだろうか。

エッタ、アジェ、カトル、クロス。
そして、レーヴェ。
みんな居なくなってしまった。
きっとまた、別れは来るだろう。
レンと暮らす限り、みんな居なくなる。
世界が回り続ける限り、別れは必然なのだ。

レンは家を出て、走り続ける。
ロレントから南に抜けて、森の中をただ逃げ続けた。

「はあ、はあ、はあ、はあ・・・・。」

呼吸が苦しかった。

「あああ、ああああああああああ!!」

レンの悲しみが、瞳から流れ出てゆく。
流してしまおう。
出せるだけ、出し続けてみよう。

何が苦しいのか、どこが痛むのか、
もはやレンには何も分からなかった。

寂しいのか、悲しいのか、許せないのか、
自分の感情がどこから来ているのかも
どうしたら収まるのかも、
それすらも分からなかった。

「・・・ひっ、っひっく、・・うう・・・。」

もはや、泣いているのか、喚いているのか、叫んでいるのかも、聞きとれなかった。
まともに呼吸が出来ずに、必死で息を吐き出そうとする。

息が切れたころ、力尽きて、倒れた。
池近くの淵に腰掛けた。
夜風に冷えた土が、レンの熱を吸収してくれる。

上を見上げれば、満天の星空が見えた。
ああ、そうだ。
空だけは昔と変わらない。
レンを裏切らない。
涙で腫れている目元を冷やす必要があった。
池の水を汲んで、顔を冷やした。
そのまま、夜風に顔を当てておく。

レンは草むらに寝っころがって、取り留めもなく、星の数をカウントし始めた。
やがて、その行為の無意味さに挫けた頃に、また眠れるだろう。

どのくらい、そのまま数えていただろうか。
カウントが4桁を越えて、数え続けていても眠りにつくことすら出来ないことに、失望し始めた頃だった。

ふっと背後から気配がした。
足音を殺した気配である。
レンは、突如跳ね起きた。
上から落ち着いた声が聞こえた。

「ごめん、驚かせちゃったね。」
「・・・・・・ヨシュア。」

「こんなところで何を見ているんだい?」
「うん。星がいっぱい見えるなあって。」
ヨシュアはレンの近くにそっと腰を下ろした。

レンは、星座観測を楽しんでいたようなフリをした。
別に演技だってばれていてもいいのだ。
それでも、平気な顔をしていたかった。
「あれが、カシオペア。あれが、アンタレス。」
ヨシュアも何も気にしていない風に自然な声音で返答をしてくれた。
「レンも星を見るのが好きだったのか。」
「レーヴェに教わったのよ。昔の知り合いが詳しかったんですって。」
「そうか・・・。」
ヨシュアの声は寂しそうだった。きっと彼にも、レンの知らない悲しみがあるのだ。
レーヴェが星空を見ているときは、いつも寂しそうだったように。

レンは話を続ける。今は他愛ない話を誰かとしていたかった。まるで、世界に自分しか居ないような心持ちだったのだ。 
「ヨシュア、知っている?」
「ん。」
「天秤座はね、正義を司る女神なの。人々が戦争に夢中で他の神様が見放しても、女神アストライアだけは人々を信じた。でもね、辛抱強く見守り正義を信じた女神も、ついには堕落した人間に絶望して、天へ帰っていったんですって。」
「きっと、昔の人も、地上に正義なんてないって知っていたのね。」
「・・・レン。」
ヨシュアの小さな相槌を聞いて、レンは話題選びを失敗したことを悟った。だめだな、他の話が思いつかなかった。レンは演技を諦めることにした。レーヴェとヨシュアの横は、レンにとって何も騙さなくて良い場所だった。自分自身さえも騙さなくて良い。レンは世界と向き合う時はいつだって、自分さえも取り繕って生きてきたのだ。

レンは小さく溜息を吐き出す。同時に、レンは一ヶ月の暗雲をも吐き出してしまった。
「レンは、きっとヨシュアみたいに器用に生きられない。」
ヨシュアは、驚かなかった。淡々といつもの声音で応えた。
「・・・。僕だって器用じゃあないよ。」
「きっとレンは、また夢を見るわ。何度も何度も昔の夢を見る。その度に街中で無邪気に笑っている子供を見ると、幸せそうな夫婦をみると、ただ憎くて、ただ許せなくて、殺したくなってくるんだわ。」
「・・・。レン。」

「分かってる。それじゃ、自分にも良くはないって。昔は昔。ちょっと不幸なことがあっただけ。今は違う。そんなことは分かってる。でも、きっと心で割り切れないの。」
ヨシュアは、池の水を手で掬う。夜の池は昏く、深く、飛び込んだらどこまでも沈んでいけそうだった。
「すぐにさ、割り切る必要もないんじゃないかな。僕だって、時間がかかった。今でも悩むことがある。それで良いんじゃないかな。」
掬い取られた黒い水が、ヨシュアの手の中から零れ落ちていく。その落ちていく水飛沫がただ儚くて、切ない。

レンは消えてしまいたかった。このまま宵闇に溶け込んでしまいたかった。自分がロレントに居てはいけない、自分の居場所はここじゃない、ずっとそんな気がしていたのだ。
「きっとエステルやヨシュアにも迷惑をかけるわ。」
「いいんじゃないかな。レンが一人で悩んでいるより、きっと皆で悩んだほうが上手くいくよ。」
ヨシュアらしからぬ正論そのものの、その場凌ぎの慰めに、レンは笑ってしまった。
「本当に、ヨシュアはそう信じているの?」
「念を押されると、僕だって自信はないけど・・・。でも、それでいいんじゃないかな。」

ヨシュアは大きく仰け反って、手足を広げた。目の前いっぱいに広がる星空を見上げる。
「エステルはきっと君に世界の明るさを教えてくれるだろう。君が昔から知っている世界の暗闇も、またきっと真実の姿だ。だけど、暖かくて眩しいような時間だって、あるってことで、それでいいんじゃないかな。」
ヨシュアはそのまま空中に手を伸ばす。どんなに手を伸ばしても、星の光までは届かない。私たちが触れることが出来るのは、周りの宵闇だけだ。夜風が空を掴もうとする手の平を、ただ冷やしていく。
「何も急ぐ必要はないよ。」
ヨシュアがそのまま起き上がって、笑いかける。悲しい笑顔だと、レンは思った。彼もまた悩んでいる。レン一人が苦しんでいるわけではない。レンは自分が子供っぽい問いで困らせたことを恥じた。

レンは腰を上げた。
「そうね・・・。うん。ありがとう、ヨシュア。話を聞いてくれて。」
ヨシュアも立ち上がる。
「どういたしまして。もう帰ろう。明日起きるのが遅いと、エステルに叩き起こされるよ。」
「ふふ。そうね。」
レンは、寝巻きについた泥を丁寧にはたいて、落としていく。
泥ははたかれて、少しずつ地上に落下して降り積もり、土に帰ってゆく。その様をヨシュアは眺めていた。

居場所は自分で決めるものだ。他人がそれを強制することは出来ない。ヨシュアにはそれが分かっている。だけど、何もしないつもりもなかった。レンがただ楽しいと、ただ安らぐと、思える日がいつか来る。純粋に守りたいと、大切な場所だと、願ってくれる日がいつか来ることを祈っていた。

残酷な事だが、辛い思いをしたのがレンならば、それを乗り越える事も他の誰でもないレン自身にしか出来ないことなのだった。

第二章 第三話 「南国アサト諸島」

(3-1) 旅立ちの朝

次の日の朝は、起きるのが辛かった。
目元の腫れは思ったより引いており、すぐ冷やしたことで功を奏したようだった。
真っ赤なままでは、ティータに心配されてしまう。
レンは何故かティータを妹のように思っており、姉貴分として情けないところを見せたくはなかった。
ちなみに、実はティータの方が年上なので、ティータも複雑な立場のレンを気遣っている。

翌朝はエステルが忘れ物はないか、ちゃんと定期的に連絡を入れることなどと、出発直前に当人より慌ただしく騒ぐので、レンはただ振り回されていた。

レンは大陸中を飛び回る仕事を続けていたので、今更海外に行くことで緊張はしない。
そもそも、ロレントよりも都会に行くのだ。忘れ物があっても、現地で簡単に調達出来るだろう。
必要なのは、武器と自分の体。それ以外は、手放してもどうにかなる、と考えている。
今回の旅行についても、特に何も心配していなかった。正直ロレントを離れられて、ゆっくり見つめ直せる良い機会だ、くらいにまで思っている。

けれど、エステルはレンを遠くの地に送り出すことを心配してくれていた。
自分を想ってくれる気持ちが暖かくて、レンは騒いでいるエステルをただ楽しそうに眺めていた。
ヨシュアもカシウスも、騒いでいるエステルをからかって楽しんでいた。

ティータとの集合場所である首都グランセルの国際ターミナルまで四人ともついて来る。
「ちょっと、仕事が忙しいんじゃなかったの。もう。」
レンの呆れた声に、エステルは言い返す。
「やだなあ。ただの見送りよ。今日の仕事は王都であるのよ。」
「うむ。父さんも今日は王城でやぼ用があってな。」
カシウスは、国家防衛についての陛下を入れての打ち合わせまで、ついでの様に言う。
なんだかんだで、過保護なそっくり親子である。

「もう、心配しないでも大丈夫よ。レンは、別に海外なんて行き慣れているんだし。」
「あ、そうですかー。」
ブライト家の中で、一番他国の経験が浅いのはエステルである。
不良中年は勿論、同じ歳の弟分であるヨシュアはおろか、年少のレンにまで、知識や経験で負けていて、エステルは面白くない。
エステルが休暇の度にレンを山や川に連れまわすのも、自分の得意分野で見返そうという浅はかな心情も隠れているのではあった。

ヨシュアが話を繋げる。
「でも、ティータと一緒は初めてだろう?きっと、今までより楽しいと思うな。」
「そうね。昨日、雑誌とデータベースでチェックしたお店を全部回りきれるかしら。」
カシウスが噴出す。
「いやあ、いいなあ。南の島!青い海!しかも、ティータちゃんと一緒なんて!」
最後の一言は余計であったらしい。エステルが非難する。
「ちょっと父さん、なんか怪しい響きを感じるわよ。」
「え、なんか、最近、父に冷たくないですか、エステルさん。」

親子漫才を聞きながら、レンは楽しくなってきた。
「うふふ。いいでしょう?こんな若くて可愛い二人組ですものね。怪しいおじさんにはいつも以上に注意しないとイケナイわね。」
こんなに賑やかな飛行場は、久しぶりだ。見送りという行為が、嬉しいものであるとレンは学んだのだった。

「レンちゃん、お土産よろしくね。オジサマは、南の島で熟成されたアサト酒がいいなぁ。」
カシウスは頭の中まで、すっかり南国のようであった。
「瓶なんて重いもの、重量に余裕があったら、考慮するわ。」

ヨシュアがちゃっかりリクエストに紛れ込む。
「僕は、チョコレートかな。ナッツが、独特の香ばしさで、美味しいんだよね。」
さすがは、ブライト家一番の美食家である。
「それも、溶けなければ・・・かしら。帰りの便に余裕があれば、飛行場で購入を検討するわ。」
出発前にお土産リストが決定されてしまいそうだった。

「エステルは、何がいいのかしらね。スニーカーも虫も、レンはあまり目端が利かないわ。」
「あ、あたしはねえ、こう、南の潮風が香るグッズがいいわね。こう、いかにも外国って感じの品がいいわ!」
エステルは意外とミーハーである。内心レンが観光地に行けることが羨ましくて仕方ないようだ。
「くすくす。了解したわ。レンのセンスが問われる宿題ね。楽しみにしておいて。」

国際ターミナル待合室には、すでにティータの姿が見えた。
「あ、レンちゃん!」
金色の髪の毛と、蒼い瞳の美少女が、ロレント一行に向けて大きく手を振っている。
ティータの周囲には、祖父であるラッセル博士と、両親であるエリカ・ダン夫妻が揃っている。
昨日はツァイスに宿泊していたとみられるアガットとシェラザードまで、くっついていた。

「てぃーたーーーー!!」
レンを押しのけて、元気にエステルが走り出す。
そのままエステルは、ティータを抱きかかえて、頬ずりを始める。
「ああ、今日も可愛いわ。やっぱりプチプリティは正義ねっ!!」

「え、エステルおねえちゃん、くすぐったいよぉ。」
ティータとエステルの再開シーンでは毎度おなじみの光景であった。

「ああ、もう可愛い。今から持って帰りたいくらいだわ。」
ティータが若干迷惑そうであっても、エステルは気にせずティータの身体を離さない。

「あら、連れて帰られては、困るわ。今回、ティータをお持ち帰りするのはレンなのよ。」
レンは相変わらずませた口調で、きわどい事を口走っている。

「レンちゃんっ!」
近づいてきたレンの姿を確認して、ティータの笑顔がさらに弾ける。
エステルが放してくれた隙をついて、今度はティータがレンに抱きついた。
「きゃ、ちょ、ちょっとティータ!」
驚いたレンが悲鳴を上げる。
ティータの予想外の攻撃で、慌てふためいたレンはそのまま後ろに倒れこんだ。
「あんっ!」

「おぉーー!」
眺めていたカシウスが口笛を吹いた。
横で聞こえてしまったヨシュアが呟く。
「父さん・・・。」

倒れこんだまま、ティータはしっかりとレンに抱きついている。押し倒されたままレンは暫く呆然としてしまっていた。
「もうっ、ティータったら・・・。」
なんとか身体を起こしたものの、慣れない熱い抱擁にレンは明らかに戸惑っていた。

顔を上げたティータは飛びっきりの笑顔を見せた。
「私もう昨日は嬉しくって。レンちゃんと二人でお出かけなんて初めてだよね!」
「え、ええ、そうね。」
珍しくレンは、相手の気迫に負けていた。

「嬉しいなあ。」
ようやく身体を起こしたティータは、倒れこんでいるレンの手を取り、引っ張り上げる。
「そうね。」
レンは、押されっ放しであった。
レンもティータとの遠出を楽しみにしていたのだが、ティータの喜びの表現はレンの想像を超えていた。

「おいおい二人とも、遊びで行くんじゃないんだぞ、分かってんのか!」
心配したアガットが渇を入れる。
「アガットさん・・・。そうですね、つい嬉しくてはしゃいでしまいました。」
素直にティータがしょげる。

シェラザードが朗らかに声を掛けた。
「そうね、ティータちゃんも、レンちゃんも、若い二人で心配だけど、技術力に対しては文句はない逸材だわ。お仕事頑張ってね。」
ティータが真面目な声で応じる。
「はいっ!おじいちゃんの代わりで外国まで行くなんて緊張するけど、精一杯頑張ってきます!」
なんとも健気な心意気であった。

「レンちゃんも、突然のお願いでごめんなさいね。」
シェラザードはレンにもフォローを入れた。
「ええ。レンも久々の遠出で、ティータと同じくらい楽しみなのよ。」
レンも笑顔で返した。
そこに、アガットが反応する。
「んまあ、ちょいっと治安が悪くなってるみたいだから、無理はすんな。じーさんの知り合いの博士がいるっていう研究所の建物内で大人しくしていろよ。」
何気にアガットは心配性だ。
「そうね。」
レンはあまり大人しくしているつもりは無かったが、そんなことまで宣伝しない。きちんと頷いておいた。

カシウスもフォローを入れてくれた。
「まあ、レンも経験のある土地みたいだし、そこまで心配はしなくてもいいだろう。」
レンも心配はあまりしていない。涼しげに返事をする。
「ご期待に沿えるように手はつくすわ。」

エステルが口を挟む。
「レン、あんまり無茶はしないでよ。ちゃんと自分も大事にするのよ。」
エステルはさすがに『母親』役と言うだけある。
レンの解け掛けた、カチューシャのリボンをきちんと結びなおしながら、レンに再度の注意を入れる。
「ええ。ありがとう、エステル。心配しないで。」
レンも最後はきちんと返事をした。

一方、ラッセル家といえば、エリカ女史が大騒ぎをしていた。
「ああ、可愛いティータを外国にやることになるなんて。可愛い子には旅をさせろ、というけれども、さすがに今回は心配だわ。やっぱり私の仕事を放り投げてでも、同行すべきかしらね。」
ダンさんが妻を宥める。
「エリカさん、ちょっとそれは先方にも迷惑がかかるから・・・。」
相変わらずのご両親である。

ラッセル博士もさすがに心配そうであった。
「ティータ、忘れ物はないか?困った事があれば、なんでもサイオン博士に相談するんじゃぞ。」
「はい、おじいちゃん。忘れ物はなさそうです。もう10回も確認しましたから。」
ティータの受け答えは相変わらず素直で実に可愛らしい。

そこに、飛行艇の搭乗のアナウンスが流れる。
『エレポニア発、リベール経由のアマラーダ行きの便でご出発のお客様にご案内致します。
A784便をご利用のお客様は、ただ今1番ゲートよりご搭乗を開始致します。』

「時間ね。そろそろ行きましょう、ティータ。」
レンがティータに声をかける。
「う、うん!」
ティータも気合ばっちりな表情である。

搭乗口へ向かおうとするレンにヨシュアが声を掛ける。
「レン。ちょっと待って。」
二人並んで歩きだそうとするレンとティータが振り替える。

ヨシュアはレンに一枚の小さな書状を手渡した。
「これを渡しておくよ。『遊撃士協会の協力員証』だよ。アサト諸島はあまりギルドが盛んな場所ではないけれど、持っていると役に立つこともあるだろうと、アイナさんが手配してくれたんだ。」
レンは白い書状を受け取った。
「ありがとう。こんなものを準備してくれていたのね。何かあった時に当てにさせてもらうわ。」
ヨシュアは小さく頷いた。
「うん。二人とも十分知ってはいると思うけど、アーティファクト関係は何が起こるか分からない。気をつけてね。」
カシウスも話を繋げる。
「そうだな。何か困ったら自分達だけで解決しようとせずに、現地の人に助けてもらう事も大事だぞ。」

エステルがレンとティータを再度抱き寄せた。
「とにかく二人とも、ちゃんと無事で帰ってくること!怪我もしないでね。」
ティータは勿論、レンもエステルに向かって満面の笑みを見せる。
「はいっ。」
「ええ。」

二人は手を繋いで、搭乗口まで歩いていく。
その様子を心配そうに大人たちは見送るのだった。

搭乗口の前で二人が振り返る。
大きく手を振っていた。

「「いってきまーす!」」
レンとティータの明るい声が響く。

そのままずっと、見送りの面々は飛行艇が飛び立つまで手を振っていた。
ZCF製の機体は、大きな音を立てて新型エンジンを加速させていく。
大きな機体が、ふっと重力に逆らって、浮き上がっていった。

窓辺に見える、幼い二人の姿が次第に遠く、小さくなっていく。
エステルは、腕がしびれるまで、手を振り続けていた。

走り出した飛行艇を、必死で追いかける。
二人を乗せた乗り物は、次第に空へと吸い込まれ、雲の向こう側へと飛んで行った。

小さな手を掴んで、一ヶ月程。
ずっと見守っていた姿を、エステルは初めて手放した。
また解析が終われば、一週間ほどで二人は帰ってくるだろう。
何事もなく、無事な姿が見られることを、青空に願った。