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(2-4) ブライト一家の団欒
レンとヨシュアは、パテルマテルに別れを告げて、食堂に戻った。
二人揃って階下に降りてきたところに、エステルが声をかける。
「あれ、二人で何してたの?」
「ああ、うん。ちょっと機械の調整を手伝ってもらっていたのよ。」
「ふうーん。」
エステルは機械に興味を示さない。
自分の入れない話題だと即座に判断を下し、愛読していた釣り雑誌へと再度目を戻そうとして、別の雑誌に目が移った。
「あ、レン。ナイアルから貰ってきたアサト諸島の観光雑誌よ。」
エステルがレンに一冊の本を差し出した。
レンは受け取って、ページを捲る。
「やっぱりプロが取る写真は綺麗ね。」
「なんか、飛行機の路線トラブルの関係でドロシーと寄ってきたんだって。ただでこけてたまるかーって足止めくらっている間に撮影してきたらしいわよ。」
さすがは腐っても名カメラマンである。南の島独特のセルリアンブルーの澄んだ海の色が、紙面いっぱいに広がっている。真っ白な砂浜に伸びる、南国の植物の色鮮やかな緑色が目に眩しい。
レンは素直に賛辞を述べる。
「綺麗ね。海がとても澄んだ色をしているわ。」
「そうね、ドロシーの写真効果でリベール国内はおろか、エレポニアやクロスベルでもその雑誌の売れ行きは好調なんですって。」
「あの、カメラマンのお姉さんね。そこまでの特技をお持ちとは知らなかったわ。」
エステルも紙面を覗き込む。
「きれいねぇ。空の青色もリベールよりも濃く感じるわ。私も行ってみたかったなあ。」
「だったら、お土産を楽しみにしていて頂戴。」
テーブルの上でブランデーを飲んで寛いでいたカシウスが声をかける。
「ん。なんだ。レンはどこかに出かけるのか?」
「あら、おじさまには言っていなかったかしらね。アサト諸島までティータと行くのよ。」
「おお!アサトは良いところだよなあ。俺も行きたいなあ。」
「いいでしょ。今度おじさまが休暇をとれる時期に、皆で観光に行くのも良いわね。」
綺麗な風景の写真を眺めて、それが明日には生で見れるのかと思うと、テンションが上がってくる。
レンはカシウスの事を、『おじさま』と呼ぶことにしていた。エステルに言わせればエステルが『母親』役らしいので、カシウスは『祖父』役になってしまう。流石に、おじいさんという歳でも無いだろうと言われて遠慮したのだ。本人から『おじさま』については反対意見が出てこないので当面レンはそう呼ぶことにしていた。エステルとヨシュアについては今まで通り名前で呼んでいた。ややこしいのでエステルは『姉』役でも良かったんじゃないか、とエステル以外の3人は思っている。
カシウスから、レンのアサト諸島行きについて質問が飛ぶ。
「ティータちゃんと二人で行くって、何かあったのか?」
カシウスの疑問に、エステルが答える。
「アーティファクトが発見されたんですって。動かないからって現地の研究者が教会からキープしちゃって、ラッセル博士に相談が来たそうよ。」
エステルの説明を、ヨシュアが補足する。
「だけど、ラッセル博士もツァイスの研究者の皆さんもなかなか都合がつかなくて。それでティータが一人で行くことになったんだ。」
カシウスが興味深げな反応を見せる。
「ほう!あの地もなかなか不思議な遺跡が多いからな。だが、なかなか情勢が安定しない難しい地域だぞ。」
レンが頷く。
「それで、ギルドの面々も予定が立て込んでいるらしくて、結局レンに依頼が回って来たというわけ。」
「はっはあ。それで、レンはギルド協力員として、護衛の仕事をするんだな!」
カシウスが一人心得たように首肯して、顎を撫でている。
じろじろと見つめられたレンは、びびってしまう。
「そうよ。ティータと一緒に南の島をエンジョイしてくるわ。」
なおカシウスは品定めするような目線をしている。
「たかが護衛と、思っているかもしれないが、守るのは守るで、意外と苦労があるんだぞ。いきなりで大丈夫かあ?」
自分の実力を疑われて、レンは少し拗ねてみせた。
「あら、ティータだってもうそれなりの戦闘経験者だし、別にこちらも進んで火の中に飛び込むわけじゃないわ。はぐれ狼程度ならささっと追い払えるわよ。」
そのセリフを聞いて、カシウスは鼻を鳴らす。
「チンピラ程度ならな。だけど、何があるのか分からないのがアーティファクトだ。油断は禁物だぞ。そして、守るという戦い方は、攻める戦い方とは違う難しさがある。なあ、ヨシュア?」
いきなり自分に話が振られて、ヨシュアは慌てた。
「ああ、うん。そうだね。けっこう勝手が違うものかな。」
ヨシュアは、準遊撃士成り立ての頃を思い出す。
「その辺、なかなか実戦で感覚を掴むのに手間どるかもしれないよ。自分まわりの布陣だけじゃなくて、周囲全体の動きを見ていなきゃいけない。特に味方がどう動くのかは制御出来ない部分もあるしね。」
暗殺業から一転してエステルと行動を共にするようになり、思わぬ事態に振り回され続けた青年は自嘲気味に笑う。その言葉に説得力を感じてレンが感嘆した。
「そりゃあ、ヨシュアと一緒にいるのがエステルだから、っていうのはあるんじゃない?」
「いや、まぁ。」
ちょっと旗色が悪くなりそうで、ヨシュアは焦った。そこに、話を聞き拾ったエステルが、雑誌から顔を上げる。
「なんか黙って聞いてたら、どうも、好き勝手言われていない?」
「別にレンは思ったとおりを言ってあげただけよ。自覚がない方がどうかと思うけど。」
レンも頑固にすましたままで言い返す。そこは近々自覚の出てきた部分だけにエステルはむっとした顔つきをしたもの、言い返す言葉が弱くなる。
「うっ。エステルさんだって成長してるのよ。いつまでもヨシュアにでかい顔はさせないわ。今に見てらっしゃい。」
「いや、別に、何も争っていないし。それに、遊撃士の仕事は戦闘だけじゃないしね。依頼人とスムーズに交流をする空気を作れるところや、動転している人を落ち着かせるスキルは僕にはまだまだだよ。」
ヨシュアは必死に火消しに走る。ヨシュアの謙虚な態度が功を奏して、エステルの機嫌はすぐに向上していくのだった。
レンは、さすが、としか言い様のないマインドコントロール技術に密かに関心した。
ヨシュアはレンにも優しく声を掛ける。
「きっと護衛というのも、レンには新しい経験になると思うよ。一人で動く仕事とは、動き方を根本的に見直さなきゃいけない。」
レンは次第にカシウスとヨシュアが何をアドバイスしてくれているのか、という意図を理解してくる。
「そうね。確かに、その点深く考えていなかったわ。」
レンは今まで自分だけを守ってくれば良かった。幼い頃から過酷な環境で生き抜かねばならなかった少女には、自分を守るだけで精一杯だったのだ。誰かと共同に仕事をする場合も、大抵はレーヴェや他の執行者であり、レンが守ってあげるような必要はなかった。自分のことは自分でやり、他者には頼らない、という世界で生きてきたのある。その中でもレンはパテルマテルに守護され、場合によってはレーヴェが手を焼いてくれた。むしろ戦闘という面においては、恵まれた立場で育ったと言えるだろう。
「しかも、機能していないとはいえ、アーティファクトですものね。想定外の事態は警戒しておくことにするわ。」
カシウスも茶目っけのある笑みを見せる。
「そうそう。なっかなか思ったように上手くいかないんだな、こういうものは。まあ、何事も経験だ。いやあ、若人っていいなあ。」
からかわれているようで、少し腹立たしいが、これはこれでアドバイスとして受け取っておくべきだろう。
レンとヨシュアは、パテルマテルに別れを告げて、食堂に戻った。
二人揃って階下に降りてきたところに、エステルが声をかける。
「あれ、二人で何してたの?」
「ああ、うん。ちょっと機械の調整を手伝ってもらっていたのよ。」
「ふうーん。」
エステルは機械に興味を示さない。
自分の入れない話題だと即座に判断を下し、愛読していた釣り雑誌へと再度目を戻そうとして、別の雑誌に目が移った。
「あ、レン。ナイアルから貰ってきたアサト諸島の観光雑誌よ。」
エステルがレンに一冊の本を差し出した。
レンは受け取って、ページを捲る。
「やっぱりプロが取る写真は綺麗ね。」
「なんか、飛行機の路線トラブルの関係でドロシーと寄ってきたんだって。ただでこけてたまるかーって足止めくらっている間に撮影してきたらしいわよ。」
さすがは腐っても名カメラマンである。南の島独特のセルリアンブルーの澄んだ海の色が、紙面いっぱいに広がっている。真っ白な砂浜に伸びる、南国の植物の色鮮やかな緑色が目に眩しい。
レンは素直に賛辞を述べる。
「綺麗ね。海がとても澄んだ色をしているわ。」
「そうね、ドロシーの写真効果でリベール国内はおろか、エレポニアやクロスベルでもその雑誌の売れ行きは好調なんですって。」
「あの、カメラマンのお姉さんね。そこまでの特技をお持ちとは知らなかったわ。」
エステルも紙面を覗き込む。
「きれいねぇ。空の青色もリベールよりも濃く感じるわ。私も行ってみたかったなあ。」
「だったら、お土産を楽しみにしていて頂戴。」
テーブルの上でブランデーを飲んで寛いでいたカシウスが声をかける。
「ん。なんだ。レンはどこかに出かけるのか?」
「あら、おじさまには言っていなかったかしらね。アサト諸島までティータと行くのよ。」
「おお!アサトは良いところだよなあ。俺も行きたいなあ。」
「いいでしょ。今度おじさまが休暇をとれる時期に、皆で観光に行くのも良いわね。」
綺麗な風景の写真を眺めて、それが明日には生で見れるのかと思うと、テンションが上がってくる。
レンはカシウスの事を、『おじさま』と呼ぶことにしていた。エステルに言わせればエステルが『母親』役らしいので、カシウスは『祖父』役になってしまう。流石に、おじいさんという歳でも無いだろうと言われて遠慮したのだ。本人から『おじさま』については反対意見が出てこないので当面レンはそう呼ぶことにしていた。エステルとヨシュアについては今まで通り名前で呼んでいた。ややこしいのでエステルは『姉』役でも良かったんじゃないか、とエステル以外の3人は思っている。
カシウスから、レンのアサト諸島行きについて質問が飛ぶ。
「ティータちゃんと二人で行くって、何かあったのか?」
カシウスの疑問に、エステルが答える。
「アーティファクトが発見されたんですって。動かないからって現地の研究者が教会からキープしちゃって、ラッセル博士に相談が来たそうよ。」
エステルの説明を、ヨシュアが補足する。
「だけど、ラッセル博士もツァイスの研究者の皆さんもなかなか都合がつかなくて。それでティータが一人で行くことになったんだ。」
カシウスが興味深げな反応を見せる。
「ほう!あの地もなかなか不思議な遺跡が多いからな。だが、なかなか情勢が安定しない難しい地域だぞ。」
レンが頷く。
「それで、ギルドの面々も予定が立て込んでいるらしくて、結局レンに依頼が回って来たというわけ。」
「はっはあ。それで、レンはギルド協力員として、護衛の仕事をするんだな!」
カシウスが一人心得たように首肯して、顎を撫でている。
じろじろと見つめられたレンは、びびってしまう。
「そうよ。ティータと一緒に南の島をエンジョイしてくるわ。」
なおカシウスは品定めするような目線をしている。
「たかが護衛と、思っているかもしれないが、守るのは守るで、意外と苦労があるんだぞ。いきなりで大丈夫かあ?」
自分の実力を疑われて、レンは少し拗ねてみせた。
「あら、ティータだってもうそれなりの戦闘経験者だし、別にこちらも進んで火の中に飛び込むわけじゃないわ。はぐれ狼程度ならささっと追い払えるわよ。」
そのセリフを聞いて、カシウスは鼻を鳴らす。
「チンピラ程度ならな。だけど、何があるのか分からないのがアーティファクトだ。油断は禁物だぞ。そして、守るという戦い方は、攻める戦い方とは違う難しさがある。なあ、ヨシュア?」
いきなり自分に話が振られて、ヨシュアは慌てた。
「ああ、うん。そうだね。けっこう勝手が違うものかな。」
ヨシュアは、準遊撃士成り立ての頃を思い出す。
「その辺、なかなか実戦で感覚を掴むのに手間どるかもしれないよ。自分まわりの布陣だけじゃなくて、周囲全体の動きを見ていなきゃいけない。特に味方がどう動くのかは制御出来ない部分もあるしね。」
暗殺業から一転してエステルと行動を共にするようになり、思わぬ事態に振り回され続けた青年は自嘲気味に笑う。その言葉に説得力を感じてレンが感嘆した。
「そりゃあ、ヨシュアと一緒にいるのがエステルだから、っていうのはあるんじゃない?」
「いや、まぁ。」
ちょっと旗色が悪くなりそうで、ヨシュアは焦った。そこに、話を聞き拾ったエステルが、雑誌から顔を上げる。
「なんか黙って聞いてたら、どうも、好き勝手言われていない?」
「別にレンは思ったとおりを言ってあげただけよ。自覚がない方がどうかと思うけど。」
レンも頑固にすましたままで言い返す。そこは近々自覚の出てきた部分だけにエステルはむっとした顔つきをしたもの、言い返す言葉が弱くなる。
「うっ。エステルさんだって成長してるのよ。いつまでもヨシュアにでかい顔はさせないわ。今に見てらっしゃい。」
「いや、別に、何も争っていないし。それに、遊撃士の仕事は戦闘だけじゃないしね。依頼人とスムーズに交流をする空気を作れるところや、動転している人を落ち着かせるスキルは僕にはまだまだだよ。」
ヨシュアは必死に火消しに走る。ヨシュアの謙虚な態度が功を奏して、エステルの機嫌はすぐに向上していくのだった。
レンは、さすが、としか言い様のないマインドコントロール技術に密かに関心した。
ヨシュアはレンにも優しく声を掛ける。
「きっと護衛というのも、レンには新しい経験になると思うよ。一人で動く仕事とは、動き方を根本的に見直さなきゃいけない。」
レンは次第にカシウスとヨシュアが何をアドバイスしてくれているのか、という意図を理解してくる。
「そうね。確かに、その点深く考えていなかったわ。」
レンは今まで自分だけを守ってくれば良かった。幼い頃から過酷な環境で生き抜かねばならなかった少女には、自分を守るだけで精一杯だったのだ。誰かと共同に仕事をする場合も、大抵はレーヴェや他の執行者であり、レンが守ってあげるような必要はなかった。自分のことは自分でやり、他者には頼らない、という世界で生きてきたのある。その中でもレンはパテルマテルに守護され、場合によってはレーヴェが手を焼いてくれた。むしろ戦闘という面においては、恵まれた立場で育ったと言えるだろう。
「しかも、機能していないとはいえ、アーティファクトですものね。想定外の事態は警戒しておくことにするわ。」
カシウスも茶目っけのある笑みを見せる。
「そうそう。なっかなか思ったように上手くいかないんだな、こういうものは。まあ、何事も経験だ。いやあ、若人っていいなあ。」
からかわれているようで、少し腹立たしいが、これはこれでアドバイスとして受け取っておくべきだろう。
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