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Falcom・軌跡シリーズの同人小説サイトです(;'ω')ン 主役はレンで、時期は零の軌跡後です。
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第二章 第三話 「南国アサト諸島」

(3-1) 旅立ちの朝

次の日の朝は、起きるのが辛かった。
目元の腫れは思ったより引いており、すぐ冷やしたことで功を奏したようだった。
真っ赤なままでは、ティータに心配されてしまう。
レンは何故かティータを妹のように思っており、姉貴分として情けないところを見せたくはなかった。
ちなみに、実はティータの方が年上なので、ティータも複雑な立場のレンを気遣っている。

翌朝はエステルが忘れ物はないか、ちゃんと定期的に連絡を入れることなどと、出発直前に当人より慌ただしく騒ぐので、レンはただ振り回されていた。

レンは大陸中を飛び回る仕事を続けていたので、今更海外に行くことで緊張はしない。
そもそも、ロレントよりも都会に行くのだ。忘れ物があっても、現地で簡単に調達出来るだろう。
必要なのは、武器と自分の体。それ以外は、手放してもどうにかなる、と考えている。
今回の旅行についても、特に何も心配していなかった。正直ロレントを離れられて、ゆっくり見つめ直せる良い機会だ、くらいにまで思っている。

けれど、エステルはレンを遠くの地に送り出すことを心配してくれていた。
自分を想ってくれる気持ちが暖かくて、レンは騒いでいるエステルをただ楽しそうに眺めていた。
ヨシュアもカシウスも、騒いでいるエステルをからかって楽しんでいた。

ティータとの集合場所である首都グランセルの国際ターミナルまで四人ともついて来る。
「ちょっと、仕事が忙しいんじゃなかったの。もう。」
レンの呆れた声に、エステルは言い返す。
「やだなあ。ただの見送りよ。今日の仕事は王都であるのよ。」
「うむ。父さんも今日は王城でやぼ用があってな。」
カシウスは、国家防衛についての陛下を入れての打ち合わせまで、ついでの様に言う。
なんだかんだで、過保護なそっくり親子である。

「もう、心配しないでも大丈夫よ。レンは、別に海外なんて行き慣れているんだし。」
「あ、そうですかー。」
ブライト家の中で、一番他国の経験が浅いのはエステルである。
不良中年は勿論、同じ歳の弟分であるヨシュアはおろか、年少のレンにまで、知識や経験で負けていて、エステルは面白くない。
エステルが休暇の度にレンを山や川に連れまわすのも、自分の得意分野で見返そうという浅はかな心情も隠れているのではあった。

ヨシュアが話を繋げる。
「でも、ティータと一緒は初めてだろう?きっと、今までより楽しいと思うな。」
「そうね。昨日、雑誌とデータベースでチェックしたお店を全部回りきれるかしら。」
カシウスが噴出す。
「いやあ、いいなあ。南の島!青い海!しかも、ティータちゃんと一緒なんて!」
最後の一言は余計であったらしい。エステルが非難する。
「ちょっと父さん、なんか怪しい響きを感じるわよ。」
「え、なんか、最近、父に冷たくないですか、エステルさん。」

親子漫才を聞きながら、レンは楽しくなってきた。
「うふふ。いいでしょう?こんな若くて可愛い二人組ですものね。怪しいおじさんにはいつも以上に注意しないとイケナイわね。」
こんなに賑やかな飛行場は、久しぶりだ。見送りという行為が、嬉しいものであるとレンは学んだのだった。

「レンちゃん、お土産よろしくね。オジサマは、南の島で熟成されたアサト酒がいいなぁ。」
カシウスは頭の中まで、すっかり南国のようであった。
「瓶なんて重いもの、重量に余裕があったら、考慮するわ。」

ヨシュアがちゃっかりリクエストに紛れ込む。
「僕は、チョコレートかな。ナッツが、独特の香ばしさで、美味しいんだよね。」
さすがは、ブライト家一番の美食家である。
「それも、溶けなければ・・・かしら。帰りの便に余裕があれば、飛行場で購入を検討するわ。」
出発前にお土産リストが決定されてしまいそうだった。

「エステルは、何がいいのかしらね。スニーカーも虫も、レンはあまり目端が利かないわ。」
「あ、あたしはねえ、こう、南の潮風が香るグッズがいいわね。こう、いかにも外国って感じの品がいいわ!」
エステルは意外とミーハーである。内心レンが観光地に行けることが羨ましくて仕方ないようだ。
「くすくす。了解したわ。レンのセンスが問われる宿題ね。楽しみにしておいて。」

国際ターミナル待合室には、すでにティータの姿が見えた。
「あ、レンちゃん!」
金色の髪の毛と、蒼い瞳の美少女が、ロレント一行に向けて大きく手を振っている。
ティータの周囲には、祖父であるラッセル博士と、両親であるエリカ・ダン夫妻が揃っている。
昨日はツァイスに宿泊していたとみられるアガットとシェラザードまで、くっついていた。

「てぃーたーーーー!!」
レンを押しのけて、元気にエステルが走り出す。
そのままエステルは、ティータを抱きかかえて、頬ずりを始める。
「ああ、今日も可愛いわ。やっぱりプチプリティは正義ねっ!!」

「え、エステルおねえちゃん、くすぐったいよぉ。」
ティータとエステルの再開シーンでは毎度おなじみの光景であった。

「ああ、もう可愛い。今から持って帰りたいくらいだわ。」
ティータが若干迷惑そうであっても、エステルは気にせずティータの身体を離さない。

「あら、連れて帰られては、困るわ。今回、ティータをお持ち帰りするのはレンなのよ。」
レンは相変わらずませた口調で、きわどい事を口走っている。

「レンちゃんっ!」
近づいてきたレンの姿を確認して、ティータの笑顔がさらに弾ける。
エステルが放してくれた隙をついて、今度はティータがレンに抱きついた。
「きゃ、ちょ、ちょっとティータ!」
驚いたレンが悲鳴を上げる。
ティータの予想外の攻撃で、慌てふためいたレンはそのまま後ろに倒れこんだ。
「あんっ!」

「おぉーー!」
眺めていたカシウスが口笛を吹いた。
横で聞こえてしまったヨシュアが呟く。
「父さん・・・。」

倒れこんだまま、ティータはしっかりとレンに抱きついている。押し倒されたままレンは暫く呆然としてしまっていた。
「もうっ、ティータったら・・・。」
なんとか身体を起こしたものの、慣れない熱い抱擁にレンは明らかに戸惑っていた。

顔を上げたティータは飛びっきりの笑顔を見せた。
「私もう昨日は嬉しくって。レンちゃんと二人でお出かけなんて初めてだよね!」
「え、ええ、そうね。」
珍しくレンは、相手の気迫に負けていた。

「嬉しいなあ。」
ようやく身体を起こしたティータは、倒れこんでいるレンの手を取り、引っ張り上げる。
「そうね。」
レンは、押されっ放しであった。
レンもティータとの遠出を楽しみにしていたのだが、ティータの喜びの表現はレンの想像を超えていた。

「おいおい二人とも、遊びで行くんじゃないんだぞ、分かってんのか!」
心配したアガットが渇を入れる。
「アガットさん・・・。そうですね、つい嬉しくてはしゃいでしまいました。」
素直にティータがしょげる。

シェラザードが朗らかに声を掛けた。
「そうね、ティータちゃんも、レンちゃんも、若い二人で心配だけど、技術力に対しては文句はない逸材だわ。お仕事頑張ってね。」
ティータが真面目な声で応じる。
「はいっ!おじいちゃんの代わりで外国まで行くなんて緊張するけど、精一杯頑張ってきます!」
なんとも健気な心意気であった。

「レンちゃんも、突然のお願いでごめんなさいね。」
シェラザードはレンにもフォローを入れた。
「ええ。レンも久々の遠出で、ティータと同じくらい楽しみなのよ。」
レンも笑顔で返した。
そこに、アガットが反応する。
「んまあ、ちょいっと治安が悪くなってるみたいだから、無理はすんな。じーさんの知り合いの博士がいるっていう研究所の建物内で大人しくしていろよ。」
何気にアガットは心配性だ。
「そうね。」
レンはあまり大人しくしているつもりは無かったが、そんなことまで宣伝しない。きちんと頷いておいた。

カシウスもフォローを入れてくれた。
「まあ、レンも経験のある土地みたいだし、そこまで心配はしなくてもいいだろう。」
レンも心配はあまりしていない。涼しげに返事をする。
「ご期待に沿えるように手はつくすわ。」

エステルが口を挟む。
「レン、あんまり無茶はしないでよ。ちゃんと自分も大事にするのよ。」
エステルはさすがに『母親』役と言うだけある。
レンの解け掛けた、カチューシャのリボンをきちんと結びなおしながら、レンに再度の注意を入れる。
「ええ。ありがとう、エステル。心配しないで。」
レンも最後はきちんと返事をした。

一方、ラッセル家といえば、エリカ女史が大騒ぎをしていた。
「ああ、可愛いティータを外国にやることになるなんて。可愛い子には旅をさせろ、というけれども、さすがに今回は心配だわ。やっぱり私の仕事を放り投げてでも、同行すべきかしらね。」
ダンさんが妻を宥める。
「エリカさん、ちょっとそれは先方にも迷惑がかかるから・・・。」
相変わらずのご両親である。

ラッセル博士もさすがに心配そうであった。
「ティータ、忘れ物はないか?困った事があれば、なんでもサイオン博士に相談するんじゃぞ。」
「はい、おじいちゃん。忘れ物はなさそうです。もう10回も確認しましたから。」
ティータの受け答えは相変わらず素直で実に可愛らしい。

そこに、飛行艇の搭乗のアナウンスが流れる。
『エレポニア発、リベール経由のアマラーダ行きの便でご出発のお客様にご案内致します。
A784便をご利用のお客様は、ただ今1番ゲートよりご搭乗を開始致します。』

「時間ね。そろそろ行きましょう、ティータ。」
レンがティータに声をかける。
「う、うん!」
ティータも気合ばっちりな表情である。

搭乗口へ向かおうとするレンにヨシュアが声を掛ける。
「レン。ちょっと待って。」
二人並んで歩きだそうとするレンとティータが振り替える。

ヨシュアはレンに一枚の小さな書状を手渡した。
「これを渡しておくよ。『遊撃士協会の協力員証』だよ。アサト諸島はあまりギルドが盛んな場所ではないけれど、持っていると役に立つこともあるだろうと、アイナさんが手配してくれたんだ。」
レンは白い書状を受け取った。
「ありがとう。こんなものを準備してくれていたのね。何かあった時に当てにさせてもらうわ。」
ヨシュアは小さく頷いた。
「うん。二人とも十分知ってはいると思うけど、アーティファクト関係は何が起こるか分からない。気をつけてね。」
カシウスも話を繋げる。
「そうだな。何か困ったら自分達だけで解決しようとせずに、現地の人に助けてもらう事も大事だぞ。」

エステルがレンとティータを再度抱き寄せた。
「とにかく二人とも、ちゃんと無事で帰ってくること!怪我もしないでね。」
ティータは勿論、レンもエステルに向かって満面の笑みを見せる。
「はいっ。」
「ええ。」

二人は手を繋いで、搭乗口まで歩いていく。
その様子を心配そうに大人たちは見送るのだった。

搭乗口の前で二人が振り返る。
大きく手を振っていた。

「「いってきまーす!」」
レンとティータの明るい声が響く。

そのままずっと、見送りの面々は飛行艇が飛び立つまで手を振っていた。
ZCF製の機体は、大きな音を立てて新型エンジンを加速させていく。
大きな機体が、ふっと重力に逆らって、浮き上がっていった。

窓辺に見える、幼い二人の姿が次第に遠く、小さくなっていく。
エステルは、腕がしびれるまで、手を振り続けていた。

走り出した飛行艇を、必死で追いかける。
二人を乗せた乗り物は、次第に空へと吸い込まれ、雲の向こう側へと飛んで行った。

小さな手を掴んで、一ヶ月程。
ずっと見守っていた姿を、エステルは初めて手放した。
また解析が終われば、一週間ほどで二人は帰ってくるだろう。
何事もなく、無事な姿が見られることを、青空に願った。
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(3-2) 空の上にて

レンとティータもまた、飛行艇に乗り込んだ後も、見送りの一行が見えなくなるまで窓の外を見ていた。
エステルが機体を追って、走り出したのが見えた。
レンもまた、情けないことに寂しさを感じていた。
出かけるまで、何も不安はなかったのに、実際に離れてみると寂しいなんて子供みたいだ、とレンは自分を笑った。

機内ではずっとティータが話をしてくれていた。
ラッセル博士に言われて持ち込んだ装置についてだとか、持ってきたお菓子を分けてくれたり、観光ブックを熟読した成果を披露してくれたりもした。



アサト諸島連合国は、ゼムリア大陸の南東端、カルバート共和国とエレボニア帝国間の貿易船が通るルシアナ海峡を抜けた先にある島国の集合体である。
諸島の中で一番大きな島はアマラーダ島という。アサトでは他の島と分けて、アマラーダ島のことを本島と呼ぶ。また、アマラーダとは、アサト諸島連合国の首都という街の名前でもあった。本島アマラーダの北端、大陸側の湾岸に大きく発達した、大陸有数の貿易都市でもある。

アサト諸島は、古くから海港貿易の拠点として栄えていたが、その戦略的にも重要な立地のために、数々の戦争にも振り回された苦難の歴史を持つ地域である。

元々は、リュウキ王朝という独特の現地国家があり、近代のように大型船や飛行艇の発達前は、独自の文化と大陸文化の影響と二つの色を調和させて、長い繁栄を続けてきたという。

それが、カルバード側に平定されたのは約百五十年前と聞いている。
しかし、百年程前のカルバードの民主化革命時の混乱に乗じて今度はエレボニア帝国に占領された。その後、帝国自治州として一応の自治権を獲得するものの、帝国貴族の厳しい税率に耐えかねて暴動は頻発していた。
約30年前に市民からの一揆に乗じて、カルバード共和国が再び覇権を取り戻すものの、また腐敗した役人政治に住民は苦しめられた。

その後、20年程前に過激な独立運動の末に独立を果たす。しかしながら、長期化したゲリラ戦で住民は疲れ果ており、独立後の自由を求めて移住してきた豪商たちの大金に経済はまたたく間に掌握されて、現在に至るまで貧富の差の大きな土地となってしまっていた。実は武器商人の壮大な陰謀だっただの、影で暗躍する化学薬品メーカーがあっただの、今でも様々な噂が飛び交っている。

そのあたりの歴史的な背景は、傭兵団と仕事をした関係もありレンも知識としては知っていた。また、出発後の機内でティータが観光ガイドを片手に、事前知識として読んで教えてくれた内容でもあった。今回のティータの仕事は古代遺物の解析であり、歴史背景を勉強しておくのも、現地での遺跡調査に役立つだろうと、仕事熱心なティータが仕入れていてくれた情報だった。

「今回発見されたアーティファクトは、そのリュウキ王朝の時代の遺物なのかしら?」
しんみりとした頭を切り替えようと、レンは少し真面目な話をもちかけてみた。

「ううん。その、ややこしいのだけどね、リュウキ王朝自体はそこまで古い王朝ではないみたい。七耀暦以前の古代ゼムリア文明の流れを組んでいた文明は別の国家だったと類推されているんだって。一般には、その国家のことを古代リュウキ文明として、近年のリュウキ王朝とは分けて考えるのが、主な説みたいだよ。」
レンの問いに対して、ティータは丁寧に解説してくれた。

「そう。古代リュウキ文明、というのね。」
ティータの説明に応じて、レンは相槌を打った。
「うん。ただ近年のリュウキ王朝は、古代文明を神聖視していることもあって、古代文明の遺跡の周りに更に神殿を立てたりしていたんだって。だから、明確に古代文明と王朝の遺跡の差が分かりにくくなってしまっているみたい。」

「あら、改築が趣味だったのかしら。それとも虎の威を借る狐、かしらね。」
ややこしい歴史背景の説明に対して、レンは皮肉な感想を述べた。

現代の動力技術においても、古代文明を越える程の技術は達成出来ていない。よって、古代文明の威光に縋る部分はどんな国家にも多かれ少なかれはあるものであった。その流れを汲むとされるリベール王国も例外ではない。また七耀教会は、より分かりやすい形でその威光に頼っている。

結社ウロボロスもそれは同じであった。十三工房の技術力は、エプスタイン・ラインフォルト・ヴェルヌ・ZCFを超越する高い水準を誇る。だが、それでも、アーティファクトを越えはしない。ローゼンベルク工房のヨルグ老人も、アンギスでもあるノバルティス博士も、アーティファクトの制御能力は高くても、その理論については解析しきれていない部分も多かった。少なくとも、レンが身に着けた知識においてはその程度である。レンの主観では、そう捉えられていた。

レンは、古代文明の威光を借りて国家を保っていたという、リュウキ王朝に少し興味が沸いてきた。
七耀教会の影響を受ける表社会とも、七耀教会を否定する結社とも違う視点があったのではないか、と考えたのだ。大国に脅かされ続けた、小さな島国が頼ったものとは一体何だったのだろうか。

レンは、そこにただ大学に行って技術職につくわけでもなく、ただエステル達について遊撃士を目指すわけでもない、また蛇に戻るわけでもない、別の道が拓けてくる可能性を感じていた。



ふっと横で観光ガイドや、歴史本を読むティータが口を開いた。
「レンちゃんは、アサト諸島に来たことがあるの?」
我に返ったレンは、素直に返事をした。
「ええ。何度か。」

「ふうん。それは、その、前のお仕事で?」
「ええ。仕事もあったし、そうでないこともあったわ。」
「そうでないこと?観光ってこと?」

「そうね、レン自身は観光っていうのが近いわね。レンが仕事がない時に、レーヴェがこういう場所で仕事をしていたら、レンは大体遊び目的でついて行っていたわ。」
「あ。あのお兄さんに。」
「ええ。」

「・・・ねえ、レンちゃん。」
「何かしら。」

「その、レオンハルトさんってどんな人?」
「レーヴェ?強かったわ。」

「・・・そのう、ヨシュアお兄ちゃんの、お兄さんみたいな人なんだよね。」
「そうね、小さい頃からずっと一緒だったって聞いてたわ。」

「えっと、優しい人?」
「うん。とっても優しいわ。」

「そうなんだ!えっと、ティータにはこう、ぶすっとした表情が残っているんだけど、レンちゃんの前だと笑うの?」
「レーヴェが?そうねえ。あんまり笑った顔を見たこと無いわ。」
「え、じゃあいっつもしかめっ面なの?」

「しかめっ面・・・。違うわ、ティータ。あれは、クールっていうのよ。」
「クールっていうんだね。」

「レンちゃんは、レオンハルトさんのことが、すっごく好きだったんだね。」
「ええ!」
「どういうところが好きだったの?」
「うーん、優しいところかしら。」

「・・・でも、レーヴェの笑った顔なんて、レン、ほとんど見たことないわ。」
「そうなんだー。」
「そういえば、ヨシュアの笑った顔も昔は見なかったわね。」
「え、そうなの?」
「・・・だから、久々にヨシュアを見た時は驚いたわ。」

「ふうーん。それってさ、エステルお姉ちゃんのおかげかなあ。」
「そうかもね。」
「ヨシュアお兄ちゃんも、すっごく辛い事があったんだよね。」
「そうね。」
「でも、エステルお姉ちゃんが、ヨシュアお兄ちゃんを沢山元気にしてあげたんだね。」
「・・・・・・そうなのかも。」

「・・・。レンちゃんも、悲しい事があったの?」
「・・・・・・・・・・・・。悲しい事くらい生きていればあるわよ。」

「そっかあ。」
「・・・・。」

「えっと、どういう事があったのか、聞いてもいい?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。なあに、ティータ。レンに興味があるの?」

「あ、うん・・・。」
「あら、どうして?」

「えっと、その。レンちゃんがどういうことを考えているのか知りたくて!」
「レンはいろんな事を考えているわ。」

「そ、そうだよね。うん。いろんなこと知ってるもんね。」
「でも、私はね、レンちゃんの・・・。」

「ん。」
「えっと・・・。」
「なによ?」
「・・・う、ううん。なんでもない・・・。」

ティータは、ヨシュアを元気にしたのがエステルなら、レンを元気にするのが自分になれれば、と思ったのだ。
でも、言い出せない。
レンの抱える問題は、きっとあまりに大きい。
たぶん祖父や両親そして工房の皆に囲まれて育ったティータには、力になれないんじゃと気後れしたのだ。

でも、それでも、ティータはちゃんとレンと向き合いたかった。
レンが苦しんでいるなら、レンを支えてあげたいと、誓ったのだ。
だから、ここで諦める気はなかった。

けれど、レンの全部を支えてあげることは難しいことも、なんとなくだけど分かっていた。
そんな簡単な問題なら、エステルやヨシュアがあんなに苦労して追いかけたりもしない。

そういった事情でも、レンはエステルと共にリベールにやって来た。
レンには、その問題と戦っていく勇気があるのだ。
ティータは、その気持ちを大切にしてあげたかった。
ただ、その為に自分に何が出来るのかも、分からない。

ティータはレンを理解したかったのだ。



レンもティータの質問意図は理解していた。
だけど、『どういう事』かを、純粋無垢なティータに話すのは気が引けた。
言葉を濁して、かいつまんで話すことは可能だろう。

だけど、レンは怖かった。
隠した言葉の裏に潜んだ真実にティータが気付いてしまうことが怖かったのだ。
レンが汚れた子供であることを、知られたくなかった。
レンと、ティータが、全く別の存在だと知られたくなかった。

レンは自分を恥じていたのである。

全てを知られた時、そこにある大きな壁に気付いてしまうよりは、話さない方が良いこともある。
レンはそういう信条だった。



そのまま二人は、無言で機内を過ごした。

久々の空の旅となり、窓から雲間を眺めて、レンは少し前を思い出した。

グロリアスに乗っていた頃は、周りも賑やかだった。
レーヴェも構ってくれたし、ルシオラやヴァルター、ブルブラン、カンパネルラ、教授・・・。
教授やカンパネルラは計画がどうとか忙しそうだったものの、他の執行者にとっては所詮はお祭り騒ぎみたいなもので、大人数で無駄にはしゃいで楽しんでいたりしたものだ。
刹那的な刺激を求める面々ばかりで、それは船の上の暇つぶしでも同じだった。ブルブランやルシオラはカード遊びでも何でも乗ってきてくれたものだった。簡単な手品も教えてくれた。

それが、ちょっと前の事である。あの頃は、レンは結社を抜けるなんて考えてもいなかった。
歩いてきた道以外、余所見をしては自分が潰れてしまいそうな事を本能的に理解していたのだろう。

ふっと隣の座席に目を移すと、はしゃぎ疲れたティータが小さな寝息を立てていた。
安心しきった可愛い寝顔だ。
レンはちょっと悪戯をしたくなって、ティータの鼻をつまんでみる。
「うぅん・・・。」
ティータは寝返りを打ったものの、また寝入ってしまった。

グロリアスに乗っていた頃は、自分が誰かを攻撃するのではなく、誰かを守る立場になるなんて考えもしなかった。命は儚く散るものであって、それを惜しんではいけなかった。血の色だけがレンを酔わせていく。

『ヨシュアは何故戻ってこないの?』と聞いたレンに対して、レーヴェは『時が移れば立場も変わる。』とかレンには理解不能の事を言っていた。霧鐘にエステルが憎たらしかったものだ。レンはただ、ヨシュアとレーヴェの二人に傍に居てもらいたかったのだ。

(ああ、なんだかセンチメンタルだわ。)

レンは、自分が感傷的になっている事に気付いて、頭を振る。過去を振り返っていても、何も変わらない。レンにだって、そんな事は分かっている。空を見て、感傷的になるには、まだ早い。レンの先はまだまだ広がっているはずだった。

雲海の隙間から、青々として海に反射する光が零れている。
考え込むのはやめようと、目を瞑った。
レンは、そのまま眠りへと落ちていった。

「レンちゃん、レンちゃん、見て!」
ティータの声がする。

再び目覚めた時、直下にはセルリアンブルーが広がっていた。
飛行機の羽の下に見える、蒼く澄んだ圧倒的な海色。
水面は強い太陽の光を反射して、眩しい程だった。

「レンちゃん、海だよ!」
「・・・綺麗。」

「もう到着の時間?」
「えっとね、ようやくアサト諸島に近づいたところで、すぐに本島が見えてくるって。」
「本島が見えてくる頃には、高度を落として着陸するんだって。だから、そろそろ衝撃に備えて下さいってアナウンスがあったよ。」
「そう。」
随分寝ていたものだ。しばらくぶりに夢も見なかった。レンもはしゃいで疲れていたらしい。

飛行船は次第に高度を下げていく。
青碧色の澄んだ南国の海の色。
遠くの海だけが次第に青が濃くなっていく。
空の上からでも、海の底が見えるくらいに透明感をはなっている。

どこまでも続く空。
真っ白な砂浜。
黄緑の生い茂る植物。
そこは、南国であった。

レンは、目を細める。
一年ぶりに、来た夢の国。
いまはただ、遠い昔のことのようで、ただあの頃が懐かしかった。

(3-3) 南の島の歓迎

リベール出発から5時間。長い空の旅を終えて、レンとティータは、アマラーダの発着場に降り立った。
さすがは、大陸有数の観光地であり、貿易拠点である。
飛行場は、乗り降りをする人々でごった返していた。

むっと蒸し暑い風を感じて、二人は遠い異国に来たことを実感する。
「わあ、さすが暑いわね。えっと、ラッセル博士の知り合いの方が向かえに来るのよね?」
「うんー。でも、これだけ人が居たら、なかなか分からなさそうだね。ちゃんと会えるかなあ。」

「どういう方がいらっしゃるの?」
「うーん、おじいちゃんの昔からの友人なんだよ。ちょっと前は中央工房で働いてくれていた時期もあって。いかにも南国って感じの明るい方だよ。こうお髭が特徴的に分厚く生えてて、それでえっと髪の毛が・・・、なくて。」
「なるほど、つまりハゲで、髭が濃いのね。」
レンは歯に衣を着せない表現で、説明の解釈を示した。
「え、あ、そんな意味じゃなくて!」

人が良いティータが慌てた先で、先を歩くレンがいきなり立ち止まった。
「あら。」
「え?」

「あの方かしら?ハゲてもないし、お髭も薄いけど。」
「あれえ。」

待合所の前でプラカードを持っている中年の男性が居た。
中肉中背、生真面目そうな神経質な顔色、薄い茶色がかった黒髪で、浅い肌色をしていた。東方系民族であろう。
いかにも南国、というよりは、移住してきた共和国人という風情である。
飛行場を行きかう全ての人に目を走らせて、目的の人物を必死で探し出そうとしている。

手に持ったプラカードには、現地のアサト語で大きく『歓迎!ツァイス中央工房様』と書いてある。
すぐ下には、エレボニアとカルバード標準語でも同様の内容が書いてあった。

「おおー。そんな感じだね。」
疑いもせずにティータは、プラカードを持つ男性の方へとことこ歩き出していく。
慌てて、護衛のレンも後を追った。

「あのう。えっと、ティータ・ラッセルですけど、サイオン研究所の方でしょうか?」
「ああ、ええ、はい!ラッセル博士ご一行様ですか。・・・、ええっと失礼ながら、博士はどちらに?」
二人の歳若い少女達を見て、その中年男性は戸惑っていた。
これは、連絡がきちんといっていないようだった。

「あの、その、私が、今回アルバート・ラッセルの名代で来ました、ティータ・ラッセルです。博士はすみません、都合がつかないため、すぐに来ることが出来なくて、私が代理で解析をするというお話になっているかと、思います。」
「は、はぁ。貴方が・・・。」

相手の男性は、じろじろとティータを眺めていた。
まあ、どう見ても、高名な博士の代理を務め上げるほどの技術者には見えまい。
あまりに呆けて、困り果てる様子が哀れな程であった。

レンは、ついでに質問をすることにした。おどおどした雰囲気が、あのラッセル博士の古い友人にはあまり見えなかったからである。
「あなたが、サイオン博士でしょうか?」
相手の男性は、自失から我に返り、返事をしてくれた。
「いえ、わたくしは、サイオン博士の助手をやっております、テイウと申します。」
暑いのか、必死で額から流れ落ちる汗を手ぬぐいで拭いている。

ティータは、真面目に一度聞いた名前を覚えようと繰り返す。
「テイウさん・・・。」
「ええ、ともかく貴方方がZCFからいらっしゃるという技術者の方ですね。よろしくお願いします。こちらに、車を用意してありますので。ささ、お暑いでしょう。どうぞ、こちらに。」
レンは、そのアサト人らしからぬ生真面目さを見て、助手というより、お手伝いなのでは、と意地悪く考えた。

飛行艇ターミナルの建物を出ると、そこは車天国だった。
飛行場の手前の広場には、観光客を乗せる各ホテルの送迎車が溢れている。

「わあ、こんなにたくさん動力車が集まっているなんて!圧巻されますー。」
リベールは起伏の激しい山国でもあり、動力車はあまりメジャーではない。

感嘆するティータに、テイウ助手は補足をした。
「この動力車広場はまだ落ち着いている方です。ターミナル北出口の波止場には、動力船がこの倍がありますよ。アサトは船の国ですからね。」
「へぇぇぇ!そうなんですね!!」

その辺り諸外国をよく知るレンも説明する。
「アサト諸島は船移動がメジャーだけど、リベールのように小型飛行艇も多いわよ。諸島間の移動も、島の中の移動も、両方がし易いからね。ただ首都アマラーダは高層ビルもあるし、その他軍事的な問題もあって、街中での私艇の運転は禁止されているわ。飛行機の操縦を間違えて、街中を飛んだら、問答無用で打ち落とされることもあるから、気をつけてね。」
「あわわわ・・・。」
ティータの反応があまりに素直なので、レンはついつい大げさに脅してしまった。

テイウ助手は、感心したようにレンを見る。
「お若いのに、お詳しいですね、お嬢さん。アサト諸島には以前にも来た事がおありで?」
「ええ。少しね。自己紹介していなかったわね。レン・ブライトよ。彼女の護衛として同行しているの。よろしく、テイウさん。」
レンは優雅に一礼した。

テイウは目をぱちくりさせる。
「これは、可愛い護衛さんだ。」
反応の軽さから、レンの自己紹介文はユーモアだと受け取られたらしい。レンは別に構わなかった。
「あら、ありがとう。」

テイウ助手が、一台の車へと近づいていった。
そのタイミングで、助手席のドアが開いた。頭の毛のない、茶色い肌で、長い髭をはやした老人が出てくる。
南国植物の柄が描かれた、実に派手なシャツを着込んでいた。
「おお!ティータちゃんか!!おうおう、大きくなった。」
そのまま、ティータに近づいて、ティータを抱きすくめる。
「サイオンさん!お久しぶりですぅ。」
「こんな遠いところまで、よく来てくれた!まさに愛のなせる業だな。」

これが、サイオン博士か。とレンは相手の老人を見上げた。
確かに、ラッセル博士と同年輩らしく目尻や首元には皺が見られた。
しかし、肌色はまだつややかで、筋肉が引き締まっている。
日によく焼かれた小麦色の顔色から、碧色の曇りない瞳が精悍さをうかがわせた。

ご老人は、ティータを抱きすくめたまま、動かない。
「ああ、いい匂いがする。女子の良い匂いだなあ。」
「さ、サイオンさん。」
エステルと同様の抱きすくめ方をしているが、性別が違うと犯罪に近い。
年齢的には孫を可愛がる祖父という絵でギリギリ許されそうな気もする。

しかし、発言の方は次第に過激になってきた。
「しっかし、やっぱり若い子の肌はトゥルントゥルンで、ぴっちぴちじゃ。さわり心地が最高じゃなあ。」
「あわわ・・・。」
「おや、ティータちゃん、ちゃんと、ご飯たべているかね。」
「あ、はい。」
「それにしては、育つところがまあだ、あまり育っておらんのう。」
「え、えっ。」
「まあ、これはこれで。そういう需要もあるからのう。あまり悲観するものではない。」

護衛役のレンは、保護対象であるティータを強引に引き剥がす。
そのままティータの前に入り込む。
「ちょっと、おじいさん、おイタが過ぎるんじゃなくて?」
間に割り込んできたレンを見て、驚くサイオン老人。
「ほう。お嬢さん、話にあった、ティータちゃんの同行者かな。」
「ええ。」

「なっかなか、お洒落なセンスをしておるのう。スミレ色の髪がまた白い肌をしっとりと引き立てておる。」
レンは少し背筋がぞくっとした。
「それは、どうも。」
「しかも、ロリータドレス少女ときたか!」
喜び勇んだ声をあげて、サイオン老人がレンに向かってダイブをしてきた。ティータと同じ様に抱きかかえられると相手は思っているだろう。
レンは身体を軽くひねって、その勢いを利用して、小脇に抱えていた旅行鞄をそのまま老人方面へと移動させる。

バッコン!

上質ななめし革が鈍く響く良い音を立てて、鞄は顔面へとクリーンヒットした。
「お生憎様。レンは初対面のお方に、抱かれるような安い女じゃないわ。出直してきなさい。」

顔面を打たれて、涙目になりながら、なおもサイオン老人は戦意を失わない様だった。
上目遣いではあれど、挑戦的な目線でレンを見返す。

「うーん。毒舌少女と純情少女か。なかなか美味しい組み合わせだな。」
「・・・。お灸が足りなかったかしらね。もう一回、打たれた方が良いの?」
レンの冷えた声に、ティータも慌てる。
「れ、れんちゃ・・・。」

小麦色の明るいご老人は明るく笑う。
「はっはっはっ。嫌がるご婦人に無理は言わぬよ。失礼した。」
下がって、距離をとって、丁寧にお辞儀をした。

「・・・・。ふん。」
レンは少し警戒が過ぎたかな、と構えを解く。

「おや、怒らせてしまったな。失敗したようだ。」
サイオン博士は、情けない顔をしてみせた。
「申し訳ない。とにかく遠路はるばる、よくアサトまで若者二人で来てくれた。歓迎するよ。」

ひやひやと経過を見守っていたテイウ助手が、車の後部座席の扉を開ける。
汗をぬぐったハンカチはもはや水気で湿りきっている。
「まずは、アサト首相の私廷まで案内致します。車で十分ほどですので、こちらにお乗りください。」
丁寧に案内されて、ティータとレンは車に乗り込む。

動力車は、ヴェルヌ社製であった。ティータが目を輝かせて、細部まで観察している。
「ヴェルヌのクラシック・カーですね!今でこそ旧型として嗜好車扱いになったものの、過去10年と長くレースの主役に輝いた名車・リオパド、初めてみました。」
技術史に名だたる逸品に乗れて、ティータの言葉が熱を帯びる。
「ふふふ。ヴェルヌの車は装甲が厚く、丈夫なことが魅力じゃ。知っているかもしれんが、アサトはちいっとやっかいな土地柄でのう。」
要は治安対策のために丈夫な車が良いということらしい。

運転席にはテイウ助手が、助手席にはサイオン博士が乗り込んで、動力車はエンジンを噴かせた。
エンジン音を聞いて、レンもティータも更に驚く。
「あら、この音。」
「うわあ、こないだの国際動力技術展で紹介された四輪駆動用の特殊エンジンの音ですね!」

二人の反応を興味深げにサイオン博士は観察する。
「ふむ。二人とも流石は天下のZCFがアーティファクトの解析にと、送り込んでくる人材じゃな。」
どうやら、博士の一次審査は一応パスとなったらしい。
くえない爺さんだと、レンは心の中で毒づいた。

運転をしながら、テイウ助手が解説してくれた。
「この車は、アサト諸国の首相の私用車なんです。我々はいつもは小型機で移動をしているのですが、夜には少しアーティファクト発掘の背景について、ZCFの方にご説明しようとアマラーダ市街の首相私廷にお招きを受けております。」

思わぬ規模の話にティータは驚く。
「わわ、いまから首相さんのお家に行くのですね。緊張してきました。」
「いえ、まずは市街を抜けた外れの『サイオン研究所』へご案内します。その後に首相廷で、お夕食をご用意しております。」
けっこうな歓迎ぶりである。まるで国のVIP扱いではないか。レンは逆に警戒感を強めた。

サイオン博士が、話を続ける。
「アルバート博士に連絡を入れたので、聞いているだろうが、我々が発見した古代遺物は現在は動作をしていない。だが、これからも動作しないという保障はないと、教会からは目を付けられていてな。特に、この度、石を確保したのが政府機関だったということもあり、古代遺物を軍用に使うのではないか、と随分マークされておる。」
なかなか複雑な事情がありそうである。レンもティータも顔を見合わせた。
これは思ってたより大変そうね、と楽観視していた事をレンはすこし反省した。

博士の話は更に進む。
「そういった事情もあり、何か予想外の事故があってはならないと、この車を解析担当者の送迎に、と首相が申し出てくれたのだ。元々は古くからの首相の愛車だが、長い年月かけて我々がチューニングを入れさせて頂いていてな、装甲は丈夫な純度の高いメタル加工でもあり、さらにはクオーツと動力を組み合わせて、動力魔法を駆使してシールドを張ることも可能となっておる。その上、この度は新型の高駆動エンジンを搭載させてもらっていたところだ。解析サポートを頂く件ではラッセル博士からも万が一の事がないようにとと強く念を押されておる。防犯面では万全な体制を揃えさせてもらった。」

アサト諸島の治安は、想像以上に危険そうである。ティータは次第に不安になってきた。
「そ、そんなにも、セキュリティの重要度が高い土地なんですね。」
レンも嘆息した。
「ご配慮、痛み入るわ。そこまで手間をかけて我々を呼んだこと、問題はなかなか入り組んでいそうね。」
その辺りの背景は聞いておかねばならないだろう。少し情報を整理しておきたい、とレンは思った。事態が動いた場合に頼れるのは確かな情報である。

「もちろん、その辺り解析に必要なデータは何でもご提供する準備がある。不足な物資があれば、テイウに言っていただければ、スタッフ総出で揃えさせよう。」
気前良くサイオン博士は答えた。バックミラーに老獪な紳士の笑顔が映る。

車は市街地の高層ビルを抜けて、視界が開けてくる。低層の建物が並ぶ商店街が近くに見え、その先には工場街が見える。
やがてガラス張りの近代的な建物群が確認出来た。目的地の『サイオン研究所』であろう。次第に車は減速していく。特殊装甲車の緩やかなGを身体で感じつつ、レンはどういった話に巻き込まれていくのか、と想像を膨らませていた。しばらくぶりに一定の緊張感を全身に感じ、レンはその独特の空気を楽しんでいた。

(3-4) サイオン研究所

ヴェルヌの動力車は、銀色に光るいかにも近代的な建物の前で止まった。

高さは地上5階建てくらいだろうか、高層ビルと言うほどには高くはない。
だが、横一面いっぱいに広がる建屋の横幅が続き、まるで要塞のように重圧感を与えてくる。

手前の建物は、ガラス張りの窓が一面に伸び、太陽光を反射し返していた。
その奥にはいくつもの、建物が連なるように建てられている。

「わあああ、なんだか、すごい圧倒されますー。」
車から降りて第一声、ティータの感嘆が聞こえた。
レンも同様に左右を見渡して、言葉がない。

ヴァレリア湖畔の蛇の要塞を思い出す造りであった。
たかだか極地の小さな研究所、という触れ込みには合わない家屋である。

(きなくさいわね。)
どんな組織にだって、霞を食べるわけにはいかない以上、必ず金の流れがあり、叩いたら埃が出るものだ。
だが、これはどうだ。
こんな見た目の研究所が、アーティファクトの解析に手をつけたら、それこそ教会が明らかにマークしてくるのも頷けるほどだ。

レンは素直に感想を漏らすことにした。
「まるで、砦のようね。」
博士は気分を害することなく応じる。
「ははは、こんなガラス張りでは、狙撃されたらお終いさ。貿易拠点での技術力をアピールするための苦肉の策と言う訳だ。」

確かに、手前の建物は窓が多く、華々しい印象を受けさせるための、デザイン重視の建物だろう。
だが、奥につづく研究棟らしき建物たちはどうだ。ほとんど窓もなく、コンクリート造りだろう。
建前と現実、という理念がそこには感じられた。

長い戦乱の歴史に振り回されたアサト諸島は、見た目こそ豊富な自然に恵まれた観光地として輝かしいが、中身は理想ばかりを追っていられないのだろう。そこには人間社会というものの、本質が詰まっているように感じられた。

レンは別に理想主義者ではない。
現実を追うことでしか、自己の安全を確保できないならば、その通りにすべきだろうとは思っている。
だが、歳若く未来あるティータが動力技術の発展のために、解析作業を行う拠点としては、若干相応しくない様に感じられるのだった。

(なかなか、アサト諸島って面白そうな場所じゃない。)
背筋にほどよい緊張が感じられる。
張り詰めてきた神経の感覚をひとつひとつ確認して、レンは自分の身体能力が一ヶ月の平和で衰えていないことを願った。

二人は手前の建物のロビーへと案内され、受付にて博士からセキュリティカードを二枚ずつ受け取った。
手前のオフィスビルと、そのすぐ奥の二号館に入れるキーとなる。

そのまま、二号館の地下、アーティファクトを保管している施設へと案内される。
ビル内はエレベータも配備されており、さらには建物間を移動するために、床が動く自動エスカレーターなるものが設置されていた。

「随分と近代化しているのね。これは、ツァイスの工房は勿論、ルーレのラインフォルト社や、レマンのエプスタイン、クロスベルのIBCにも匹敵出来る設備じゃないかしら。」
レンはついつい独白する。

「おや、レンさんはルーレにもレマンにも行ったことがおありか。」
サイオン博士が聞いてきた。
「ええ、まあ。貿易商の娘だったのよ。」
レンは言葉を選んだ。嘘は言っていない。遊撃士の家の出、というより無難だと思ったのだ。

「若い身空でなかなか経験豊富なお嬢さんだ。」
サイオン博士は感心した。

テイウ助手の低い声が磨かれた廊下に響いた。
「こちらになります。」

カードキーを通すと、分厚く、空気の粒一つも逃すまいと作られたような扉が開く。
その先は、着替え室となっており、白衣に着替えるためにロッカーまで用意されている。
指示どおり白衣を着込み、白い専用の帽子を被ると、テイウ助手は先ほどのカードとはまた別の新しいカードを鍵として使用した。

低い電子音を立てて、自動的に扉が開いた。
エレベータールームように人が5人程しか入れない小さな部屋が現れる。
「こちらの部屋へどうぞ。」

白衣に着替えた4人が、部屋に入ると扉がしまった。
ティータが驚く。
「わわわ。」
閉じ込められたと思ったのだ。

空気の出入りする音がする。
気圧が変化した。
耳に少し圧迫感が伝わり、キーンと耳鳴りが聞こえた。

数秒後、小部屋の奥の壁が左右に開いた。

レンが呟く。
「驚いた。密閉室になっているのね。」
実験環境を整えるために、気温・気圧・空気の成分・埃の排除など徹底された室内管理が施されている。

「ええ。古代遺物、の実験では何が起こるか予測がつきませんからね。」
サイオン博士の声は、心なしか得意そうであった。
天下のZCFの使者の度肝を抜いてやろうという試みが成功したことを確認出来たからだろう。

「・・・。」
(これは、さすが、と言うべきかしら。)
中の状態を一定環境に保つという機能もさながら、まるで解析担当者を閉じ込めているような仕様だとレンは思った。

「はわあ。なんか凄い実験室ですねえ。」
ティータがびっくりしている。さすがの中央工房も、ここまでの無菌室は存在しない。
そもそも中央工房は技術好きが、趣味で集まったような走りで起きた『自由』と『発想』を売り物にする工房である。
むしろ、民間で役立つ物を造って、人々の生活に動力を根差させるという、趣旨が強い集まりなのだ。

それに対して、サイオン研究所は違う。
これは、高い投資に対して、確実に結果を求めた研究室組織であった。

(これが、小国ながらも独立を保ち続けたリベールと、大国に蹂躙され続けたアサトの違いね。)

二大国の影響を受け続け技術だけが肥大化し発展が先行していったクロスベルとも違う。
むしろ激しい競争で常に先頭に立つことだけを目指し続けたラインフォルトやヴェルヌといった様相であった。
そこには、理想と信念は捨てられ、競争という実態だけが残っていた。

部屋の中央には大きな透明ケースに覆われた圧力制御装置が置かれていた。
ケースの真ん中に、掌ほどの大きな石が見えた。

その石は、手の平サイズの大きさながら、正方形の板のような形をしていた。
横幅と縦幅は人差し指ほどの大きさで、同じ位の長さをしている。
だが、奥行きは薄く、爪ほどの厚みしかなかった。

自然物ではなく、何らかの人工物であることは明らかである。
蒼黒い色をしていた。
端に薄い水色をした縁取りが施されているものの、中央は暗く、何という特徴もない濃紺一色である。

その石を見つめたティータが呟く。
「リベルアークで見たデータクリスタルに似ています・・・。」
レンも同意した。
「そうね、それはレンも思ったわ。」

サイオン博士が聞いてくる。
「ほう。さすがはリベールの方だ。古代遺物の見識も深いとは。お招きした甲斐がありそうですね。」
「その、データクリスタルとは、一体どういったものです?」
ティータの視点は、その不思議な石に吸い寄せられていた。ケースを見たまま動かずに答える。
「何かの情報端末みたいなものでした。」

博士は尚も質問する。
「情報端末。つまり、古代におけるコンピューター端末ような機能を持つのでしょうか。」
ティータはじいっと今度は石の置かれている制御装置を観察している。
「そうですね。もしくは、この部屋に入る際に使われたカードキーのような役割かもしれません。何らかの装置を動かす鍵となるか、何らかの情報を別の装置から引き出すか。リベールで発見された古代遺物には、そういった役割を果たした物が多く見られました。」

そこで、ティータはそこで、博士に振り返った。
「こちらも全てが解析出来ていたとはとても言えません。とはいえ、類似の物品であれば解析出来る準備はしてあります。」
博士はおおきく頷いた。
「それは、頼もしい。よろしくお願いしますよ。やはり、貴方はラッセル博士の孫という立場に恥じない立派な技術者の目をされている。」
博士がティータに手を差し伸べる。ティータはその手を掴みなおした。
リベールとアサト。遠い異国の技術者二人は、しっかりと握手をしていた。

皮肉げな気持ちで、レンはその握手のさまを見ていた。
もちろん表面的には出さない。
レンは博士に質問を投げかけた。

「こちらも聞いてもよろしいかしら?」
「もちろん、何なりと。」
「博士は、このアーティファクトを解析してどうなさるおつもりなのかしら?」

「・・・。」
そこで、サイオンは一瞬沈黙した。
「もちろん、動力技術の発展に生かせれば、と考えています。だが、どういった結果が得られるかは、私にもまだ分かっていません。」

「そうですよね。ありがとう。」
無難な回答である。レンは引くことした。

そこで、実験室の電話が鳴った。
テイウ助手が受話器を持ち上げる。
電話の表示には『受付』と記載されていた。

「はい。X201実験室です。」
「はい、え、ええ。はあ、そうですね・・・。」
テイウ助手は、少し困っていそうだ。しきりとサイオン博士の方を見る。

いぶかしんだサイオン博士が声をかける。
「どうした?」」
テイウ助手は受話器を離して、博士に話しかけた。
「それが、そのう。教会のシスターが表にいらしているとか・・・。」
「む。」
博士も少し眉根を上げる。
「アーティファクトの調子はどうだ。今日は動いていないか、見せてみろ、と言っているそうです。」
テイウの声は呆れ果てた色を含んでいる。
「こうも来られては、こちらの仕事も進みませんが・・・。」
博士が溜息を吐く。
「仕方ない。今日は上げてやれ。そもそも解析チームが到着した場合は紹介するという約束があった。」

なんだか不穏な空気である。
要塞風の外観の建物に仕舞い込まれたアーティファクトに対して、教会が難癖をつけているのだろうか。

黙って見守っていたティータが声をかける。
「あの、教会の方がいらっしゃるんですか?」

テイウ助手が答える。
「ええ、ちょっと頑固な方でして、動作していないからと我々に解析の権利は譲ってくれたものの、日々その動作状況を確認に来られます。」
熱心なことである。

レンが口を挟んだ。
「封聖省の方なのかしら。地元のシスターさんかしら?」
それには博士が答えてくれた。
「今回の古代遺物の発掘により、地元の司祭が、アルトリアの封聖省から呼んだ専門家だそうだ。まだ色気もない小娘だがな。」
レンにとっては、昔の商売敵である。顔見知りであったら、少し面倒だ。白衣と、専用の帽子を着込んでいて、良かったと状況に感謝した。大人しくしていれば、顔見知りでも誤魔化せるかもしれない。まさか守護騎士が来るような状況でもないだろうが。

そんな話をしていると、受付嬢に案内されて、噂のシスターさんが部屋に入ってきた。
あちらも白衣を着て、帽子を被っている。
背格好からすると、若そうではあった。

受付スタッフが実験室の扉を開く。
カツン、と足音を立てて、まだ成人していないであろう若い少女が入ってきた。
身長は女性としては平均くらいであろう。瞳はヘイゼル。髪色は緑がかったアッシュブロンド。
顔立ちはやや北国の民族に感じられた。
はっきりとした目鼻立ちをしている。
だが、化粧気はなく、まるで女性らしさを感じさせない。
むしろ、凛々しい美青年といった風情だ。

「お久しぶりですね、サイオン博士。」
はっきりとした口調だった。声質はやや低めのアルト。

それに対して、答えるサイオン博士の返答はさらに低かった。
「久しぶりという程間が開いたかな。昨日もお会いしたか、と思いましたが。シスター・アルコリス」 リンデール

「毎日、様子を見にくると、お伝えしたかと思いますが。」
「まさか、本当に毎日来られるとは、思いませんでした。」

「こちらの小さなお嬢さん方は?」
「リベールのZCFからいらっしゃった技術者の方です。我々の解析作業を手伝っていただきます。」
「・・・。まさか、こんな小さいお方に?正気ですか。」

「見た目で人を判断するのは、浅慮かと思いますが。こちらのお嬢さんはかのアルバート・ラッセル博士の孫にあたります。優秀な動力技術者ですよ。」

「あ、ティータ・ラッセルです。よ、よろしくお願いします。」
「そして、同行されているのが・・・。」
「・・・同行者のブライトです。よろしくお願い致します。」
レンはあえて、下の名前を名乗らなかった。嘘は言っていない。下手に名乗って、元執行者だとバレるのも面倒だ。

「よろしくお願いします。七様教会・封聖省の従騎士、マレス・アルコリスと申します。」

「わあ、じゃあ、星杯騎士団の方なんですね。」
「ええ。末端ですが。」

「えっと、ここにある物は力を失ったアーティファクトなんですよね。」
「今は起動を確認出来ておりません。」
「・・・ということは、その教会の方は回収はされないんですよね。」
「そうなりますね。ただし、何らかの起因で起動した場合は、教会が回収させて頂きます。」
「あ、そうなんですね・・・。」

「えーっと。その、動いていないこのアーティファクトをかなり気にされていらっしゃるようですけど、なにか理由があるのですか?」
「・・・。この地のアーティファクトは特殊な力を持っています。そして、大崩壊の後も度々その力が悪用され、悲劇が繰り返されてきました。我々は特に警戒をしております。」
「特殊な力・・・。」

そこにテイウ助手が口を挟んだ。
「しかし、動いていない遺物の解析までは、禁止できないはず。ちょっと干渉が過ぎるように思われます。」
「それだけ、アーティファクトは危険をも秘めている。ご寛恕ください。」

サイオン博士が続いた。
「現時点を持っても、何の反応も示しておらん。そう度々訪ねられて、案内していてはこちらも仕事の進行に差し障りがあります。これ以上は無用な干渉として、ご案内出来ない日もあること、ご理解頂きたいですな。教会が触れるのは、力を持ったアーティファクトのみのはず。これは、権限外の事象でしょう。」

「・・・。おっしゃるとおりですね。しかし、再び起動してからでは、遅いこともある。触れてはならない禁忌に挑戦しているということ、今一度ご認識願います。それでは、本日も動作しないこと確認いたしましたので、邪魔者は失礼いたしますね。」
涼しい声音で、シスター・アルコリスは去っていった。
勝手に研究所を歩き回れては困ると、受付嬢がその後を慌てて追っていく。

博士がティータとレンに向き直る。
「騒がしくて申し訳ない。この地は何かと様々な勢力が、凌ぎを削る土地柄でしてな。なかなかゆっくり解析するのも難しいのですよ。そろそろ夕刻になります。まずは、我が国の首長をご紹介しましょう。」

「あ、いえ。」
ティータが気にしていないと手を振る。

テイウ助手が声をかける。
「解析をお願いしたい古代遺物はこの部屋に保管してあります。お渡しした鍵で、お二人はこの実験室に出入りできます。解析作業の程よろしくお願いします。
首相邸にご案内しますので、またお車をご用意します。ロビーでお待ち下さい。」

博士と助手に連れられて、レンとティータは実験室を後にした。

(3-5) 首相私邸

テイウの運転する動力車に乗って、5分ほどで首相邸には着いた。車は海とは反対方向の山が見える方角へ向かい、やがて高台に白く重厚で、伝統的な石造りの豪邸が見えてきた。

車を降りて、大理石の豪華な家屋を見て、ティータは声が震える。
「こ、ここが首相さんのお家ですか。わたし、緊張してきました。」

レンは、反対に一国の首長の家が、私邸とはいえ、ずいぶんと一般的な規模ことに驚いていた。二階建てで、上流階級の家としては普通程度だった。むしろ庶民的とすら言えるだろう。大きさとしては、クロスベルのレンの実家の程度である。マクダエル邸よりは小さいくらいかもしれない。
リベールでも、ボースやグランセルあたりではこの規模の豪邸はそれなりに見られる。

車を降りると、家の前にティータやレンと同年輩程度の年頃の少女が立っているのに気付いた。
ティータとレンに気付くと、丁寧にお辞儀をする。

少女は、淡い桃色の入った栗色の髪を肩上で綺麗に切りそろえていた。ハーフテイルに髪を結い、耳上まで持ち上げて、白いリボンを結んでいる見るからに上流階級の可憐な少女であった。

ティータとレンに近づき、挨拶をしてくれた。
「はじめまして。ようこそいらっしゃいました。わたくし、リスイ・ルエンと申します。」
「あ、ティータ・ラッセルです。よろしくお願いします。」
「レン・ブライトですわ。よろしくお願いするわね。」

「ようこそ、いらっしゃいました。弟のショウキ・ルエンです。」

「うふふ。同じ年頃の少女がいらっしゃると聞いて楽しみにしていましたの。お会い出来て、とても嬉しいです。」
「わたしも、まさか同じくらいの女の子がいるなんて知りませんでした。嬉しいです!」

「リスイちゃん、ショウキくんも、久しぶりじゃの。」
「お久しぶりです。サイオンさん、テイウさん。」

「お荷物お持ちしますわ。」
「あ、コレ、けっこういろいろ入ってて重いんだ。いいよう。」
「ご遠慮なさらず・・・。」

「きゃ・・・。お、重いですわね・・・。」
「う、うん・・・。無理しないで・・・・・・。機械デリケートだし・・・。」

「くす。お気持ちだけ頂いておくわね。わたくし達これでも、それなりにパワフルなんですの。どうぞお気遣いなく。」

「・・・。お力になれず申し訳ありません。」
「その、こちらです。まずは、お部屋にご案内致しますね。二階の庭側のテラスをご用意しました。」

「男性のお二人は、僕がご案内しますね。一階のバールーム横に休憩室をご用意しましたので。」

「わああああ。立派なお部屋~!」
「れ、れんちゃん!ベッドがふっかふかだよお!!」

「そ、そうね。レンもこんなお姫様仕様のベッドは久々だわ。ちょっと、う、嬉しいかも。」
「きゃあ、レンちゃん!このシーツ、すっごいさわり心地がいいよう!」

「ちょっと、ティータ、あんまりはしゃがないで頂戴。それにしても、良い眺めね。テラス下のお庭と池もステキだけど、海までの一望は絶景だわ。」
「ほんとだー、わあ、すごーい。きれーーい!」
「ふふ。当家自慢のゲストルームでございます。気に入っていただけると、こちらも頑張ってセッティングした甲斐がありますわ。」

「ええ!リスイさんがセットしてくれたんですか。」
「ええ。お客様が同じお年とお聞きして、もう居ても経ってもいられなくて、お夕食もメニューはわたくしが選ばせていただきました。期待していてくださいね。」

「ご、ごくり・・・。」
「うふふ。そう言われると、お腹がいい感じに空いてきたわ。」

「では、ディナールームにご案内します。そろそろ父も仕事から帰宅してくる頃かと思います。」

「あ、はい!」

「こちらです。」
「うわわわ、なんか豪華~!わあ、綺麗なお花!!」
「こちらで少しおくつろぎ下さい。今ドリンクをお持ちしますわ。暑くて喉が渇いていらっしゃるでしょう。お待ち下さい。」

「ねね、リスイちゃんってお上品でしっかりしているよね。ちょっと妬けちゃうな。」
「あら、ティータはティータで素直で素朴で可愛らしいわよ。レンはティータはそのままで良いと思うわ。」
「・・・、レンちゃんもさ、こういう高級な雰囲気によく合うよね。いいなあ。ティータももうちょっと上品になるべきかなあ。」
「・・・、レンはただの背伸びよ。」

「ねね、レンちゃんって貿易商さんの娘さんだったの?」
「ああ、さっきの話ね。そうよ。」

「そ、そうなんだ・・・。えっと、どんなご両親?」
「・・・・・・。お優しいお父様と、綺麗なお母様だったわ。」

「ふうん。クロスベルって街に住んでいたんだよね。」
「そうね。」

「どんな街?」
「そうね、灰色の魔都、という表現が見事に似合う街よ。なんでも、ごっちゃに詰め込まれて、一気に肥大化してしまった。」
「マト?」
「そんなに治安がいい場所でもないわ。リベールみたいに穏やかでもない。でも、なんでもあるような、カオスさが魅力かしらね。」
「ふうん・・・。いろんなものがあるのかな。」
「ええ。」

「レンちゃんは、その、故郷が好き?」
「好きか、嫌いか、で言うと、嫌いじゃあないかなあ。面白い街ではあると思うわ。なかなか退屈しない場所よ。」

「じゃあ、ロレントはどお?」
「ロレントかあ。エステルには悪いけど、ぱっとしない田舎って感じよね。・・・平穏すぎて、ちょっとレンには。」
「え、平穏じゃ駄目なの?」
「ダメとは言わないわ。でも、レンにはあまり馴染みのない雰囲気で落ち着かない時もあるわ。」
「そうなんだ・・・。」

「じゃ、じゃあ、ツァイスはどう?」
「どう、って言われても、まだティータの家と工房に何度かお邪魔した程度だけど。そうね、ああいうごっちゃっとした街の方がレンは落ち着くわね。見るものも、遊ぶものもあるし。おじいさんの工房を思い出すわ。」

「おじいさんの工房?」
「パテルマテルが居る場所を提供してくれる、レンの協力者よ。」
「あ、そうなんだ。レンちゃんも、工房育ちなんだね。」
「そうね、ツァイスが肌に合うのは、そういう育ちだからかもしれないわね。」
「へへ・・・。そっかあ。レンちゃんにツァイスが気に入ってもらえて良かったな。」



「お待たせしました。ココナッツとドラゴンフルーツのジュースですわ。切り立てのマンゴーもご用意しました。父が戻ってくるまで、もう少しお待ちください。」
「あ、美味しそう・・・。でも、変わった形の果物ですね、わたし、初めてみました。」
「ふふ。南国特有の果実ですの。遠くから来た方は皆さん驚かれますわ。」

「いい香りね。おひとつ頂くわ。」

「ああ、美味しい。やっぱり南国って果物も甘みが強くて、自然の恵みであふれている感じですね。感動です!」
「ありがとうございます。ティータさんはとても笑顔が可愛らしい方ですわね。」

「え、えへへへ・・・。ありがとう。あの、リスイさんはとっても上品な方ですよね。同じ歳ってお聞きしましたけど、大人っぽくて、ちょっと羨ましいです。」
「あら、ありがとうございます。でも、わたくし、お客様をお迎えできて、少し緊張していますの。だから、少しだけ、猫をかぶっているかもしれませんわ。」

「えええ!そうなの?でも、それでも、同じくらいなのに、やっぱり立ち振る舞いっていうのかな、洗練されている感じがします。ステキだなあ。」
「ほめられると少しテレますわ。」

「猫かぶってらっしゃるとおっしゃることは、普段はもう少し、賑やかで奔放なところもあるのかしら。」
「うふふ。そうですわね。わたくし、母には止められていたのですが、いつも家を抜け出しては、動力ボートで沖へ行きますの。海洋写真家としてはそれなりの腕もあると自負していますのよ。」

「海洋写真ですかあ!それって、熱帯魚とか、ウミガメさんとか、サンゴとかを撮影するんですか?」
「ええ。毎日、海に出ては、ウミガメがどこに居たとか、サメやイルカ、クジラなどの位置を把握していると、情報ごと観光センターに買い取ってもらえますの。いいお小遣い稼ぎにもなるんですのよ。」
「それは、素敵なご趣味ね。でも、思っていたよりリスイさんはアクティブな方だったのね。意外だわ。」
「母には女は家に居るべき、潮の流れによっては危険な場合もある深海へ行くなんてとんでもないと、よく怒られていたものですが。」
「でも、海の中はとても綺麗です。私は、碧い海に魅入られてしまった人間なのね。」

「・・・。そういえば、奥様もお出かけされているのかしら。」
「いえ・・・。その、母は、居ないのです。・・・留守にしていまして。」
少しリスイの声が曇った。戸惑うような顔色を見せる。レンは深く聞いてはいけなかった話題だと、引くことにした。
「あ、そうなんですね。」



その時、車が近づいてくる音が聞こえてきた。
「ただいまー。」
落ち着いた低音ボイスが入り口から響く。

「あら、玄関口から声が聞こえましたわね。父の帰宅かしら。」
「おかえりなさいませ、お父様。」
「ただいま、リスイ。」
迎えに玄関口へと向かったリスイに対して、扉の向こうからダンディーで優しいな声が聞こえた。

「こちらは、リベールのZCFからいらしたティータ・ラッセル嬢と、レン・ブライト嬢ですの。」
「あなた方が。ようこそアサト諸島連合国へ。歓迎致します。私は、アサト首相を務めておりますシェン・ルエンと申します。」

「ティータ・ラッセルです。」
「レン・ブライトと申します。」

アサト首相は、国と首長としては、若干若い印象を受けた。年齢的には目算すると50歳くらいだろう。
少し白髪が混じってはいるが、黒さも目立つ髪がしっかりと生えており、目にも力があった。

レンは、その壮年の政治家を見上げて、思う。
サイオン博士といい、野心的な人物の多い土地柄だと。
逆に捉えれば、ある程度競争意欲がないと、厳しい土地柄というわけだろう。

穏やかなリベールとは、また違う。
それは、二人の少女を比較しても明らかであった。

朗らかで、純粋無垢そのもののリベール育ちのティータと、
上品で、所作の洗練された、親には厳しく躾られたというアサト育ちのリスイ。

定まった土地に定住出来ずに、運命に翻弄され続けたレンは、自分をも振り返る。
ならば、自分はどう見えるのだろう。リベールでもアサトでもなく、純粋なクロスベル育ちでもない。

育ちは透けて見えるものだ。
レンは、所詮は楽園とウロボロスで育った少女であり、自分はそれ以外の何者にもなれないのかもしれない、と考えた。