×
[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。
第二話 「エステルからの課題」
(2-1) 賑やかな夕食準備
夜には、エステルもヨシュアもカシウスも、ブライト家の皆がロレントに帰ってくる。三人とも外せない仕事が入り外泊になりそうな場合も、お互いに調整して、誰かがロレントには戻るようにしているようであった。そうでなければ頼まれたシェラザードが泊まりに来る。皆、レンを一人にして寂しい思いをさせまいと気を使ってくれているのだ。
レンは自分がまだ他人に甘えても良い子供なのだと、久々に自覚するようになった。
その日の晩も、いつも通りに三人とも帰宅してきた。
今晩の夕食の担当はヨシュアであり、安定して美味しいものが食べられる、アタリの日である。ご飯の担当は三人で日替わりとなっており、レンはいつも手伝いに回る。手伝わなくても、別に怒られもしない。
レンは日々気ままに過ごしていた。
いつもは、ギルド支部に居れば、早くロレントに戻った誰かが迎えに来る。そのまま一緒に夕ご飯の買い出しに街を歩く。
その日は、レンは旅支度のために早めに帰宅していた。
鞄に必要な道具をつめ、レンは自室の端末から無線を飛ばして、パテル=マテルとの通信を開いた。ロレントに来る際、パテルマテルの居場所を確保することが難しいために、泣く泣くクロスベルにパテルマテルを置いていくことにしたのだ。長期間も雨ざらしでは可哀想だと思ったのだ。だったら、おじいさんの工房の方が彼にとっても居心地が良いだろう。
レンはブライト家の屋根に急ごしらえで自作のアンテナを立てたが、不調法な暗号化も組み入れた関係もあり、電波状況は良くはない。それでも、パテルマテルと遠距離通信をすること程度の事は可能になっていた。
レンがアサト諸島へ旅行に行くことを話すと、パテルマテルもアサトまで自分で行くという。少しの期間ならば、人目のつかない郊外の林や廃墟あたりに隠れていれば大丈夫だろう。パテルマテルと実際に会えるのも久々となり、レンは旅行が楽しみでしかたない。
二人で旅行についての雑談が盛り上がる。話していると、ついつい夢中になっていて、日が暮れたことにも気付けなかった。
気が付くとエステルとヨシュアの明るい声が玄関から聞こえた。エステル達はいつでも騒々しい。
「たっだいまー、レン!」
「ただいま。」
レンはパテルマテルと別れて、玄関口まで迎えにいく。お腹が空いていたのだ。
「おかえりなさい、今日のメニューは何かしら。」
二人はいつもどおりに夕食の材料を買い込んでいた。ヨシュアが応える。
「ルーアンから海産物が手に入ったと、新鮮な白身魚を購入出来たから、『潮風のスープパスタ』にしようかな。手伝ってくれるかい?」
「ええ、いいわよ。」
レンは料理が得意ではない。でも、夕食の支度を手伝っていると皆が喜んでくれるのだ。お互いに一日に何があったかを、賑やかにおしゃべりしながらの料理はレンにとっては物珍しく新鮮で楽しい時間となっていた。一ヶ月で少しずつ手伝える内容も増えてきて、調度やりがいを感じ始めたところだ。
エステルは今日は夕食当番でないので、帰宅直後から使ったスニーカーの手入れ作業に移っている。レンにはよく分からないが、エステルにとってスニーカーとは単なる靴ではなく、ロマンの象徴らしい。一度熱く語られたが、理解できなかったので、レンからはその話題には触れないようにしていた。
レンは真剣な目つきで調味の量を調整する。その様子を、ヨシュアが後ろから見守りながら、間違っているとさりげなくフォローしてくれる。調味が終わり、ほっとしとたところにヨシュアが後ろから声を掛けてきた。
「レン、今日の昼間は急な話でごめんね。」
レンはフライパンから目を離さずに会話に応じる。強火で手早くが基本とは言っていたが、まずは中火で作業の流れに慣れることから学ぶことをヨシュアは薦めてくれた。おかげで三回目のスープパスタへの挑戦だが、レンには若干余裕が生じてきている。
「いいのよ。久しぶりの遠出がとっても楽しみなの。」
上機嫌なレンの声は、ヨシュアを逆に不安にさせてしまったようだ。
「・・・。あんまり羽目を外しすぎないでね。」
「あら、ヨシュアは心配性ね、ちゃんとレンを信じて頂戴。」
後ろからヨシュアの苦笑が聞こえてくる。
「ティータと二人でお出かけするのも始めてなんじゃない?」
「そうなの!レン、技術の話が出来る同じ年頃の友達なんて始めてで、嬉しいわ。」
料理中はそちらに神経が集中されているのか、会話の受け答えが妙に素直である。
「ティータがアサトに行くのが始めてなら、レンのお勧めのジェラード屋さんを教えてあげようと思うのよ。」
こういう話で無邪気にはしゃぐ様を見ると、レンも年頃の少女に見える。
「レンが受けてくれて助かったよ。昼間に、たまたまシェラさんとアガットさんと合流した時に、みんなスケジュールが詰まっているから、ティータの件は心配だから諦めてもらおうかって相談していたんだよ。」
「あら、そうなの。でも、ティータが折れなかったんでしょう。」
「・・・。良く分かるね。アガットさんが止めようとしたんだけど、ティータ本人が解析に行きたがっていて、ラッセル博士もエリカさんも結果の方が気になるみたいで、一人でも出かけそうな勢いだったよ。」
「ああいう研究一筋のところは、やっぱり血筋なんだね。」
ヨシュアが笑うしかないと、はにかむ。
「誰も来れないのなら、レンちゃんはどうかな、っていうのはティータからのオファーだったんだ。」
その経緯は初耳であった。
「あら、そうなの。赤毛のお兄さんあたりが心配しすぎて、誰でもいいからって勢いで声がかかったのかと思ったわ。」
「うーん、どちらかとうとアガットさんはレンに対しても心配してそうだったかな。」
「あら、どうして?」
ヨシュアの声が曇る。言葉を濁して答えを教えてくれた。
「そりゃ、まあ。・・・レンが裏社会に詳しすぎるからじゃない?」
ははあ、とレンは心得た。
「あら、レンが信用されていないのね。」
要は、レンが裏切るんじゃないか、結社に戻るんじゃないかと疑われているのだ。
確かに、レン自体はどちらでもいいんじゃないか、と思っているくらいだ。クロスベルでの事件後の流れから、なんとなくエステルについてきてしまった。レンには、きちんと表の世界で生きていく覚悟がないのだ。
痛いところをつかれている、とレンは思った。思わず溜息が出た。
「・・・。レンも、自分で決めなきゃね。」
レンが小さくつぶやいた。
「・・・。レン。」
ヨシュアにはレンが何を悩んでいるのか分かっている。でも、それはレンが自分で決断すべきことだ。他人には手伝えない。エステルの元でレンが自分の生き方を見つけられるのか、やっぱり裏社会に戻るのか。それは、レンが自分で割り切るべきことなのだ。同じ立場で長く葛藤したヨシュアには、その悩みが痛いほどに分かった。
ヨシュアは優しく口元を歪める。
「とりあえず、今回はティータと気楽に楽しんでおいでよ。」
ヨシュアに出来ることは、見守ってあげることだけだった。助けを求められたら、主観を述べることは出来る。でも、そんな簡単な問題でもないことは、当人でもあるヨシュアもよく理解していた。エステルやヨシュアが出来ることは、レンが自分の居心地のよい場所を見つけられるようにサポートすることくらいだ。最後に感じ取るのは他の誰でもない、レン自身でなければならなかった。
(2-1) 賑やかな夕食準備
夜には、エステルもヨシュアもカシウスも、ブライト家の皆がロレントに帰ってくる。三人とも外せない仕事が入り外泊になりそうな場合も、お互いに調整して、誰かがロレントには戻るようにしているようであった。そうでなければ頼まれたシェラザードが泊まりに来る。皆、レンを一人にして寂しい思いをさせまいと気を使ってくれているのだ。
レンは自分がまだ他人に甘えても良い子供なのだと、久々に自覚するようになった。
その日の晩も、いつも通りに三人とも帰宅してきた。
今晩の夕食の担当はヨシュアであり、安定して美味しいものが食べられる、アタリの日である。ご飯の担当は三人で日替わりとなっており、レンはいつも手伝いに回る。手伝わなくても、別に怒られもしない。
レンは日々気ままに過ごしていた。
いつもは、ギルド支部に居れば、早くロレントに戻った誰かが迎えに来る。そのまま一緒に夕ご飯の買い出しに街を歩く。
その日は、レンは旅支度のために早めに帰宅していた。
鞄に必要な道具をつめ、レンは自室の端末から無線を飛ばして、パテル=マテルとの通信を開いた。ロレントに来る際、パテルマテルの居場所を確保することが難しいために、泣く泣くクロスベルにパテルマテルを置いていくことにしたのだ。長期間も雨ざらしでは可哀想だと思ったのだ。だったら、おじいさんの工房の方が彼にとっても居心地が良いだろう。
レンはブライト家の屋根に急ごしらえで自作のアンテナを立てたが、不調法な暗号化も組み入れた関係もあり、電波状況は良くはない。それでも、パテルマテルと遠距離通信をすること程度の事は可能になっていた。
レンがアサト諸島へ旅行に行くことを話すと、パテルマテルもアサトまで自分で行くという。少しの期間ならば、人目のつかない郊外の林や廃墟あたりに隠れていれば大丈夫だろう。パテルマテルと実際に会えるのも久々となり、レンは旅行が楽しみでしかたない。
二人で旅行についての雑談が盛り上がる。話していると、ついつい夢中になっていて、日が暮れたことにも気付けなかった。
気が付くとエステルとヨシュアの明るい声が玄関から聞こえた。エステル達はいつでも騒々しい。
「たっだいまー、レン!」
「ただいま。」
レンはパテルマテルと別れて、玄関口まで迎えにいく。お腹が空いていたのだ。
「おかえりなさい、今日のメニューは何かしら。」
二人はいつもどおりに夕食の材料を買い込んでいた。ヨシュアが応える。
「ルーアンから海産物が手に入ったと、新鮮な白身魚を購入出来たから、『潮風のスープパスタ』にしようかな。手伝ってくれるかい?」
「ええ、いいわよ。」
レンは料理が得意ではない。でも、夕食の支度を手伝っていると皆が喜んでくれるのだ。お互いに一日に何があったかを、賑やかにおしゃべりしながらの料理はレンにとっては物珍しく新鮮で楽しい時間となっていた。一ヶ月で少しずつ手伝える内容も増えてきて、調度やりがいを感じ始めたところだ。
エステルは今日は夕食当番でないので、帰宅直後から使ったスニーカーの手入れ作業に移っている。レンにはよく分からないが、エステルにとってスニーカーとは単なる靴ではなく、ロマンの象徴らしい。一度熱く語られたが、理解できなかったので、レンからはその話題には触れないようにしていた。
レンは真剣な目つきで調味の量を調整する。その様子を、ヨシュアが後ろから見守りながら、間違っているとさりげなくフォローしてくれる。調味が終わり、ほっとしとたところにヨシュアが後ろから声を掛けてきた。
「レン、今日の昼間は急な話でごめんね。」
レンはフライパンから目を離さずに会話に応じる。強火で手早くが基本とは言っていたが、まずは中火で作業の流れに慣れることから学ぶことをヨシュアは薦めてくれた。おかげで三回目のスープパスタへの挑戦だが、レンには若干余裕が生じてきている。
「いいのよ。久しぶりの遠出がとっても楽しみなの。」
上機嫌なレンの声は、ヨシュアを逆に不安にさせてしまったようだ。
「・・・。あんまり羽目を外しすぎないでね。」
「あら、ヨシュアは心配性ね、ちゃんとレンを信じて頂戴。」
後ろからヨシュアの苦笑が聞こえてくる。
「ティータと二人でお出かけするのも始めてなんじゃない?」
「そうなの!レン、技術の話が出来る同じ年頃の友達なんて始めてで、嬉しいわ。」
料理中はそちらに神経が集中されているのか、会話の受け答えが妙に素直である。
「ティータがアサトに行くのが始めてなら、レンのお勧めのジェラード屋さんを教えてあげようと思うのよ。」
こういう話で無邪気にはしゃぐ様を見ると、レンも年頃の少女に見える。
「レンが受けてくれて助かったよ。昼間に、たまたまシェラさんとアガットさんと合流した時に、みんなスケジュールが詰まっているから、ティータの件は心配だから諦めてもらおうかって相談していたんだよ。」
「あら、そうなの。でも、ティータが折れなかったんでしょう。」
「・・・。良く分かるね。アガットさんが止めようとしたんだけど、ティータ本人が解析に行きたがっていて、ラッセル博士もエリカさんも結果の方が気になるみたいで、一人でも出かけそうな勢いだったよ。」
「ああいう研究一筋のところは、やっぱり血筋なんだね。」
ヨシュアが笑うしかないと、はにかむ。
「誰も来れないのなら、レンちゃんはどうかな、っていうのはティータからのオファーだったんだ。」
その経緯は初耳であった。
「あら、そうなの。赤毛のお兄さんあたりが心配しすぎて、誰でもいいからって勢いで声がかかったのかと思ったわ。」
「うーん、どちらかとうとアガットさんはレンに対しても心配してそうだったかな。」
「あら、どうして?」
ヨシュアの声が曇る。言葉を濁して答えを教えてくれた。
「そりゃ、まあ。・・・レンが裏社会に詳しすぎるからじゃない?」
ははあ、とレンは心得た。
「あら、レンが信用されていないのね。」
要は、レンが裏切るんじゃないか、結社に戻るんじゃないかと疑われているのだ。
確かに、レン自体はどちらでもいいんじゃないか、と思っているくらいだ。クロスベルでの事件後の流れから、なんとなくエステルについてきてしまった。レンには、きちんと表の世界で生きていく覚悟がないのだ。
痛いところをつかれている、とレンは思った。思わず溜息が出た。
「・・・。レンも、自分で決めなきゃね。」
レンが小さくつぶやいた。
「・・・。レン。」
ヨシュアにはレンが何を悩んでいるのか分かっている。でも、それはレンが自分で決断すべきことだ。他人には手伝えない。エステルの元でレンが自分の生き方を見つけられるのか、やっぱり裏社会に戻るのか。それは、レンが自分で割り切るべきことなのだ。同じ立場で長く葛藤したヨシュアには、その悩みが痛いほどに分かった。
ヨシュアは優しく口元を歪める。
「とりあえず、今回はティータと気楽に楽しんでおいでよ。」
ヨシュアに出来ることは、見守ってあげることだけだった。助けを求められたら、主観を述べることは出来る。でも、そんな簡単な問題でもないことは、当人でもあるヨシュアもよく理解していた。エステルやヨシュアが出来ることは、レンが自分の居心地のよい場所を見つけられるようにサポートすることくらいだ。最後に感じ取るのは他の誰でもない、レン自身でなければならなかった。
PR
(2-2) アンクレットのデータ
「そういえば、アサト諸島の治安は、最近でもどんどん悪化していると聞いているから、そのあたり気をつけてね。」
「ええ。気をつけるわ。」
「レンは、最近もよくアサトに行っていたのかい?」
「そうね、レンはそこまで頻繁に行ってはいない方ね。一年ちょっと前くらいかしら、レーヴェの用事に付き合ったきりだと思うわ。」
「レーヴェと一緒に行ったんだ。」
「ええ。レンは暇を持て余したら、レーヴェの仕事について行っていたわ。レンが来ると、レーヴェもレストランや買い物に付き合ってくれるのよ。」
レンは懐かしそうに目を細める。もうレーヴェとは一緒に出かけられない。少し寂しそうな表情を見せる。その横顔をヨシュアは切なそうに眺める。
「そうか・・・。」
ヨシュアには、気ままなレンに振り回されるレーヴェの姿が、鮮明なくらいに想像出来た。
レンはおぼろげな思い出を、頭の片隅から引っ張り出していく。
「でも、最期の用事は一体何だったのかしら。まるでレーヴェは普通に観光に来たみたいにロッジのデッキで涼んで、砂浜を散歩しているだけに感じたわ。」
あの時、レンは新作のぬいぐるみの発売時期とも重なりショッピングに夢中であった。アサト諸島の仕事は、大抵は観光に来た大国の要人や、密貿易の取引にきた商人単体を狙う仕事が多かった。レーヴェの用事もそういったものだろうとレンは内容を気にもしていなかった。自分はオフの間で遊びにきて、構ってもらいたかっただけだったからだ。
「レーヴェと、また海に行きたいなあ。」
思わず、呟きが口から出てしまった。
もう、適わない望みだ。
「・・・そうだね。」
ヨシュアも別に否定はしなかった。しても仕方のないことだからだろう。
スープパスタから潮風の香りが立ち始める。
その効果もあって、ちょっと前のことなのに、やけに懐かしかった。
大きな手が優しく頭を撫でてくれる、そのくすぐったさが久しぶりに思い出されて、なんだか切なかった。
レンは、夕方から気にしていることをヨシュアに相談してみることにした。
「そういえば、レーヴェがいつも身に着けていたアンクレットがあったじゃない?」
「ああ、うん。」
「ヨシュアがお姉さんの形見だっていうハーモニカに付けて、持ち歩いているヤツ。」
「あれについて、さっきパテルマテルが気になることを言っていたわ。」
パテルマテルとは次世代型の自立思考型ロボットで、レンの長年の相棒でもある。
レンは、その最新技術の精鋭である人工知能と意思を疎通させることが出来るという、不可思議な特技を持ち合わせていた。
「気になること?」
「ええ。なんだかパテルマテルの外部記憶領域にアンクレットの画像データが埋め込まれていたみたいなのよ。」
「後からインプットされたってこと?」
「ええ。どうやら、日付を解析していくと、一年前くらいに残されているみたいなのよね。」
「へぇ。」
「まさか、博士じゃないでしょう。おじいさんも心当たりはないみたいだし。レーヴェが意図的にパテルマテルに遺したんじゃないかって、パテルマテルが言うのよ。」
「・・・。それって、そのことに今頃彼自身が気づいたっていうこと?」
「うん。そうみたいなのよねー。レンだって全てのメモリを整理しきれていなかったし、それはパテルマテル本人も同じみたいなんだけど。それでも、誰も気づかなかったってことがあるのかしらって思って。」
「・・・。パテルマテル自身も気づかないうちにデータをいじるって可能なの?」
「そうなのよねぇ。パテルマテルが言うには、入れ替えた記憶自体を自分で削除したんじゃないかって想像するのよ。」
「どういうこと?レーヴェに頼まれて、パテルマテル自身がそのデータ自体の存在を意図的に忘れたってこと?」
「そう。つまり、レーヴェの依頼理由に対して、パテルマテルは納得した、ということだわ。」
「・・・。ふうん。つまり、レンのためになるって思ったっていうことかな。」
「レンのためかは、どうか。でも、理解できる動機だったんでしょうね。」
「もしくは、なんらかの取引があったのかな。」
「うーん。」
ヨシュアも随分興味を引かれてきた。あの淡々とした性格のレーヴェが単なる悪戯目的だったとは思わない。レーヴェとパテルマテルが共謀して、何をしようとしていたのだろうか。
「そのデータって単なる画像データだけなの?」
「画像データなんだけど。レンがたまに風景とか、機材とか、クオーツとか、気が向いたものを日記のように写真に取り溜めしていたフォルダに置いてあったわ。つまり、レンがちょっと写真データを見返せば気づく程度の場所なの。二人で隠すほどの場所だとも思わないわ。」
「存在自体は隠したかったけど、近いうちにレンに気づいてもらう必要があったということかな。本当に何の変哲もない画像データなの?」
ヨシュアは首を傾げる。
「それが、ぱっと見ると普通なんだけど、認証コード部分に理解不能のデータ列が仕込まれているの。」
「データ列?」
「うん。どうやら、普通のウロボロス仕様のデータタイプではないわね。あえて言うならば、レンが昔に作った暗号化システムの認証コードに類似しているわ。」
「昔につくったもの?」
「うんー。けっこう前ね。もう五年くらい経っているかしら。レンが、博士とか蛇の連中にバレずに自分の遊び用のパーソナルデータを安全に保管するために、自分用に暗号化コードを組んで、そのシステムを他の人には内緒でパテルマテルに搭載してもらったの。だから、パテルマテルにはレンしかしらないレン専用コードがけっこう入っているんだ。」
レンがやりそうな悪戯だと、ヨシュアは思わず笑ってしまった。
「レンは趣味半分でその一部を流用して、写真データの管理とか、旅の記録とか、美味しいカフェについてとかのデータベースをまとめたりしていたの。その記録とシステムをレーヴェに見せたことがあったのよ。だから、そのデータベースにはレーヴェは自分でアクセスは出来たはず。レーヴェも一人で行った場所に、いいお店を見つけたりしたら、教えてくれたりしたのよ。」
つまり、密かに二人の情報交換ネットワークとなっていたわけだ。
「でも、アンクレットの画像はリストには出ないようになっていた。直接メモリにアクセスしないと見つからないように加工されていたわ。そして、特殊なコードが仕込まれていた。」
「その特殊なコードっていうのは、さっきレンが自分でいっていたデータベースの暗号化コードとは別物なのかい?」
「ええ。配列タイプや型は似ているけど、本質的には違うわね。同じ手法では解読出来ない。単なる画像データとしては解読できるけど、画像の切れ端のデータタイプが全然違うのよ。」
「ふうん。つまり、その端っこのデータだけはレーヴェのオリジナルだということかな。」
そこでレンは一瞬悩んだ。
「・・・。たぶん。」
「それは、後から気づいて、というなんらかのレーヴェからレンへの伝言かもしれないね。」
一体どんな伝言だろうか。まさか結社の実態に関するような伝言ではないだろう。
「うん・・・。もしくは、それを示唆するような内容かもしれないわね。データ量的には暗号化部分は微小だから精々一単語程度よ。文章を残すには足りないわ。」
それほどまでに、手をかけて、誰にも気づかれずに、レンだけに知らせたい内容があったということだ。
もしかしたら、それは、レンに対して単なる謎かけ遊び程度のものかもしれない。
でも、一年前という時期が気になった。
レーヴェはもしかしたら、死に場所を求めていたんじゃないか、とヨシュアは思う。
それなりの覚悟があってリベールに来ていたような印象を受けていた。彼が纏う雰囲気はそこだけ鬼気迫るものがあった。
だから、何か最後のお願いかそういったものじゃないか、とも想像した。
そういった個人的な依頼であれば、是非解読してあげて欲しい。
「レン、その暗号部分の解析は、けっこう手間どりそうなのかい?」
「うーん、さっきパテルマテルのデータベースを漁った時に気が付いたばかりだから、どうかしらね。」
レンも見当すらついていないようだ。
「食後にヨシュアもちょっと見てくれる?もしかしたら、ヨシュアなら読み取れる文字列なのかもしれないわよ。」
「どうだろう。あまり自信はないなあ。」
ここ五年あまりは、かなりの頻度で一緒に行動していた、というレンの方がちょっとした日常のヒントを持っているんじゃないか、とヨシュアは思う。
料理中にレンとヨシュアはそんな約束をとりつけたのだった。
「そういえば、アサト諸島の治安は、最近でもどんどん悪化していると聞いているから、そのあたり気をつけてね。」
「ええ。気をつけるわ。」
「レンは、最近もよくアサトに行っていたのかい?」
「そうね、レンはそこまで頻繁に行ってはいない方ね。一年ちょっと前くらいかしら、レーヴェの用事に付き合ったきりだと思うわ。」
「レーヴェと一緒に行ったんだ。」
「ええ。レンは暇を持て余したら、レーヴェの仕事について行っていたわ。レンが来ると、レーヴェもレストランや買い物に付き合ってくれるのよ。」
レンは懐かしそうに目を細める。もうレーヴェとは一緒に出かけられない。少し寂しそうな表情を見せる。その横顔をヨシュアは切なそうに眺める。
「そうか・・・。」
ヨシュアには、気ままなレンに振り回されるレーヴェの姿が、鮮明なくらいに想像出来た。
レンはおぼろげな思い出を、頭の片隅から引っ張り出していく。
「でも、最期の用事は一体何だったのかしら。まるでレーヴェは普通に観光に来たみたいにロッジのデッキで涼んで、砂浜を散歩しているだけに感じたわ。」
あの時、レンは新作のぬいぐるみの発売時期とも重なりショッピングに夢中であった。アサト諸島の仕事は、大抵は観光に来た大国の要人や、密貿易の取引にきた商人単体を狙う仕事が多かった。レーヴェの用事もそういったものだろうとレンは内容を気にもしていなかった。自分はオフの間で遊びにきて、構ってもらいたかっただけだったからだ。
「レーヴェと、また海に行きたいなあ。」
思わず、呟きが口から出てしまった。
もう、適わない望みだ。
「・・・そうだね。」
ヨシュアも別に否定はしなかった。しても仕方のないことだからだろう。
スープパスタから潮風の香りが立ち始める。
その効果もあって、ちょっと前のことなのに、やけに懐かしかった。
大きな手が優しく頭を撫でてくれる、そのくすぐったさが久しぶりに思い出されて、なんだか切なかった。
レンは、夕方から気にしていることをヨシュアに相談してみることにした。
「そういえば、レーヴェがいつも身に着けていたアンクレットがあったじゃない?」
「ああ、うん。」
「ヨシュアがお姉さんの形見だっていうハーモニカに付けて、持ち歩いているヤツ。」
「あれについて、さっきパテルマテルが気になることを言っていたわ。」
パテルマテルとは次世代型の自立思考型ロボットで、レンの長年の相棒でもある。
レンは、その最新技術の精鋭である人工知能と意思を疎通させることが出来るという、不可思議な特技を持ち合わせていた。
「気になること?」
「ええ。なんだかパテルマテルの外部記憶領域にアンクレットの画像データが埋め込まれていたみたいなのよ。」
「後からインプットされたってこと?」
「ええ。どうやら、日付を解析していくと、一年前くらいに残されているみたいなのよね。」
「へぇ。」
「まさか、博士じゃないでしょう。おじいさんも心当たりはないみたいだし。レーヴェが意図的にパテルマテルに遺したんじゃないかって、パテルマテルが言うのよ。」
「・・・。それって、そのことに今頃彼自身が気づいたっていうこと?」
「うん。そうみたいなのよねー。レンだって全てのメモリを整理しきれていなかったし、それはパテルマテル本人も同じみたいなんだけど。それでも、誰も気づかなかったってことがあるのかしらって思って。」
「・・・。パテルマテル自身も気づかないうちにデータをいじるって可能なの?」
「そうなのよねぇ。パテルマテルが言うには、入れ替えた記憶自体を自分で削除したんじゃないかって想像するのよ。」
「どういうこと?レーヴェに頼まれて、パテルマテル自身がそのデータ自体の存在を意図的に忘れたってこと?」
「そう。つまり、レーヴェの依頼理由に対して、パテルマテルは納得した、ということだわ。」
「・・・。ふうん。つまり、レンのためになるって思ったっていうことかな。」
「レンのためかは、どうか。でも、理解できる動機だったんでしょうね。」
「もしくは、なんらかの取引があったのかな。」
「うーん。」
ヨシュアも随分興味を引かれてきた。あの淡々とした性格のレーヴェが単なる悪戯目的だったとは思わない。レーヴェとパテルマテルが共謀して、何をしようとしていたのだろうか。
「そのデータって単なる画像データだけなの?」
「画像データなんだけど。レンがたまに風景とか、機材とか、クオーツとか、気が向いたものを日記のように写真に取り溜めしていたフォルダに置いてあったわ。つまり、レンがちょっと写真データを見返せば気づく程度の場所なの。二人で隠すほどの場所だとも思わないわ。」
「存在自体は隠したかったけど、近いうちにレンに気づいてもらう必要があったということかな。本当に何の変哲もない画像データなの?」
ヨシュアは首を傾げる。
「それが、ぱっと見ると普通なんだけど、認証コード部分に理解不能のデータ列が仕込まれているの。」
「データ列?」
「うん。どうやら、普通のウロボロス仕様のデータタイプではないわね。あえて言うならば、レンが昔に作った暗号化システムの認証コードに類似しているわ。」
「昔につくったもの?」
「うんー。けっこう前ね。もう五年くらい経っているかしら。レンが、博士とか蛇の連中にバレずに自分の遊び用のパーソナルデータを安全に保管するために、自分用に暗号化コードを組んで、そのシステムを他の人には内緒でパテルマテルに搭載してもらったの。だから、パテルマテルにはレンしかしらないレン専用コードがけっこう入っているんだ。」
レンがやりそうな悪戯だと、ヨシュアは思わず笑ってしまった。
「レンは趣味半分でその一部を流用して、写真データの管理とか、旅の記録とか、美味しいカフェについてとかのデータベースをまとめたりしていたの。その記録とシステムをレーヴェに見せたことがあったのよ。だから、そのデータベースにはレーヴェは自分でアクセスは出来たはず。レーヴェも一人で行った場所に、いいお店を見つけたりしたら、教えてくれたりしたのよ。」
つまり、密かに二人の情報交換ネットワークとなっていたわけだ。
「でも、アンクレットの画像はリストには出ないようになっていた。直接メモリにアクセスしないと見つからないように加工されていたわ。そして、特殊なコードが仕込まれていた。」
「その特殊なコードっていうのは、さっきレンが自分でいっていたデータベースの暗号化コードとは別物なのかい?」
「ええ。配列タイプや型は似ているけど、本質的には違うわね。同じ手法では解読出来ない。単なる画像データとしては解読できるけど、画像の切れ端のデータタイプが全然違うのよ。」
「ふうん。つまり、その端っこのデータだけはレーヴェのオリジナルだということかな。」
そこでレンは一瞬悩んだ。
「・・・。たぶん。」
「それは、後から気づいて、というなんらかのレーヴェからレンへの伝言かもしれないね。」
一体どんな伝言だろうか。まさか結社の実態に関するような伝言ではないだろう。
「うん・・・。もしくは、それを示唆するような内容かもしれないわね。データ量的には暗号化部分は微小だから精々一単語程度よ。文章を残すには足りないわ。」
それほどまでに、手をかけて、誰にも気づかれずに、レンだけに知らせたい内容があったということだ。
もしかしたら、それは、レンに対して単なる謎かけ遊び程度のものかもしれない。
でも、一年前という時期が気になった。
レーヴェはもしかしたら、死に場所を求めていたんじゃないか、とヨシュアは思う。
それなりの覚悟があってリベールに来ていたような印象を受けていた。彼が纏う雰囲気はそこだけ鬼気迫るものがあった。
だから、何か最後のお願いかそういったものじゃないか、とも想像した。
そういった個人的な依頼であれば、是非解読してあげて欲しい。
「レン、その暗号部分の解析は、けっこう手間どりそうなのかい?」
「うーん、さっきパテルマテルのデータベースを漁った時に気が付いたばかりだから、どうかしらね。」
レンも見当すらついていないようだ。
「食後にヨシュアもちょっと見てくれる?もしかしたら、ヨシュアなら読み取れる文字列なのかもしれないわよ。」
「どうだろう。あまり自信はないなあ。」
ここ五年あまりは、かなりの頻度で一緒に行動していた、というレンの方がちょっとした日常のヒントを持っているんじゃないか、とヨシュアは思う。
料理中にレンとヨシュアはそんな約束をとりつけたのだった。
(2-3) レーヴェの残した言葉
夕食の片付けを終えて、ほっと一息ついた頃、レンは自室にヨシュアを呼んで、パテルマテルとの通信を開いた。
「ごめんなさいね、もう寝ていたかしら。」
別にパテルマテルは睡眠が必要なわけではない。それでも充電のために、またはエネルギーの無駄使いを避けるために、暇を持て余すとスリープ状態に入る、というプログラムが組まれていた。
問いに対して、パテルマテルは否定の意思を伝えてきた。
「そう、起きていたのね。よかったわ。」
「さっきのレーヴェのデータをヨシュアにも見せてもらえるかしら。」
パテルマテルが送ってきたのは、アンクレットの写真と、画像データの端についている意味不明の文字列であった。
「ここの部分は普通の画像データであれば、空データとして0を並べていたり、少し特殊なサイズだったりデータ量の多い画像データだとそういった旨の情報が追加されるわ。つまり、特殊なデータだった場合のデータの読み取り方をシステムに伝えるための領域、と思ってもらって結構よ。」
レンが、データ型について簡単にヨシュアに解説をしてくれた。
ヨシュアは唸る。
「つまり、この普通の画像データではここは空データになっているはずの部分ということかな?」
レンは肯定した。
「そうよ。それなのに、こんな意味不明の数字列が書いてあるの。」
「でも、この画像データは読めているんだろう?」
「特殊データタイプの指示が読み取れなければ、とりあえずデフォルト設定で読み込むようにとシステムが設計されているのよ。」
「なるほど。」
「この文字列データに一律に数字を加算したり、乗算することは可能?」
「もちろんよ。とりあえず一般的な暗号化手法としての手法はもうパテルマテルがトライしたわ。」
ヨシュアはふっと思いついた数字を提案する。
「うーん。149817を加算してみて、そこから0017を引く。」
「え、ええ。」
その結果をレンは、じぃっと眺めてみる。
「この数字、下4桁を抜くと、レンのルールでは、7文字の言葉になるわね。」
ヨシュアがびっくりして反応する。
「どういう言葉?」
ちょっと躊躇ってから、レンはそのままの音を口にした。
「『カラマミエルチ』」
「・・・。どういう意味かな。」
「分からないわ。」
レンがお手上げと両手を宙に広げたポーズをとった。
「きっとこの言葉に意味があるんだ。」
確信したかのように、ヨシュアが言う。
「あら、ずいぶんと断言するのね。」
「・・・。さっきの数字は、僕らがほんの小さな子供だったころに、使っていた暗号なんだ。それこそ結社に入るより前にね。」
「そんな頃から数字遊びを?」
「その頃は紙にメッセージを書いたりしていたんだ。大人達に読み取られないようにって、ちょっと夜抜け出したり、子供だけの秘密の話がある時に使う合図だったんだよ。」
ヨシュアは目を細める。
「昔、この数字は僕の姉さんとレーヴェが使っていたんだ。今この数字を知っているのは、きっと僕だけだ。つまり、このデータは僕じゃないと言葉にすることが出来なかった。だけど、パテルマテルに隠されて、しかもレンが自分用に作った暗号化システムの中に隠されていた。」
レンが頷く。
「レンが隠されたデータに気づいて、ヨシュアに相談しないと、このデータは言葉に変換出来なかった、というわけよね。そこまで手間の掛けられた暗号文に意味がないはずがない、ということね。」
ヨシュアは首肯した。
「そうだ。少なくともレーヴェは、そんな凝った遊びをするタイプじゃないだろう。」
改めて、得られた文字を見返してみる。
『カラマミエルチ』
「この言葉、一つの単語じゃないわよね。もしかしたら、文章だったり助詞があるんじゃないのかしら。」
「うん。二つ以上の単語で形成されてはいそうだ。」
「そういえば、『カラマ』って単語に聞き覚えがあるわ。」
「へぇ、どういう意味?」
「意味は詳しく知らないのだけど、今日ティータから聞いた単語なの。アサト諸島で発見された古代遺物は『カラマ・ストーン』と名付けられたそうよ。」
「!」
ヨシュアの顔が驚きの表情を浮かべる。
「随分とタイムリーだね。」
「ええ、そして、この文字が隠されていたアンクレットの写真のデータは、一年前のアサト諸島の記録としてデータベースに置いてあった。今回再訪するために記録を探っていたところで、パテルマテルが気付いたデータなのよ。」
「・・・。つまり、この暗号文の『カラマ』と、アサト諸島のカラマ・ストーンは関係があるということか。」
「そうかもね。もしくは、カラマ・ストーンの語源と、関連性があるのか、かしらね。」
「例の古代遺物が『カラマ・ストーン』と名付けられた背景については、聞いているのかい?」
「少しだけ。詳しくは聞かなかったの。でも、そのあたりが何かヒントになりそうね。アサト諸島に行ったら、何かしらの答えが得られそうな気がしてきたわ。」
ヨシュアは、端末上に浮かぶアンクレットの画像を見つめる。
「カラマというのが、その古代遺物関連の単語だとして、だったら残りの『ミエルチ』という文字には別の意味があるのかな。」
「そうね、そんな気がしてきたわ。『見える』という動詞としてもとれるわね。」
「だったら、最後の『チ』は何だろう。『血』?あとは、『地』、『値』、『池』、『知』・・・・。うーん。『チ』、という一音だとけっこう色々な意味があるなあ。」
「・・・。やっぱり、冒頭の『カラマ』の意味を知るのが、近道みたいね。」
「古代遺物の名前を名付けたのは、発見者の博士なのかい?サイオン博士、とおっしゃったっけ。」
「ええ、そのサイオン博士。教会もすでに立ち会って動作有無は確認しているそうだけど、博士のネーミングと聞いたわ。」
「たしか、地域の伝承で、力のある石についての昔話があって、そこから付けたって聞いたわね。」
「・・・。レーヴェが暗号文自体をカラマ諸島で考えたのだとしたら、その昔話の石を意味しているのかな。」
「分からないわ。まさか、古代遺物が発見されることを予知していたわけじゃあないでしょうし・・・。昔話を指している可能性の方が高そうに感じるわね。」
レンとヨシュアは、顔を見合わせる。
「つまり、その昔話の『カラマ』とやらを調べれば、このメッセージの意味も分かるってことだね。」
「ええ、そうみたいね。」
レンには、アサト諸島での大きな目的が出来た。今やレアリティの高い部品の調達なんてことよりも、この隠されたメッセージの意図を知ることの方が重要であった。レーヴェは一体何をレンとヨシュアに伝えようとしたのだろうか。
「レーヴェの伝言、必ず解いてみせる。」
レンはヨシュアに向って決意する。私達に何を言いたかったのか、それを受け止めることが遺された者の勤めであるように感じたのだ。
夕食の片付けを終えて、ほっと一息ついた頃、レンは自室にヨシュアを呼んで、パテルマテルとの通信を開いた。
「ごめんなさいね、もう寝ていたかしら。」
別にパテルマテルは睡眠が必要なわけではない。それでも充電のために、またはエネルギーの無駄使いを避けるために、暇を持て余すとスリープ状態に入る、というプログラムが組まれていた。
問いに対して、パテルマテルは否定の意思を伝えてきた。
「そう、起きていたのね。よかったわ。」
「さっきのレーヴェのデータをヨシュアにも見せてもらえるかしら。」
パテルマテルが送ってきたのは、アンクレットの写真と、画像データの端についている意味不明の文字列であった。
「ここの部分は普通の画像データであれば、空データとして0を並べていたり、少し特殊なサイズだったりデータ量の多い画像データだとそういった旨の情報が追加されるわ。つまり、特殊なデータだった場合のデータの読み取り方をシステムに伝えるための領域、と思ってもらって結構よ。」
レンが、データ型について簡単にヨシュアに解説をしてくれた。
ヨシュアは唸る。
「つまり、この普通の画像データではここは空データになっているはずの部分ということかな?」
レンは肯定した。
「そうよ。それなのに、こんな意味不明の数字列が書いてあるの。」
「でも、この画像データは読めているんだろう?」
「特殊データタイプの指示が読み取れなければ、とりあえずデフォルト設定で読み込むようにとシステムが設計されているのよ。」
「なるほど。」
「この文字列データに一律に数字を加算したり、乗算することは可能?」
「もちろんよ。とりあえず一般的な暗号化手法としての手法はもうパテルマテルがトライしたわ。」
ヨシュアはふっと思いついた数字を提案する。
「うーん。149817を加算してみて、そこから0017を引く。」
「え、ええ。」
その結果をレンは、じぃっと眺めてみる。
「この数字、下4桁を抜くと、レンのルールでは、7文字の言葉になるわね。」
ヨシュアがびっくりして反応する。
「どういう言葉?」
ちょっと躊躇ってから、レンはそのままの音を口にした。
「『カラマミエルチ』」
「・・・。どういう意味かな。」
「分からないわ。」
レンがお手上げと両手を宙に広げたポーズをとった。
「きっとこの言葉に意味があるんだ。」
確信したかのように、ヨシュアが言う。
「あら、ずいぶんと断言するのね。」
「・・・。さっきの数字は、僕らがほんの小さな子供だったころに、使っていた暗号なんだ。それこそ結社に入るより前にね。」
「そんな頃から数字遊びを?」
「その頃は紙にメッセージを書いたりしていたんだ。大人達に読み取られないようにって、ちょっと夜抜け出したり、子供だけの秘密の話がある時に使う合図だったんだよ。」
ヨシュアは目を細める。
「昔、この数字は僕の姉さんとレーヴェが使っていたんだ。今この数字を知っているのは、きっと僕だけだ。つまり、このデータは僕じゃないと言葉にすることが出来なかった。だけど、パテルマテルに隠されて、しかもレンが自分用に作った暗号化システムの中に隠されていた。」
レンが頷く。
「レンが隠されたデータに気づいて、ヨシュアに相談しないと、このデータは言葉に変換出来なかった、というわけよね。そこまで手間の掛けられた暗号文に意味がないはずがない、ということね。」
ヨシュアは首肯した。
「そうだ。少なくともレーヴェは、そんな凝った遊びをするタイプじゃないだろう。」
改めて、得られた文字を見返してみる。
『カラマミエルチ』
「この言葉、一つの単語じゃないわよね。もしかしたら、文章だったり助詞があるんじゃないのかしら。」
「うん。二つ以上の単語で形成されてはいそうだ。」
「そういえば、『カラマ』って単語に聞き覚えがあるわ。」
「へぇ、どういう意味?」
「意味は詳しく知らないのだけど、今日ティータから聞いた単語なの。アサト諸島で発見された古代遺物は『カラマ・ストーン』と名付けられたそうよ。」
「!」
ヨシュアの顔が驚きの表情を浮かべる。
「随分とタイムリーだね。」
「ええ、そして、この文字が隠されていたアンクレットの写真のデータは、一年前のアサト諸島の記録としてデータベースに置いてあった。今回再訪するために記録を探っていたところで、パテルマテルが気付いたデータなのよ。」
「・・・。つまり、この暗号文の『カラマ』と、アサト諸島のカラマ・ストーンは関係があるということか。」
「そうかもね。もしくは、カラマ・ストーンの語源と、関連性があるのか、かしらね。」
「例の古代遺物が『カラマ・ストーン』と名付けられた背景については、聞いているのかい?」
「少しだけ。詳しくは聞かなかったの。でも、そのあたりが何かヒントになりそうね。アサト諸島に行ったら、何かしらの答えが得られそうな気がしてきたわ。」
ヨシュアは、端末上に浮かぶアンクレットの画像を見つめる。
「カラマというのが、その古代遺物関連の単語だとして、だったら残りの『ミエルチ』という文字には別の意味があるのかな。」
「そうね、そんな気がしてきたわ。『見える』という動詞としてもとれるわね。」
「だったら、最後の『チ』は何だろう。『血』?あとは、『地』、『値』、『池』、『知』・・・・。うーん。『チ』、という一音だとけっこう色々な意味があるなあ。」
「・・・。やっぱり、冒頭の『カラマ』の意味を知るのが、近道みたいね。」
「古代遺物の名前を名付けたのは、発見者の博士なのかい?サイオン博士、とおっしゃったっけ。」
「ええ、そのサイオン博士。教会もすでに立ち会って動作有無は確認しているそうだけど、博士のネーミングと聞いたわ。」
「たしか、地域の伝承で、力のある石についての昔話があって、そこから付けたって聞いたわね。」
「・・・。レーヴェが暗号文自体をカラマ諸島で考えたのだとしたら、その昔話の石を意味しているのかな。」
「分からないわ。まさか、古代遺物が発見されることを予知していたわけじゃあないでしょうし・・・。昔話を指している可能性の方が高そうに感じるわね。」
レンとヨシュアは、顔を見合わせる。
「つまり、その昔話の『カラマ』とやらを調べれば、このメッセージの意味も分かるってことだね。」
「ええ、そうみたいね。」
レンには、アサト諸島での大きな目的が出来た。今やレアリティの高い部品の調達なんてことよりも、この隠されたメッセージの意図を知ることの方が重要であった。レーヴェは一体何をレンとヨシュアに伝えようとしたのだろうか。
「レーヴェの伝言、必ず解いてみせる。」
レンはヨシュアに向って決意する。私達に何を言いたかったのか、それを受け止めることが遺された者の勤めであるように感じたのだ。
(2-4) ブライト一家の団欒
レンとヨシュアは、パテルマテルに別れを告げて、食堂に戻った。
二人揃って階下に降りてきたところに、エステルが声をかける。
「あれ、二人で何してたの?」
「ああ、うん。ちょっと機械の調整を手伝ってもらっていたのよ。」
「ふうーん。」
エステルは機械に興味を示さない。
自分の入れない話題だと即座に判断を下し、愛読していた釣り雑誌へと再度目を戻そうとして、別の雑誌に目が移った。
「あ、レン。ナイアルから貰ってきたアサト諸島の観光雑誌よ。」
エステルがレンに一冊の本を差し出した。
レンは受け取って、ページを捲る。
「やっぱりプロが取る写真は綺麗ね。」
「なんか、飛行機の路線トラブルの関係でドロシーと寄ってきたんだって。ただでこけてたまるかーって足止めくらっている間に撮影してきたらしいわよ。」
さすがは腐っても名カメラマンである。南の島独特のセルリアンブルーの澄んだ海の色が、紙面いっぱいに広がっている。真っ白な砂浜に伸びる、南国の植物の色鮮やかな緑色が目に眩しい。
レンは素直に賛辞を述べる。
「綺麗ね。海がとても澄んだ色をしているわ。」
「そうね、ドロシーの写真効果でリベール国内はおろか、エレポニアやクロスベルでもその雑誌の売れ行きは好調なんですって。」
「あの、カメラマンのお姉さんね。そこまでの特技をお持ちとは知らなかったわ。」
エステルも紙面を覗き込む。
「きれいねぇ。空の青色もリベールよりも濃く感じるわ。私も行ってみたかったなあ。」
「だったら、お土産を楽しみにしていて頂戴。」
テーブルの上でブランデーを飲んで寛いでいたカシウスが声をかける。
「ん。なんだ。レンはどこかに出かけるのか?」
「あら、おじさまには言っていなかったかしらね。アサト諸島までティータと行くのよ。」
「おお!アサトは良いところだよなあ。俺も行きたいなあ。」
「いいでしょ。今度おじさまが休暇をとれる時期に、皆で観光に行くのも良いわね。」
綺麗な風景の写真を眺めて、それが明日には生で見れるのかと思うと、テンションが上がってくる。
レンはカシウスの事を、『おじさま』と呼ぶことにしていた。エステルに言わせればエステルが『母親』役らしいので、カシウスは『祖父』役になってしまう。流石に、おじいさんという歳でも無いだろうと言われて遠慮したのだ。本人から『おじさま』については反対意見が出てこないので当面レンはそう呼ぶことにしていた。エステルとヨシュアについては今まで通り名前で呼んでいた。ややこしいのでエステルは『姉』役でも良かったんじゃないか、とエステル以外の3人は思っている。
カシウスから、レンのアサト諸島行きについて質問が飛ぶ。
「ティータちゃんと二人で行くって、何かあったのか?」
カシウスの疑問に、エステルが答える。
「アーティファクトが発見されたんですって。動かないからって現地の研究者が教会からキープしちゃって、ラッセル博士に相談が来たそうよ。」
エステルの説明を、ヨシュアが補足する。
「だけど、ラッセル博士もツァイスの研究者の皆さんもなかなか都合がつかなくて。それでティータが一人で行くことになったんだ。」
カシウスが興味深げな反応を見せる。
「ほう!あの地もなかなか不思議な遺跡が多いからな。だが、なかなか情勢が安定しない難しい地域だぞ。」
レンが頷く。
「それで、ギルドの面々も予定が立て込んでいるらしくて、結局レンに依頼が回って来たというわけ。」
「はっはあ。それで、レンはギルド協力員として、護衛の仕事をするんだな!」
カシウスが一人心得たように首肯して、顎を撫でている。
じろじろと見つめられたレンは、びびってしまう。
「そうよ。ティータと一緒に南の島をエンジョイしてくるわ。」
なおカシウスは品定めするような目線をしている。
「たかが護衛と、思っているかもしれないが、守るのは守るで、意外と苦労があるんだぞ。いきなりで大丈夫かあ?」
自分の実力を疑われて、レンは少し拗ねてみせた。
「あら、ティータだってもうそれなりの戦闘経験者だし、別にこちらも進んで火の中に飛び込むわけじゃないわ。はぐれ狼程度ならささっと追い払えるわよ。」
そのセリフを聞いて、カシウスは鼻を鳴らす。
「チンピラ程度ならな。だけど、何があるのか分からないのがアーティファクトだ。油断は禁物だぞ。そして、守るという戦い方は、攻める戦い方とは違う難しさがある。なあ、ヨシュア?」
いきなり自分に話が振られて、ヨシュアは慌てた。
「ああ、うん。そうだね。けっこう勝手が違うものかな。」
ヨシュアは、準遊撃士成り立ての頃を思い出す。
「その辺、なかなか実戦で感覚を掴むのに手間どるかもしれないよ。自分まわりの布陣だけじゃなくて、周囲全体の動きを見ていなきゃいけない。特に味方がどう動くのかは制御出来ない部分もあるしね。」
暗殺業から一転してエステルと行動を共にするようになり、思わぬ事態に振り回され続けた青年は自嘲気味に笑う。その言葉に説得力を感じてレンが感嘆した。
「そりゃあ、ヨシュアと一緒にいるのがエステルだから、っていうのはあるんじゃない?」
「いや、まぁ。」
ちょっと旗色が悪くなりそうで、ヨシュアは焦った。そこに、話を聞き拾ったエステルが、雑誌から顔を上げる。
「なんか黙って聞いてたら、どうも、好き勝手言われていない?」
「別にレンは思ったとおりを言ってあげただけよ。自覚がない方がどうかと思うけど。」
レンも頑固にすましたままで言い返す。そこは近々自覚の出てきた部分だけにエステルはむっとした顔つきをしたもの、言い返す言葉が弱くなる。
「うっ。エステルさんだって成長してるのよ。いつまでもヨシュアにでかい顔はさせないわ。今に見てらっしゃい。」
「いや、別に、何も争っていないし。それに、遊撃士の仕事は戦闘だけじゃないしね。依頼人とスムーズに交流をする空気を作れるところや、動転している人を落ち着かせるスキルは僕にはまだまだだよ。」
ヨシュアは必死に火消しに走る。ヨシュアの謙虚な態度が功を奏して、エステルの機嫌はすぐに向上していくのだった。
レンは、さすが、としか言い様のないマインドコントロール技術に密かに関心した。
ヨシュアはレンにも優しく声を掛ける。
「きっと護衛というのも、レンには新しい経験になると思うよ。一人で動く仕事とは、動き方を根本的に見直さなきゃいけない。」
レンは次第にカシウスとヨシュアが何をアドバイスしてくれているのか、という意図を理解してくる。
「そうね。確かに、その点深く考えていなかったわ。」
レンは今まで自分だけを守ってくれば良かった。幼い頃から過酷な環境で生き抜かねばならなかった少女には、自分を守るだけで精一杯だったのだ。誰かと共同に仕事をする場合も、大抵はレーヴェや他の執行者であり、レンが守ってあげるような必要はなかった。自分のことは自分でやり、他者には頼らない、という世界で生きてきたのある。その中でもレンはパテルマテルに守護され、場合によってはレーヴェが手を焼いてくれた。むしろ戦闘という面においては、恵まれた立場で育ったと言えるだろう。
「しかも、機能していないとはいえ、アーティファクトですものね。想定外の事態は警戒しておくことにするわ。」
カシウスも茶目っけのある笑みを見せる。
「そうそう。なっかなか思ったように上手くいかないんだな、こういうものは。まあ、何事も経験だ。いやあ、若人っていいなあ。」
からかわれているようで、少し腹立たしいが、これはこれでアドバイスとして受け取っておくべきだろう。
レンとヨシュアは、パテルマテルに別れを告げて、食堂に戻った。
二人揃って階下に降りてきたところに、エステルが声をかける。
「あれ、二人で何してたの?」
「ああ、うん。ちょっと機械の調整を手伝ってもらっていたのよ。」
「ふうーん。」
エステルは機械に興味を示さない。
自分の入れない話題だと即座に判断を下し、愛読していた釣り雑誌へと再度目を戻そうとして、別の雑誌に目が移った。
「あ、レン。ナイアルから貰ってきたアサト諸島の観光雑誌よ。」
エステルがレンに一冊の本を差し出した。
レンは受け取って、ページを捲る。
「やっぱりプロが取る写真は綺麗ね。」
「なんか、飛行機の路線トラブルの関係でドロシーと寄ってきたんだって。ただでこけてたまるかーって足止めくらっている間に撮影してきたらしいわよ。」
さすがは腐っても名カメラマンである。南の島独特のセルリアンブルーの澄んだ海の色が、紙面いっぱいに広がっている。真っ白な砂浜に伸びる、南国の植物の色鮮やかな緑色が目に眩しい。
レンは素直に賛辞を述べる。
「綺麗ね。海がとても澄んだ色をしているわ。」
「そうね、ドロシーの写真効果でリベール国内はおろか、エレポニアやクロスベルでもその雑誌の売れ行きは好調なんですって。」
「あの、カメラマンのお姉さんね。そこまでの特技をお持ちとは知らなかったわ。」
エステルも紙面を覗き込む。
「きれいねぇ。空の青色もリベールよりも濃く感じるわ。私も行ってみたかったなあ。」
「だったら、お土産を楽しみにしていて頂戴。」
テーブルの上でブランデーを飲んで寛いでいたカシウスが声をかける。
「ん。なんだ。レンはどこかに出かけるのか?」
「あら、おじさまには言っていなかったかしらね。アサト諸島までティータと行くのよ。」
「おお!アサトは良いところだよなあ。俺も行きたいなあ。」
「いいでしょ。今度おじさまが休暇をとれる時期に、皆で観光に行くのも良いわね。」
綺麗な風景の写真を眺めて、それが明日には生で見れるのかと思うと、テンションが上がってくる。
レンはカシウスの事を、『おじさま』と呼ぶことにしていた。エステルに言わせればエステルが『母親』役らしいので、カシウスは『祖父』役になってしまう。流石に、おじいさんという歳でも無いだろうと言われて遠慮したのだ。本人から『おじさま』については反対意見が出てこないので当面レンはそう呼ぶことにしていた。エステルとヨシュアについては今まで通り名前で呼んでいた。ややこしいのでエステルは『姉』役でも良かったんじゃないか、とエステル以外の3人は思っている。
カシウスから、レンのアサト諸島行きについて質問が飛ぶ。
「ティータちゃんと二人で行くって、何かあったのか?」
カシウスの疑問に、エステルが答える。
「アーティファクトが発見されたんですって。動かないからって現地の研究者が教会からキープしちゃって、ラッセル博士に相談が来たそうよ。」
エステルの説明を、ヨシュアが補足する。
「だけど、ラッセル博士もツァイスの研究者の皆さんもなかなか都合がつかなくて。それでティータが一人で行くことになったんだ。」
カシウスが興味深げな反応を見せる。
「ほう!あの地もなかなか不思議な遺跡が多いからな。だが、なかなか情勢が安定しない難しい地域だぞ。」
レンが頷く。
「それで、ギルドの面々も予定が立て込んでいるらしくて、結局レンに依頼が回って来たというわけ。」
「はっはあ。それで、レンはギルド協力員として、護衛の仕事をするんだな!」
カシウスが一人心得たように首肯して、顎を撫でている。
じろじろと見つめられたレンは、びびってしまう。
「そうよ。ティータと一緒に南の島をエンジョイしてくるわ。」
なおカシウスは品定めするような目線をしている。
「たかが護衛と、思っているかもしれないが、守るのは守るで、意外と苦労があるんだぞ。いきなりで大丈夫かあ?」
自分の実力を疑われて、レンは少し拗ねてみせた。
「あら、ティータだってもうそれなりの戦闘経験者だし、別にこちらも進んで火の中に飛び込むわけじゃないわ。はぐれ狼程度ならささっと追い払えるわよ。」
そのセリフを聞いて、カシウスは鼻を鳴らす。
「チンピラ程度ならな。だけど、何があるのか分からないのがアーティファクトだ。油断は禁物だぞ。そして、守るという戦い方は、攻める戦い方とは違う難しさがある。なあ、ヨシュア?」
いきなり自分に話が振られて、ヨシュアは慌てた。
「ああ、うん。そうだね。けっこう勝手が違うものかな。」
ヨシュアは、準遊撃士成り立ての頃を思い出す。
「その辺、なかなか実戦で感覚を掴むのに手間どるかもしれないよ。自分まわりの布陣だけじゃなくて、周囲全体の動きを見ていなきゃいけない。特に味方がどう動くのかは制御出来ない部分もあるしね。」
暗殺業から一転してエステルと行動を共にするようになり、思わぬ事態に振り回され続けた青年は自嘲気味に笑う。その言葉に説得力を感じてレンが感嘆した。
「そりゃあ、ヨシュアと一緒にいるのがエステルだから、っていうのはあるんじゃない?」
「いや、まぁ。」
ちょっと旗色が悪くなりそうで、ヨシュアは焦った。そこに、話を聞き拾ったエステルが、雑誌から顔を上げる。
「なんか黙って聞いてたら、どうも、好き勝手言われていない?」
「別にレンは思ったとおりを言ってあげただけよ。自覚がない方がどうかと思うけど。」
レンも頑固にすましたままで言い返す。そこは近々自覚の出てきた部分だけにエステルはむっとした顔つきをしたもの、言い返す言葉が弱くなる。
「うっ。エステルさんだって成長してるのよ。いつまでもヨシュアにでかい顔はさせないわ。今に見てらっしゃい。」
「いや、別に、何も争っていないし。それに、遊撃士の仕事は戦闘だけじゃないしね。依頼人とスムーズに交流をする空気を作れるところや、動転している人を落ち着かせるスキルは僕にはまだまだだよ。」
ヨシュアは必死に火消しに走る。ヨシュアの謙虚な態度が功を奏して、エステルの機嫌はすぐに向上していくのだった。
レンは、さすが、としか言い様のないマインドコントロール技術に密かに関心した。
ヨシュアはレンにも優しく声を掛ける。
「きっと護衛というのも、レンには新しい経験になると思うよ。一人で動く仕事とは、動き方を根本的に見直さなきゃいけない。」
レンは次第にカシウスとヨシュアが何をアドバイスしてくれているのか、という意図を理解してくる。
「そうね。確かに、その点深く考えていなかったわ。」
レンは今まで自分だけを守ってくれば良かった。幼い頃から過酷な環境で生き抜かねばならなかった少女には、自分を守るだけで精一杯だったのだ。誰かと共同に仕事をする場合も、大抵はレーヴェや他の執行者であり、レンが守ってあげるような必要はなかった。自分のことは自分でやり、他者には頼らない、という世界で生きてきたのある。その中でもレンはパテルマテルに守護され、場合によってはレーヴェが手を焼いてくれた。むしろ戦闘という面においては、恵まれた立場で育ったと言えるだろう。
「しかも、機能していないとはいえ、アーティファクトですものね。想定外の事態は警戒しておくことにするわ。」
カシウスも茶目っけのある笑みを見せる。
「そうそう。なっかなか思ったように上手くいかないんだな、こういうものは。まあ、何事も経験だ。いやあ、若人っていいなあ。」
からかわれているようで、少し腹立たしいが、これはこれでアドバイスとして受け取っておくべきだろう。
(2-5) 家族としての役割
レンが大人しく首肯していると、カシウスが思わぬ切り口を見せてきた。
「それはそうと、レンは結局ギルドの協力員として活動していくのかな?」
レンは質問に対して素直に思っていることを述べた。
「そうねえ、レンは特にこれからどうしよう、とか考えていないのよね。」
ヨシュアが口を挟む。
「レンは頭がいいんだし、専門知識も豊富なんだから、ティータと一緒に研究者になるって道もあるんじゃないかな。」
「ああ、そうねえ、そういうのも悪くはないけれど。」
ヨシュアの提案にもレンは素直に返した。研究者という方向にはエステルも同意する。
「だって、アンタ、時間あれば機械いじりしているじゃない。そんなに好きならそういう道が向いているんじゃない?」
「うーん、もうこういうのは習慣みたいなものというか、別に義務感でやっているようなものでもないしねえ。」
レンには、工学を仕事にする、というのが感覚的にピンとこない。
暗殺稼業や破壊工作は、自分が生きていくために必要な技術として学んできた。
だけど、科学への興味はレンにとっては、仕事という感覚ではなかったのである。
「とはいっても、遊撃士というのもなんとなくピンと来ないのよね。」
「え、そうなの?レンなら遊撃士でも十分活躍出来ると思うけど。もうちょっと大きくなって資格をとれば一緒に動けるし、いいじゃない!」
「確かにエステル達と一緒に過ごしやすくなるというのは、レンにとっても悪い気はしないわ。」
珍しくレンが言葉で説明も出来ずに、戸惑っているところにヨシュアが助け舟を出す。
「自分が遊撃士側に立つことが、しっくりこないという感じかな。」
「そうなのかもね。」
レンは多分世の中での自分の立ち居地をどこに持っていくべきか、を決められていない。民間人の安全を優先する正義の味方、というのは自分でも何か違うな、と思ってしまうのだ。内面の葛藤はどうあれ、表面的にはしれっと業務をこなしているヨシュアはやっぱりさすがと思わざる得ない。レンはそこまで、その時その時で、自分の考えを割り切れる程には大人ではないのだ。
『社会貢献』や『自己確立』という概念がレンには無かった。レンの知っている狭い世界では、社会は個人を守らないし、個人は個人の為だけに生きることが摂理であった。
レンは、守られるべき国家に守られずに育った。レンが誘拐されても誰もレンを救い出してはくれなかった。レンを長い悲劇から救ったのは、犯罪組織として活動する結社だったのである。
レンにはどうしても、エステルやカシウスのように、遊撃士や軍人として市民の安全を守っていくという仕事の意義が体感出来ない。理屈では分かっているのだ。それでも心のどこかで、ギルドや国家が何の役に立つのだろう、と捉えてしまうところがあるのだった。
「まあ、どんな仕事をしていくかなんて、そうそう簡単に出せる答えでもないだろう。」
カシウスも笑った。深く考えても答えが出ない時は出ない。カシウスだって自分の歩いた道全てが正しかったと、自信があるような人間でもない。カシウスの考え方は、人生は後悔の連続だと知っている大人だからこそ、の柔軟さが感じられる。
「でも、そういう事は若いうちには特に考えていた方がいいな。まだ、レンはそういう風に悩みながら動くことが許される年頃なんだから。」
カシウスの結論にヨシュアも同意する。
「そうだね、でも、他国の大きな大学に行きたければ、それなりのバックアップは出来るよ。レンは多才で、何を選んでもきっと道を拓いていける能力があるんだから、やりたい事が出来たら、ちゃんと相談してね。」
ヨシュアもカシウスも言葉が暖かい。
レンがロレントのブライト家で過ごす事になって、まだたかだか一ヶ月が経過したばかりである。けれど、レンは自分が大切にされていることをよく分かっていた。多分、同じ年頃の子供が生まれつき当たり前のように受け続けて、自立するまでは気づけないような事である。一人で仕事をして、一人で生きてきたレンだからこそ、そのありがたみは切々と理解できていた。
「・・・。ありがとう。でも、お金に関しては、必要になれば、奨学金なり何なりで自分でも工面はするつもりよ。レンにだって個人資産はあるし、迷惑はかけないわ。まあ、そういう事を考え始めたら、だけどね。心配しないで、あまり甘えるつもりはないわ。」
妙に冷めているレンを、エステルが叱る。
「あ、レン。そういうところは、きちんと甘えるべきよ!私達は、ちゃんとレンの才能を認めているし、期待しているんだから。まあ、老後になったら、きちんと世話してもらうつもりだから、若いうちはしっかり甘えておきなさい。」
「そうだね、学校って子供のうちじゃないと通えないんだから。興味があるなら、とりあえず行ってみるのも手ではあるんだよ。」
ヨシュアも言葉を重ねる。この二人はこういう話題だとタッグを組んで、レンを崩しにかかってくる。こうも連携を取られたら、レンが対抗する手段も少なくなってしまう。
「・・・。ええ。そうね。」
レンは目を伏せる。自分に同じ年頃の友達がティータしか居ないというのは、レンにとっても気にはしている点ではあるのだ。
「でも、レンはそもそも博士号を3つも持っているのよ、大学に今更行ってまで、やりたい事があるかしら。」
レンの疑問にエステルは若干極端な持論を展開した。
「あら、学校ってそもそも、友達をつくって遊ぶ場所よ。勉強なんて二の次よ。恋に部活に、青春を楽しまなきゃ!行ってみてからやりたい事を見つけるって手段もあるんだし。」
研究の道を選ぶならば、今更学び屋に入って横並びで基礎をやり直すよりも、現場に入っていくという選択肢もレンにはあった。
でも、ヨシュアもエステルもなぜか学校を推す。レンに子供らしい時間を与えたい、というのが動機のようだった。同じ年頃の友達を作れ、というのである。でも、それはレンにとって、なんだか科学の方程式の理論を解明するよりも、難しい問題であるように感じられた。
レンが考え込んでしまったのを見て、エステルも引くことにする。それでも、言いたいことはきちんと言っておくのが、エステル流だ。
「まあ、ゆっくりでいいわよ。でも、大事なことなんだから、ちゃんと考えておいてね。レンが将来、何をして生きていきたいかってことを。」
エステルは、レンにとって一番痛い箇所を突いてくる。でも、それはエステルの思いやりなのだ。レンが表社会で生きていくには、どうやってまともな生計を立てていくかについて、きちんと計画を立てていく事が望ましかった。生きるか死ぬかの狭間で、その日その日を生き延びることだけを目指すのではなく、もっと長く、それこそ老いるまでに何をしていくか、という長期間のプランを描ける方が良い。
エステルもヨシュアも遊撃士という道を自分で選んだ。レンも、自分をどうしたいかを、自分で決めなくてはいけなかった。
それは、レンがこの先、陽の当たる場所で暮らしていく為にも必要なことであった。
「・・・ええ。そうね。考えておくわ。」
レンは、エステルに向き直る。ゆっくり考えて良いモラトリアム期間を与える事が保護者の役割ならば、その時間に対しての答えを掴む事が被保護者の義務であり、権利であった。
その後は四人で観光雑誌を読みながら、他愛ない雑談を楽しんだ。
そして、翌朝から久々の外出であることを考えて、レンは早めにベッドに入った。
ロレントの家の夜は、優しい自然に包まれている。小川を流れる水のせせらぎや、森に住む鳥や動物たちの鳴き声を子守唄として、レンは眠りに落ちていった。
夜の帳は、全ての者に平等に訪れる。
だけど、レンにはその夜が怖かった。
悪夢がレンを覆いつくして、放さない。
レンが大人しく首肯していると、カシウスが思わぬ切り口を見せてきた。
「それはそうと、レンは結局ギルドの協力員として活動していくのかな?」
レンは質問に対して素直に思っていることを述べた。
「そうねえ、レンは特にこれからどうしよう、とか考えていないのよね。」
ヨシュアが口を挟む。
「レンは頭がいいんだし、専門知識も豊富なんだから、ティータと一緒に研究者になるって道もあるんじゃないかな。」
「ああ、そうねえ、そういうのも悪くはないけれど。」
ヨシュアの提案にもレンは素直に返した。研究者という方向にはエステルも同意する。
「だって、アンタ、時間あれば機械いじりしているじゃない。そんなに好きならそういう道が向いているんじゃない?」
「うーん、もうこういうのは習慣みたいなものというか、別に義務感でやっているようなものでもないしねえ。」
レンには、工学を仕事にする、というのが感覚的にピンとこない。
暗殺稼業や破壊工作は、自分が生きていくために必要な技術として学んできた。
だけど、科学への興味はレンにとっては、仕事という感覚ではなかったのである。
「とはいっても、遊撃士というのもなんとなくピンと来ないのよね。」
「え、そうなの?レンなら遊撃士でも十分活躍出来ると思うけど。もうちょっと大きくなって資格をとれば一緒に動けるし、いいじゃない!」
「確かにエステル達と一緒に過ごしやすくなるというのは、レンにとっても悪い気はしないわ。」
珍しくレンが言葉で説明も出来ずに、戸惑っているところにヨシュアが助け舟を出す。
「自分が遊撃士側に立つことが、しっくりこないという感じかな。」
「そうなのかもね。」
レンは多分世の中での自分の立ち居地をどこに持っていくべきか、を決められていない。民間人の安全を優先する正義の味方、というのは自分でも何か違うな、と思ってしまうのだ。内面の葛藤はどうあれ、表面的にはしれっと業務をこなしているヨシュアはやっぱりさすがと思わざる得ない。レンはそこまで、その時その時で、自分の考えを割り切れる程には大人ではないのだ。
『社会貢献』や『自己確立』という概念がレンには無かった。レンの知っている狭い世界では、社会は個人を守らないし、個人は個人の為だけに生きることが摂理であった。
レンは、守られるべき国家に守られずに育った。レンが誘拐されても誰もレンを救い出してはくれなかった。レンを長い悲劇から救ったのは、犯罪組織として活動する結社だったのである。
レンにはどうしても、エステルやカシウスのように、遊撃士や軍人として市民の安全を守っていくという仕事の意義が体感出来ない。理屈では分かっているのだ。それでも心のどこかで、ギルドや国家が何の役に立つのだろう、と捉えてしまうところがあるのだった。
「まあ、どんな仕事をしていくかなんて、そうそう簡単に出せる答えでもないだろう。」
カシウスも笑った。深く考えても答えが出ない時は出ない。カシウスだって自分の歩いた道全てが正しかったと、自信があるような人間でもない。カシウスの考え方は、人生は後悔の連続だと知っている大人だからこそ、の柔軟さが感じられる。
「でも、そういう事は若いうちには特に考えていた方がいいな。まだ、レンはそういう風に悩みながら動くことが許される年頃なんだから。」
カシウスの結論にヨシュアも同意する。
「そうだね、でも、他国の大きな大学に行きたければ、それなりのバックアップは出来るよ。レンは多才で、何を選んでもきっと道を拓いていける能力があるんだから、やりたい事が出来たら、ちゃんと相談してね。」
ヨシュアもカシウスも言葉が暖かい。
レンがロレントのブライト家で過ごす事になって、まだたかだか一ヶ月が経過したばかりである。けれど、レンは自分が大切にされていることをよく分かっていた。多分、同じ年頃の子供が生まれつき当たり前のように受け続けて、自立するまでは気づけないような事である。一人で仕事をして、一人で生きてきたレンだからこそ、そのありがたみは切々と理解できていた。
「・・・。ありがとう。でも、お金に関しては、必要になれば、奨学金なり何なりで自分でも工面はするつもりよ。レンにだって個人資産はあるし、迷惑はかけないわ。まあ、そういう事を考え始めたら、だけどね。心配しないで、あまり甘えるつもりはないわ。」
妙に冷めているレンを、エステルが叱る。
「あ、レン。そういうところは、きちんと甘えるべきよ!私達は、ちゃんとレンの才能を認めているし、期待しているんだから。まあ、老後になったら、きちんと世話してもらうつもりだから、若いうちはしっかり甘えておきなさい。」
「そうだね、学校って子供のうちじゃないと通えないんだから。興味があるなら、とりあえず行ってみるのも手ではあるんだよ。」
ヨシュアも言葉を重ねる。この二人はこういう話題だとタッグを組んで、レンを崩しにかかってくる。こうも連携を取られたら、レンが対抗する手段も少なくなってしまう。
「・・・。ええ。そうね。」
レンは目を伏せる。自分に同じ年頃の友達がティータしか居ないというのは、レンにとっても気にはしている点ではあるのだ。
「でも、レンはそもそも博士号を3つも持っているのよ、大学に今更行ってまで、やりたい事があるかしら。」
レンの疑問にエステルは若干極端な持論を展開した。
「あら、学校ってそもそも、友達をつくって遊ぶ場所よ。勉強なんて二の次よ。恋に部活に、青春を楽しまなきゃ!行ってみてからやりたい事を見つけるって手段もあるんだし。」
研究の道を選ぶならば、今更学び屋に入って横並びで基礎をやり直すよりも、現場に入っていくという選択肢もレンにはあった。
でも、ヨシュアもエステルもなぜか学校を推す。レンに子供らしい時間を与えたい、というのが動機のようだった。同じ年頃の友達を作れ、というのである。でも、それはレンにとって、なんだか科学の方程式の理論を解明するよりも、難しい問題であるように感じられた。
レンが考え込んでしまったのを見て、エステルも引くことにする。それでも、言いたいことはきちんと言っておくのが、エステル流だ。
「まあ、ゆっくりでいいわよ。でも、大事なことなんだから、ちゃんと考えておいてね。レンが将来、何をして生きていきたいかってことを。」
エステルは、レンにとって一番痛い箇所を突いてくる。でも、それはエステルの思いやりなのだ。レンが表社会で生きていくには、どうやってまともな生計を立てていくかについて、きちんと計画を立てていく事が望ましかった。生きるか死ぬかの狭間で、その日その日を生き延びることだけを目指すのではなく、もっと長く、それこそ老いるまでに何をしていくか、という長期間のプランを描ける方が良い。
エステルもヨシュアも遊撃士という道を自分で選んだ。レンも、自分をどうしたいかを、自分で決めなくてはいけなかった。
それは、レンがこの先、陽の当たる場所で暮らしていく為にも必要なことであった。
「・・・ええ。そうね。考えておくわ。」
レンは、エステルに向き直る。ゆっくり考えて良いモラトリアム期間を与える事が保護者の役割ならば、その時間に対しての答えを掴む事が被保護者の義務であり、権利であった。
その後は四人で観光雑誌を読みながら、他愛ない雑談を楽しんだ。
そして、翌朝から久々の外出であることを考えて、レンは早めにベッドに入った。
ロレントの家の夜は、優しい自然に包まれている。小川を流れる水のせせらぎや、森に住む鳥や動物たちの鳴き声を子守唄として、レンは眠りに落ちていった。
夜の帳は、全ての者に平等に訪れる。
だけど、レンにはその夜が怖かった。
悪夢がレンを覆いつくして、放さない。